20,棘のある赤い実
昼食はユイが冷やし中華を作ってふるまった。
白金御殿の台所は階段側、玄関のとなりにもう一つ土間があって、水も地下水を汲み上げるポンプがあった。大型の冷蔵庫もあり、電気は海底ケーブルで供給され、NTeTeのアンテナ基地が設置され携帯電話も使える。食料は週1回辺干島から船便が来て、1週間分のゴミも持っていってくれる。生活に困ることはないようだが、都会の便利さには比べるべくもなく、辺干島の方がはるかに暮らしよかった。
次女のキョウカは高校3年生、妹のマミは高校2年生で、二人で同じ五島の学校に通っている。学期中はあちらの寮に寄宿し、ユイも東京の大学に通い、長期休み期間以外白輝島にはお社様一人しかいない。使用人の類も置いておらず、島にはやはり他に誰もいないようだ。
こんな孤島に一人留め置かれて何をしているのだろう?
白輝島は白蛇を祭る蛇教の本山であるようだ。お社様の名称は白蛇様を祭る社から来ているのだろう。その社はどこにあるのだろう?
白蛇を祭る神秘の巫女であるお社様は、一人暮らしのくせに、どうもおっちょこちょいで駄目な人のようだ。ユイが
「いいからお母さんは手を出さないで!」
と邪険にし、しっかり者の娘に台所を預けてニコニコ眺めている。
出来上がった冷やし中華には分厚いチャーシューが載っていたが、それはどうも豚肉ではないようだった。
「これ、鶏肉? もしかして……」
凶暴なニワトリの逆襲に怯えながら訊くウララにユイは笑って
「違うわよ。島から運んでもらった物資の中のパック品よ。あっちの、ニワトリだから、安心して?」
と勧めた。
「いっただきまーす!」
とマミが美味しそうに食べ出し、まあユイの用意した物ならだいじょうぶだろうとモデルたちも食べ出した。物が冷やし中華だがユイの料理の腕はまずまずのようだ。人数が多いので二つ丸卓を出して二組に分かれている。
「二人とも高校生? かわいいからもてるでしょう?」
ウララのよいしょに姉のキョウカは
「そんなことないです」
と恥ずかしそうに謙遜し、妹のマミは、
「そりゃもてるけどー、島の男の子なんて汗くさいだけでぜんぜんダッサくて相手にならないわ。わたし面食いなのー」
と、カワイイエリート丸出しで自慢した。ウララは苦笑しながら、こりゃ女の子たちから嫌われているだろうなあ、と思った。
女家族四人は、それぞれ違う顔をしていた。
母親のお社様は丸顔で、目がぱっちり開いて、まつげがやたらと濃い。いつも笑っているようなかわいらしい人だ。年はせいぜい30の半ばくらいにしか見えない。
長女のユイはバランスのいい美人顔。四人の中でもやはり一番美人だろう。
次女のキョウカは頬がふっくらし、目が眩しそうに細くなりがちだが、大人しく優しそうで感じはとてもいい。顔は大人しいが背はユイと同じだけあって、胸の大きさは姉に負けるがミニスカートからにょっきり伸びる脚は艶めかしいメリハリがあって勝っている。
三女のマミはまだ子どもっぽく悪戯な笑みを終始浮かべ、「わたしってかわいいでしょ?」というアイリやカノンに負けないキラキラビームを放っている。姉たちに比べると身体の発育はまだまだだが、自慢するだけあってかわいいことはかわいい。ロリータ小悪魔。
それぞれあまり造りは似ていない女家族だが、全体を仕上げる質感はとてもよく似ていた。輝く真っ白な肌ももちろんだが、形は似ていなくても線はよく似ていて、目つきや口許など、染みついた表情がそっくりの印象だった。長く一緒に暮らしている家族ならではだろう。父親がどうなっているのかはまったく不明。
みんなが美味しそうに食べている横でまだしびれの取れないアイリは背中を向けて、怖い。
「すみません」
台所で後片づけしているユイに代わってキョウカが謝りながら世話をし、ぐちょぐちょになったタオルを代えた。アイリは親友のウララにも今の顔を絶対見せたがらなかった。
ぶすーっとしたアイリにとりつく島もないキョウカは謝りながら濡れたタオルを洗濯に出しに行ったが、廊下で一人になると、そのタオルを両手に載せ、口に当てて、あむっとぐちょぐちょの布をはみ、にじみ出すアイリの唾液を舌でぺろぺろ舐めた。うふっと目を細めると、
「アイリちゃん。美味しい」
とタオルの中で呟いた。アイリ当人が見たら震え上がっただろう。まともそうに見えるキョウカもやはりユイの妹だった。
アイリが復帰したのはおよそ4時間後のことだった。起きあがり、すっかり感覚のおかしくなったあごをさすり、
『なんてことかしら!』
と改めて腹が立って仕方なかった。このカリスマアイリ様が!あごをだらんとしたみっともない顔を人前に晒したなど!絶っっっ対に許せない!!!!
となりの部屋でテレビゲームをしていたマミがひょいと顔を覗かせた。
「あ、アイリちゃーん! 顔直った?」
アイリはカチーン!と頭に来た。図々しいマミは横から抱きついてきた。帰宅した姉にしたように頬をくっつけてすりすりした。
「アイリちゃーん。好きー」
マミの頬はつるつるしていたが、アイリはゾゾオ〜と鳥肌が立った。
「やめてよ!」
ようやくまともに力の入るようになった手で押しのけた。きつい表情で睨み、言った。
「あなた、わたしの顔見て大笑いしていたわよねえ?」
あの顔をさも可笑しそうに大笑いされて、どれほど屈辱だったか!!!
アイリに怖い顔で睨まれてもマミはどこ吹く風でニコニコ眺めている。
「アイリちゃん、かわいいなあー。ねえ、わたしのお姉ちゃんになってくれない?」
「はあ? 何言ってんの?」
最悪に不機嫌なアイリはまったく受け付けないで突っぱねた。
「わたし、礼儀を知らない人は嫌いよ」
プイと顔を逸らした。
横顔をじいっと見つめ続けられ、苛々と振り返った。
「なによ?」
マミは口許をニンマリさせて、面白そうに見つめていた。アイリは顔をしかめ
「なによ?」
ともう一度言った。マミはニヤッと笑った。
「アイリちゃん、わたしみたいになりたいでしょう?」
アイリは不機嫌が直らず睨んでいたが、マミはその手を取って、
「ほら」
と自分の頬に触らせた。
「ツルツルのピチピチでしょう? この肌に、なりたくない?」
うん?とかわいく覗き込まれ、アイリは乱暴に手を振りほどいた。
「いいわよ。ユイさんにちゃんと教えてもらう約束になってるんだから」
マミはクスクス笑い、アイリはますます神経を苛立たされた。睨むと、マミは笑った目で見返してきた。
「ユイ姉ちゃんはね、ほんとは、すごお〜〜〜く、怖いんだよお〜?」
アイリは、何言ってんのかしら?と思った。それは我が儘で甘ったれた妹に対してでしょう?と。
「わたしのお姉ちゃんになって? そしたら守ってあげるよ?」
「けっこうよ!」
アイリは今度こそ、フンッ、とそっぽを向いた。もしユイが何か野望を抱いたからってなんだって言うの? わたしとじゃモデルとしてのレベルが全然違うわよ!、と、アイリのプライドがマミの警告を深く考えることをさせなかった。
「あっ、そおー?」
マミはいかにも残念というように首を振った。立ち上がり、アイリを見下ろして言った。
「あーあ、お気に入りだったのにな。ざーんねん。じゃ、食ーべちゃお」
一瞬、マミの舌がだらりと胸の辺りまで伸びたような気がしてアイリはギョッとふり仰いだ。マミはふつうの顔でニコニコしていた。
「じゃ、後でユイ姉ちゃんに白くしてもらいな。ユイ姉ちゃん、料理も上手だもんね」
フフンと鼻歌を歌うように上機嫌にとなりのゲーム部屋に戻っていった。
なんだって言うの? ちょっと、おかしいんじゃない?
きっと島の人間から大事にちやほやされて、何か勘違いして育っちゃったのね、と思いながら、どこか異様なゾッとする物を感じた。
ユイ……。
不安に駆られ、ユイを捜しに行こうと思っていると、そのユイがお盆にカップ麺を載せて帰ってきた。
「お腹空いたでしょう? ごめんなさい、ひどい目に合わせちゃって」
機嫌を直してくれることを期待して子どものように見つめてくるユイを見て、
『この子のどこが怖いのよ?』
と思った。
「いただくわ。お腹ぺこぺこ」
麺をすすりだしたアイリにほっとしたようにユイは笑った。アイリはジロッと見て言った。
「ねえ。自家製サプリ、作り方教えてくれるのよね?」
「うん。明日教えるわ」
「また明日? わたし、早く知りたいんだけど?」
そうしてさっさとこんなむかつく家と島から出たいんだけど?
「ごめんなさいねえ、ちょっとたいへんなの。体力いるから」
「そうなの?」
都会に帰っても作れる物なのかしら?と心配した。
まだ怖い顔のアイリのご機嫌を取るようにユイは言った。
「今夜、サプリをたっぷり入れたお風呂にアイリさんに一番に入ってもらうから、それで許して?」
手を合わせてお願いされて、アイリは、えっ!?、と思った。
「サプリたっぷりのお風呂? 自家製の?」
「うん」
約束するユイにアイリは思わず口許が緩んで、誤魔化すために麺をズルズルすすった。
アイリの不機嫌は、とりあえず直ったようだ。
お昼を食べてから、モデルたちは危険な外には興味がなく、お屋敷の中をざっと案内されてからはマミ、キョウカに付き合ってゲームをしたり衛星テレビを見たりしてだらだら過ごした。瀬合編集員は本業のお仕事で真珠輝社長とその娘のイメージモデル、ユイにインタビューした。
天宮カメラマンはインタビューの最初の方で主役二人の撮影をすると、お社様の許可をもらってお屋敷内をあちこち撮影して回った。
屋敷は2階建てで、山の斜面に沿って横長だが、奥に山をくりぬいて作ったトンネル部屋があった。強度を保つため屋敷の横幅すべて奥に掘り進むのではなく、櫛の歯のように、5本のトンネルが掘られ、部屋が作られていた。それらは普段ここに住んでいるのはお社様ただ一人で用はなく、昔は食べ物や油の貯蔵庫に使っていたようだが今はただの物置になって雑然としていた。
土の中だから当然窓はなく、暗い。入り口に板戸があり、奥へ細長い部屋は壁は板張りで、年月を経て黒く湿っている。床も板張りで、ふすまで仕切られ3つの部屋に分けられているが、そのふすまも湿って茶色い染みが出来て不気味だ。幅3メートル、奥行き4メートル×3。
5つの内4つは自由に入ってよいということだったが、真ん中の1つだけはドアに南京錠が掛かり、
「ここは開かずの間です。入ったら祟りがありますから、けっして入らないように」
と、ここばかりはお社様に怖い顔で脅された。
天宮カメラマンは大いに興味をそそられたが、いきなり追い出されるのは困るのでいずれチャンスがあったら覗いてみたいものだわと思うに留めた。
屋敷内をあらかた撮影した天宮は、外の未開の野生にチャレンジすることにした。
外へは芳沢直子スタイリストと相原りりこメーキャップもついてきた。常に新しい物を追い求める職業的好奇心だろう。
芳沢直子スタイリストは25歳。10日間もの長期バカンスということで忙しい先輩を出し抜いての参加だ。本人は「太ってる」と気にしているが、魅力的なグラマラスバストの持ち主だ。肉食獣が一番美味しそうと舌なめずりするのは彼女だろう。
相原りりこメーキャップは27歳。若いモデルたちとお友だちノリで接して仕事をしている。本人が本当に好きなのだろうがいまだにモデルたちと張り合うような若い女子大生ファッションで頑張っている。
そして天宮絵美カメラマンは29歳。ジーンズの似合う長身のかっこいいお姉さんだ。
三人は鳴き声の上がっているシャモに気を付けながら木立の中の登山道を上っていった。
「あの痺れジュース」
何を思い出してか三人で可笑しそうに笑った。
「あれ、ここに生えてる野生のライチだってさ」
「え? ライチジュースだったの? わたし大好きよ? でもさ、日本にライチが自生してるなんて聞いたことないなあ?」
「なに? ライチってアマゾン辺りの果物?」
「ううん。中国。楊貴妃の御用達よ?」
へーと軽くトリビアに感心しながら、天宮はポイントを捜してシャッターを切っていく。彼女はプロとしてはファッション写真を撮っているが、趣味ではスポーツの動く被写体が好みだ。シャモやマムシが現れればガッツが湧く。
「あ、ほら、あれよ、ライチの実」
大好きだという芳沢が木になっている赤い実を指さして言った。お社様も好物で散歩のついでに熟した物を採ってくるそうで、道からほど近い上の斜面にさほど高くない木に赤い実が房になって生っている。
「どれ」
長身の天宮が手を伸ばすのを芳沢が、
「あ、気を付けてね? 赤いの皮で、棘があるから」
と注意した。天宮はたくさん生っている内の一房を元から取った。房には梅干しの種が丸々太ったような実が8つほど生っていた。なるほど、蛇のうろこが重なったような固い皮で鋭い棘がうろこに1本1本生えている。
三人は一つずつ取って気を付けながら皮を剥いた。鮮やかな赤い皮の中からつるっとした真っ白な果肉が現れた。
「うわっ! いい匂い! スーパーのパック品とは全然違うわ!」
芳沢が感動して言い、三人はさっそく食べてみた。果肉はキュルッと歯にこすれるように滑らかで硬いが、噛み砕くと上品な強い甘みと芳香が口いっぱいに弾けた。
「美味しいー! ねえ?」
三人は目を丸くしてうなずきあった。パクパクと一房みんな食べてしまい、
「お代わり!」
のリクエストに笑って手を伸ばした天宮は、ギョッと、手を震わせて固まった。
枝に絡まって白蛇がじっと天宮を見ていた。口の先からチロチロ舌を出し入れしている。蛇には口の上顎に嗅覚の器官があり、舌を出し入れするのは舌に付着した匂いを口の中で嗅いでいるのだ。
白蛇は天宮の匂いを嗅いでいる。それほど大きな蛇ではない。体長6、70センチくらいだろうか? しかし天宮はライチジュースで痺れたアイリの顔を思い出した。あのアイリがあんな顔になってしまうのだ。慣れるために薄めた毒でああなのだ、この白蛇は、マムシなのだろうか? 毒は、どの程度強力な物なのだろう?
白蛇がシャーッと口を開けた。ピンク色の塗れた口の中に、シュッと白く鋭い牙が飛び出してくる。
天宮は手を上げたまま硬直し、顔面蒼白になった。
「シャーーッ!」
1メートルの距離を、白蛇が体を伸ばして天宮の顔めがけて飛び降りてきた。
「きゃ…」
とっさに相原がタックルし、白蛇は天宮の頭の上すれすれを通り越した。
ボタッと地面に落ちた白蛇に
「キャーッ!」
と芳沢が悲鳴を上げた。白蛇は地面をのたくり、
「シャーーッ!」
と鎌首をもたげて今度は芳沢に牙を剥いた。
「ヒ…、ヒ…」
芳沢は既に噛まれたように呼吸不全に陥ろうとした。蛇が躍りかかろうかというその時、
バサバサッ。
すぐ近くの灌木の硬い緑の葉を散らして大きな物体が飛び出した。
「シャーーーッ!!!」
「クエーーーーッ!!!」
一抱えもある巨大シャモだ。近くで見ると本当に怪獣みたいな迫力だが、その怪獣が、2メートルにも及ぼうかという翼を広げて白蛇に飛びかかり、向こうも飛びかかろうとする白蛇の胴を鋭い鉤爪で「ブチッ」と捕まえ、白蛇は棒のようにバタバタ頭を振った。その頭を今度は鋭いくちばしが襲った。
ブチッ、バリバリ、ガツッ、ビチャッ。
女三人は野生の弱肉強食の姿に思い切り顔を引きつらせた。
「い、今のうち。い、行こう!」
意外に度胸が据わっている女子大生ぶりっこ相原に促され、天宮と芳沢はその場から逃げ出した。天宮はカメラを構えようとしたが、そのスプラッターな有様にさすがに気が萎えた。
日なたの安全地帯まで逃げ帰って。
「ね、ねえ。白蛇を見つけても決して攻撃したりしないようにってユイちゃんに注意されたけどさあ…………」
三人は青い顔を見合わせた。
「あ、あれって、別にわたしたちが何かしたわけじゃないよねえ?……」
「そ、そうよね…………」
三人は自分たちの無実を確認しあいながらも、げんなりした顔をし、
「帰ろっか?」
と、とぼとぼ屋敷へ向かって歩いた。後ろで、
「クエーーーッ、ケッケッケッケエーーーーーーッ!」
と、とうていニワトリとは思えない勝ち誇った怪獣の雄叫びが上がった。




