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21,島の秘密

 白金屋敷のお風呂は階段の裏手にあり、プロパンガスも使えるが、外の窯で薪で湧かすこともできる。

 洗い場はタイルの床にすのこを渡し、湯船は西洋アンティークな陶器製でセメントで固めた石積みの土台にほぼ埋まる形で載せられている。

 夕方、夕食前に、約束通りアイリが一番風呂に入った。

 今日はお客さんが入るということでガスで湧かしたが、夏場はたいてい水風呂で済ますそうだ。

 縄でつないだ木の板の蓋をパタパタめくると、もわんと、濃い湯気が上がった。日暮れはまだまだ遅く、外に蛇が入ってくるのを防ぐ金網を張った格子窓から西日が射し込んでいる。屋敷は北東方向を向いて建っていて、風呂場の窓は北西の側面に開いている。

 湯の表面はぬらぬらと油のように滑らかな光沢を放っていた。

「まあ!」

 手にすくったアイリはそのとろりとした椿油のような滑らかでシックな感触に小さく歓声を上げた。濃密な湯は張り付くように触れた肌をつるつるさせた。むっとした脂肪の甘ったるい臭いにあの忌まわしい痺れジュースに似た芳香が混じっているのがちょっと気になるが。

 白輝島に水道は通っていない。風呂にシャワーはなく、湯船のとなりにガスで湧かせる予備の水槽があり、地下の貯水池の水を汲み出せるポンプの口が開いている。アイリは桶に水槽の湯をすくい体を流すと、ドキドキしながら湯船に足を浸けていった。このリッチな濃密さ! ほんの小さな瓶からほんの一滴ずつ指の先に取ってお肌に擦り込んでいたコラーゲン美容液に、体全体で浸ることが出来る!

 あごまで浸ったアイリは女でなければ分からない贅沢な幸福感で胸一杯になった。真水に比べてお湯が重くてちょっと胸が苦しいというのもあるが。皮下組織までひたひた潤って活性化しているのを感じる。これはすごいわ!

 アイリは湯をすくった両手で顔を撫でてうっとりし、横長の浴槽にうんと脚を伸ばし、お行儀悪いが天井を向いて頭を浸し、髪の毛までトリートメントした。

 もう最高。とりあえず来た甲斐はあったわ。

 アイリはたいへん満足した。



 うーーん……とお社様は斜めにした浮かない顔で娘のユイに訊いた。

「昨日の残り湯そのままでよかったの? 三人で面倒だからそのまま二日入っちゃった湯なんだけど?」

 フフッとユイは目を細めて答えた。

「いいのよ。みんな大喜びで入ってるから」

 その通り、いつまでも上がらないアイリにシズカが文句を言って、みんな順番に入って湯上がりのツルツル肌を自慢しあっている。

 ユイは女の子たちのその様子にほくそ笑み、

「さーて、明日その正体を見せてあげなくちゃならないのよね。どんな顔するか、あー、楽しみ」

 妖しく意地悪な目をした。

 ユイを見つけたアイリが上機嫌の笑顔で声を掛けてきた。お社様にも挨拶して。

「お風呂先にいただいたわ。ありがとう」

 ユイもニコニコ応じた。

「どうでした?」

「うん! すごくよかった!」

 Tシャツから出した腕を撫でてツルツル感を見せた。

「ごめんなさいねえ、こんな大人数で。お湯、汚れちゃうわねえ」

 申し訳なさそうに上目遣いするアイリにユイは首を振った。

「ううん。ぜんぜん。喜んでいただけたなら嬉しいわあ」

「そう? ありがとう。それじゃあまたね」

 アイリは手を振って部屋に戻っていった。そのぷりぷりお尻を振る後ろ姿を見送って、ユイとお社様の母娘は妖しく微笑んだ。

「どういたしまして。若い女の子のエキスがたっぷりしみ出して、入るのが楽しみよ」



 夕食は鳥釜飯で、これもパックの具材をあったかご飯に混ぜるだけ。これもユイが一人で準備して、どうも白金家でまともに料理できるのはユイだけのようだった。具材のパックは工場で副産物として出る鶏肉を有効利用するために目下開発中の試作品とのこと。味は合格。その他レトルトの親子丼、焼き鳥もある。

 お風呂も入ってしまって、お客たちは泊まる部屋に案内されて各自好きな時間に寝てもらうことになった。部屋は2階の4室。屋敷には梯子で上がる屋根裏部屋があってそこに白金母娘が寝る。組分けは自分たちに任せた。都会人にはまだ早い時間だったが、慣れない山登りにコラーゲン風呂で肌が気持ちよく火照って、だいたいみんなさっさと寝てしまうようだ。布団はお客など滅多にない屋敷で数がなく、夏なので畳の上でごろ寝してもらうことになった。ベッド派の数人からは背中が痛いと文句が出ていたが。

 彼女たちが田舎の家で辟易させられたのがトイレだ。トイレは渡り廊下でつながった外の小屋にあり、今どき珍しいぼっとんトイレだ。水道もなく水が貴重なため水洗ではなく、便器の底に開いた深い穴に物を直接ぼっとんと落とす物だ。おしゃれモデルたちは蠅よけの殺虫剤の臭いのぷんぷんする部屋で鼻をつまみながら便器をまたぐしかなかった。トイレ小屋のとなりには小さいながら野菜の畑があり、今はカボチャが大きく育っている。まともに料理の出来ないお社様が野菜を栽培してどうするのかといえばここまで物資を運びあげてくれる女たちにお礼に収穫していってもらうのだとか。お社様の栽培する野菜はたいへん美味しく体調がよくなると大評判であるとか。女たちにはついでにタンクに溜まった物を掻き出す作業もしていってもらうそうで、結局野菜を栽培しているのも1週間に1度通ってくるお世話係の女たちのようだ。


 灯りの消された部屋で、天宮カメラマンはルームメートに遠慮してそっと廊下への障子を開けた。背後で身じろぎする気配がして、

「絵美さん、どこ行くの?」

 芳沢スタイリストが訊いた。

「うん。…ぼっとん」

 暗がりの中芳沢は笑ったようで、

「落っこちないでね? お休みなさーい」

 と寝直した。ジーンズをはいた天宮はカメラを持って廊下に出て、障子を閉めた。



 白金母娘たちは暗い一室に集まり、灯りもつけずに顔を寄せて何か相談事をしていた。どうもそこは彼女たちが寝ているはずの屋根裏部屋ではないようだ。

「わたしナユハちゃんがよかったのになあ。なんでこっちに引き止めなかったのよお?」

 と文句を言った声は母のお社様。

「残念でした。ナユハはユリエさんのリクエストもあったからそのまま帰しちゃった」

 と答えたのはユイの声。

「わたしアイリちゃんもーらい!」

 と甘ったれた声はマミ。

「アイリちゃんはわたしも欲しいんだけど…」

 遠慮がちに申告したのはキョウカ。

「やだ。キョウカちゃんはカノンにしなよ?」

「カノンはもうユイちゃんが手を付けちゃったんでしょう? わたしだってお古は嫌よ?」

「キョウカちゃんってけっこう我が儘だよね?」

「あなたに言われたくないわよ。ねえ、仲間たちの現状はどうなってるの?」

「カノンは完全に手なずけてるわ。あとわたしが子蛇を仕込んでいるのはカグヤ。島でユリエさんがムツミに仕込んだわ。シズカとユウミが綺麗なのはただのエステ。お好みじゃなかったみたい」

「あー、ムツミはいいや。いまいちイケテないから。モモカにあげる」

「いいの? けっこう美味しそうよ?」

「ユイちゃん悪食〜」

 ふふっと妖艶な笑いが漏れた。

「気になるんだけど、マイって、どうなの?」

「あれねえ」

 ふふんと馬鹿にして鼻を鳴らした。

「つまらない小細工してわたしを探っていたけど、残念な子ね。美味しくなさそうだからいーらない。ユリエさんに好きにしていいって言っておいたから、ま、あっちで処理してくれるでしょう」

「ふうーん。じゃ、いいわ。わたしやっぱりアイリちゃんがいい」

「アイリはわたしがもらうの!」

「わたしはナユハがいいんだけどなあー」

「ああ、もう、好き勝手言わないの! ……アイリはカノンに食べさせてあげるって言っちゃったんだよねえー」

「えっ〜〜〜?」

「はいはい、じゃ、あんたたち二人で相談して、アイリでもカノンでも好きにしてちょうだい」

「はあ〜〜い!」

「ところで、白樹様のご様子はどうなの? もうお目覚めになるの?」

「2、3日中でしょうね。用意をしておかなくちゃね」

「そうね。じゃ、明日、やっちゃうってことで、いいわね?」

「いいわ」

「いいで〜す!」

「はい。よろしい。新しい八年が白金に輝きますように」

「新しい八年が白金に輝きますように」

 お祈りをくり返し、会合の目的は果たされたようだ。

 ひっそりと暗闇に静寂が戻った。

「あら?」

 お社様の声が言った。

「どなたかお客様のようよ? 困ったわ。どうしましょう?」

「アイリちゃんかウララちゃんでなかったらどーでもいいよ」

「いいわよ、わたしが連れてきたんだからわたしが処理するわ」

 ユイが立ち上がったようだった。

「メインディッシュでなきゃいいんだけど」




 天宮はトンネル部屋の「開かずの間」の前にいた。真っ暗な廊下で、ペン型の懐中電灯をつけている。

 南京錠が掛かっているが、その鍵がとなりの柱にぶら下がっている。南京錠の様子からも出入りは行われているようだ。

 天宮は鍵を取り、泥棒のように口にペンライトをくわえるとその光の中で錠を開けた。穴の金具から引き抜き、取っ手を横にスライドしてかんぬきを外し、ちょうつがいがひどい音を立てはしないかとビクビクしながらそっとドアを引いた。ちょうつがいはキイと軽く音を立てただけでドアは開いた。やはり頻繁に出入りしているらしい。

 ライトで照らすと、黒い板で上下左右を囲われた四角い通路というか広間が続いていた。他のトンネル部屋のような仕切りのふすまはなく、20メートルほど先にまた黒い板戸が見える。天宮は周りの壁を照らした。映画だとこういう所にはランプや灯明なんかが掛けてあったりするものだが、無いようだ。

 天宮はカメラを構え、一枚撮った。瞬間フラッシュが白く四角い通路を奥まで照らし出す。

 あのドアの向こうに何があるのかしら?

 天宮は自分のいけない好奇心に悪戯っぽく舌なめずりし、

 ちょっとだけ。あのドアを開けて向こうを覗くだけよ。ね?

 と、誰にともなく言い訳し、ペンライトの狭い白い光を頼りに奥へ進んでいった。

 突き当たりのドアに鍵はなかった。絶海の島自体が男子禁制の聖域で、内部のセキュリティーはいい加減なのかも知れない。取っ手を引き、

「ちょっとだけ、お邪魔しま〜す」

 そうっとドアを開けた天宮は、現れた光景に『ええっ?』と目を丸くした。

 ペンライトの光が黄色く輝き、驚いて辺りを探ると、黄金の輝きがさあっと波立った。

「こ、ここ、何? 中尊寺の金色堂?」

 ピラミッド型の部屋の中心に3メートル四方ほどの神社にあるようなお堂が、周りの壁同様さんぜんと黄金に輝いている。

「き、金箔よねえ?」

 声を震わせながら、ちょっと覗くだけという誓いもすっかり忘れて中に踏入り、斜めの壁を触り、冷たく滑らかな厚い感触に驚き、室内建物のお堂に近づき、恐る恐る濡れ縁に触った。壁と同じ感触に、

「なんか、金箔じゃないみたい…………」

 と、まったく信じられない思いで後退し、黄金の壁と、せり出した軒を眺めた。1枚撮り、カメラを下ろして呆然と眺めた。時価数億、いや、数兆円…………。まったく見当もつかないが、これは恐ろしい秘密かも知れない。この黄金の部屋の存在が明るみに出れば、国税庁がよだれを垂らして調査に駆けつけるか、それより前に海賊か強盗団がマシンガンと重機を持って殺到するかも知れない。

 やばい……、これはきっと島の人間の絶対外部に漏れちゃ駄目な秘密なんだ……。ああもうっ!、だったら厳重な耐火ドアに電子ロックでもしておきなさいよ! み、見ちゃったじゃない!…………

 天宮は真っ青になって歯をカチカチ言わせながら後ずさりしていったが、ふと、お堂の閉められた扉に目を止めた。扉は正面の6本の柱の間の3面がそれぞれ2枚の観音開きになって、それは飾りではなく、枠との間にしっかりした切れ込みがあった。

 早く出なくちゃと思うのだが、また危険な好奇心がうずいてしまう。

 黄金のお堂の中には、何が入っているのだろう?

 再び近づいていき、震える手を真ん中の一組に伸ばし、上になっている右の扉の取っ手に触れようとした。

「よかった。あなたでしたか、天宮さん」

「きゃああっ!!」

 すぐ横から掛けられた声に天宮は悲鳴を上げて飛び上がった。

 爛々と目を光らせたユイの白い、妖しく笑った顔がぬうっと近づいてきて、白い手がぬうっと差し出されて天宮の口をふさいだ。パニックになった天宮は首を振って逃れようとしたが、ユイのもう一つの手がぎゅっと天宮の喉を押さえ、それを許さなかった。ぬうっと近づいてくるユイの妖しい笑顔に天宮は涙を浮かべて恐怖した。

「駄目じゃないですか、母にここには絶対入っちゃいけないって言われたでしょう?」

 天宮はブルブル顔を振り、慌ててウン!ウン!とうなずいた。ユイはニタアッと笑った。

 天宮のペンライトは黄金の床に転がっていた。灯りがなければ暗闇の黄金の間が、キラキラ眩しく輝いていた。四方の三角の壁にはガラス窓がはめられ、そこから外の、月明かりが、差し込んでいるのだった。位置的に見てここはまだ山の内部のはずで、向こうの斜面へ突き抜けたとは思えない。きっと外からこのピラミッドの建つ山中の空間まで洞窟でも続いているのだろう。それが証拠に……

 天宮が入ってきた木戸は斜めの壁に四角く切られた黄金の入り口の外で開いていて、その入り口から今、白蛇が這い上がって、天宮の足下にS字を描きながら近づいてきた。

「フン」

 ユイは神聖なはずの白蛇を足に引っかけ外へ蹴り出した。天宮は再びユイに対する恐怖を新たにした。白蛇なんてただのイミテーションだ、秘密を知ってしまったわたしは、殺される!!…………

 殺される!!

 命の危機が、震え上がっていた天宮の意気地を奮い立たせた。キッと目つきを厳しくすると、ドンッ!、とユイを突き飛ばした。自分の方が背が高く力がある。この場さえ逃れてしまえばいくらでも助けを求めて生き延びられるチャンスはある。胸を思い切り突かれたユイは後ろによろめいた。この機を逃さず天宮は出口向かってダッシュした。

 すんでの所で黄金の輝きが暗くまたたき、壁を何か長い影がスルンと滑ったかと思ったら、目の前にユイの白い顔が現れ、

「きゃあっ」

 と悲鳴を上げて天宮は後ろに跳ね上がった。いったいどうやってユイが自分の前に割り込んだのか分からなかった……というのはマンションのカノンの場合といっしょだ。信じられない思いでユイのニタニタ嫌らしく笑う顔を見つめた天宮は、しかし、必死の思いで気を奮い立たせ、

「どいて!」

 とユイを横に払いのけようとした。

 ユイの短パンから露出した白い脚が股の間に割り込み、天宮は脚を巻き付くように絡み取られ、バランスを崩した体を払いのけようと振った手を上に掴み上げられ、まるで社交ダンスのポーズのように抱きすくめられてしまった。

「や、やめて……、お願い、こ、殺さないで…………」

 天宮は禁忌を犯した自分を激しく後悔した。神様に慈悲の命乞いをした。

 ユイのニタニタ笑った顔がくっつきそうに近づいて、言った。

「警告を守らなかったお仕置きよ。あなたは、麻酔はしてあげない」

 ユイの口が大きく開き、きれいな歯並びの裏から、ニョキッと、白く濡れ、注射針のように先が鋭く尖った牙が伸びてきた。天宮は再び信じられない物を見た驚きに目を丸くし、ハッとしたように

「き…………」

 上げようとした悲鳴はかき消えた。

 彼女がどうなってしまったのか?

 洞穴から月光が逸れてしまったようで再び真っ暗に、ペンライトに虚しく黄金の床が照らされるだけになった部屋から知ることは出来なかった。

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