第3話:証拠の動画
クラスメイトの機転によって一度は難を逃れた私だったが、あの不気味な女——トキの残した「冷たい瞳」が、ずっと心の奥底に引っかかっていた。
数日後。
部活が長引き、すっかり日が落ちた帰り道のことだった。
「やめて……! 誰か、助けてっ!」
駅前の路地裏から、女性の悲痛な叫び声が聞こえた。
私は弾かれたように声のする方へと走り出した。
薄暗い行き止まりの路地で、派手なシャツを着た男たちが、若い女性たちを取り囲んでいる。
(……あいつら!)
見間違えるはずがない。
先日、クラスメイトに絡み、道場にまで押しかけてきたあのチンピラたちだ。
今日は男が4人に増えている。
対して、壁際に追い詰められている女性は3人。
「あんたたち、またそんなことしてんの!?」
私が声を上げると、チンピラたちは一斉にこちらを向いた。
「おやぁ? またお前か。正義の味方気取りもいい加減にしろよ」
「黙りなさい。その人たちから離れて!」
私が油断なく身構え、一歩踏み出そうとした、その瞬間だった。
男のうちの3人が、それぞれ女性たちの腕を乱暴に背後へねじり上げ、首元に鋭利な刃物を突きつけたのだ。
「キャアアアアッ!」
「痛いっ、やめて……!」
「……っ!?」
「動くなよ、合気道のお嬢ちゃん。少しでも妙な真似をしたら、この綺麗なお姉さんたちの顔に傷がつくぜ?」
刃物を突きつけられた女性たちが、涙を浮かべて私を見つめてくる。
頭の中が真っ白になった。
相手の力を利用して制圧するのが私の合気道だ。
だが、それは向かってくる攻撃に対してのみ通用するもの。
人質を取られ、少しでも動けば彼女たちに危害が及ぶこの状況では、手も足も出せない。
「……卑怯な真似を」
「へっ、賢明だな。おい、両手を上げて膝をつけ」
空いているもう1人の男——リーダー格らしきチンピラが、ニヤニヤと笑いながら私に近づいてきた。
抵抗できない私の手からスクールバッグを奪い取ると、中からスマートフォンを引っ張り出す。
「よしよし。録音も録画も回ってねえな」
男は画面を確認し、手早く電源を落としてポケットにねじ込んだ。
こちらの反撃手段を完全に断つつもりだ。
そして男は、膝をついている私の肩を上から力任せに押さえつけ、冷たいアスファルトへと這いつくばらせた。
「ぐっ……!」
「さあ、おとなしくカメラに向かって言え。『この前はすみませんでした、慰謝料を払います』ってな」
男は自分のスマートフォンを取り出し、屈辱的な体勢で地面に押さえつけられている私にレンズを向けた。
言いがかりだ。
あの日、私から手を出したわけじゃない。
慰謝料なんて払う義務はない。
だが、拒否すればあの女性たちが傷つけられる。
道場の看板より、目の前にある命の方が重い。
「……っ」
私はギリッと唇を噛み締め、震える声で絞り出した。
「……この前は、すみませんでした。慰謝料を、払います……」
私がそう宣言した途端——。
「はい、撮影完了っと。オッケーだ」
男が上機嫌な声で録画を止めると、女性たちを押さえつけていた3人の男たちが、スッと拘束を解いた。
「あーあ、だるっ」
地面で泣き叫んでいたはずの女性の一人が、嘘のようにピタリと泣き止んだ。
彼女たちは逃げ出すどころか、面倒くさそうに立ち上がると、パンパンとスカートの埃を払い、コンパクトを取り出して化粧を直し始めたのだ。
「ちょっと、髪乱れちゃったじゃない。……こんな面倒な仕事、押し付けないでよね」
女性がタバコを取り出しながら、私を見下ろして冷たく吐き捨てる。
その瞬間、私の背筋にゾクッと悪寒が走った。
(嘘……この人たち、最初から……グルだったの……!?)
「これで証拠はバッチリだ。暴行の謝罪と、慰謝料の支払いへの同意。しかも人質なんてどこにも映っちゃいねえ」
男は私の顔の横でスマホをヒラヒラと揺らし、下品な笑い声を上げた。
「さあ、借金(慰謝料)のカタに、ウチらの『遊び』に付き合ってもらおうか。ツバメちゃんよぉ」
私は地面に顔を押し付けられたまま、絶望的な事実を叩きつけられていた。
合気道の技も、正義感も、すべてが彼らの掌の上で転がされる滑稽な踊りに過ぎなかったのだ。




