二回目
目覚ましのアラームで目を覚ました有利は、異変に気づいた。
「あー、……またか」
気づいたものの、その異変については過去に何度も何度も経験していたので、反応はこんなものだ。
「異変」とは、「時間の巻き戻り」だ。
「時間は進むもの」ではあるが、実はこれは正確ではない。確かに、基本的にはそうではあるのだが、稀に異なる現象が起こる事もある。つまり、時間は「ただ進むもの、進み続けるもの」ではなく、何と、「たまに戻り、そこから再開する事がある」のだ。
有利は「時間の巻き戻り」を感じる事ができる。具体的には、「巻き戻った」と認識した上で、進み出してからもその間に起こった出来事を記憶している。物心ついた頃からそうなので、きっとそれまでもそうだったのだろう。だから、何の疑問もなく受け入れている。
巻き戻りの頻度は月に一度程度、少ない期間でも三〜四ヶ月に一度くらいだ。大抵は数十分から半日の間で、何度も繰り返す事もあるが、最終的には進み出す。恐らく、自分が眠っている間にも起きていたりするのだろうと有利は推測している。
この現象を起こしているのは有利ではない。ただ「それを認識できる」というだけだ。誰がやっているのか、勝手にそうなっているのか、どういう仕組みなのか、どういう意味があって起こっているのか、そんな事は一切知らない。知る由もない。だから、せっかく上手くできた事が次にできなくて悔しい思いをしたり、逆に、何度か繰り返したお陰で上手くいった事もある。また、現象を認識していないであろう有利以外の人が一回目と違う行動を取る場合もあるので、そのうちの誰かが最初と違う事をして、その結果、時が進み出すのだろうと推測している。
ぼんやりしていた頭がはっきりしてくると、有利は布団を干すためにベッドから出た。それから、
(でも、丸一日なんて珍しいな。なくはないけど、近年稀に見る稀さだ)
と思った。
さて、今日はまだ今日なので、有利の「区役所へ行って戸籍謄本と印鑑証明を手に入れる」というミッションは継続中だ。サブミッションとして「今日が賞味期限の卵を消費する」もあるが、一日や二日過ぎても生食でなければ問題ないので、サブの方はサブでしかない。
やっぱり早く終わらせたいので、有利は前回と同じ普段着に着替え、同じ時間に家を出た。
(またあの美少女と遭遇するんだな。よし、絶対見ないぞ)
一度見たら充分なので、二度は見なくてもいいらしい。
前回同様、滞りなく区役所でブツをゲットし、オーライの作戦に乗らずに目当ての物だけを購入したが、有利には残念な事がある。
(美少女がいなかった!)
非常に残念ではあるが、これは巻き戻りの風物詩的なやつだ。きっと、美少女や美少女に関係している誰かの行動が一回目と相違していたのだろう。お忍びデートの相手がうっかり二度寝したのだろう。「見ない」と決めてはいたものの、現れてもくれないのは残念だ。
……と思いながら家路を急いでいると、
(あ、あの子だ!)
あのダサい美少女は今度は有利の目の前を横切った。前回遭遇した道ではなく、駅前から続く通りだ。駅前の有名コーヒーチェーン店イル・ジョルナーレ、略してイルジョで買ったのか、クリーム盛り盛りの緑色のフラペチーノを手にしている。ヘルシエではない。
(ダイエットしてる訳じゃなかったんだな。それはよかった。ルッキズムの弊害かと思った。あんなルッキズム界最高位にいる存在なんだから、ちょっとくらいぽっちゃりしても可愛いだろ。むしろ可愛いだろ)
やっぱり下世話かつお節介な想像をしているうちに、美少女は見えなくなった。見えなくなった途端、
(それにしても、イルジョのフラペチーノみたいなおしゃれな物持ってるんだから、可愛い格好すればいのに)
有利の頭に悪口みたいな感想が浮かんだ。いや、完全に悪口だ。それから、
(この違いが時間を動かすのかも)
冗談みたいな、何となくの予想も浮かんだ。
自宅へ帰ると、卵を消費すべくチャーハンを作って食べ、扇風機の前で水をしこたま飲みながら過ごした。昼寝はしなかった。熱中症が怖くて寝ないように意識したからなのだが、水の飲み過ぎでトイレの回数が増えたからというのもある。水分補給は大切だ。
有利には趣味らしい趣味はない。建築関係の資格を取得したのは独り立ちするために手に職を付けたかったからというだけで、勉強自体は楽しかったが、「あのビルは素晴らしい!」とか「いつか自分もサグラダファミリアを作るんだ!」とかいう思考にはならない。子供の頃は走り回ったり飛び跳ねたりして遊ぶのが好きだったが、特定のスポーツに打ち込んだ事はなかった。落書き程度には絵は描くし、鼻歌程度に歌は歌うが、どちらも極めようと思った事はない。ネットで動画は見てもテレビは見ないし、そもそもこの一人暮らしの家にはテレビがないし、映画館には足を踏み入れた事すらないくらいなので、女優やアイドルなどの「推し」もいない。本を読むのは好きな方に入るかもしれないが、学校の図書室以外で読んだ事はない。買った事もない。
だから、暇になると、ついついスマホで動画サイトを閲覧する。自宅なら回線使用料がマンションの共益費に含まれているネットが使えるし、会社では会社の回線を使える。会社の方は「横領……?」と思わなくもないが、社長も含めてみんな私用に使用しているので、有利も同じようにしている。
今回も扇風機の風を浴びながらの動画サイト巡りだ。便利なもので、何かを試聴すると、その「何か」に関連したお勧めが表示される。その数珠繋ぎの繰り返しのサーフィンのお陰で、無趣味の有利は時間を潰す事ができている。
(世界は広いなぁ)
と思ったり、
(世界は狭いなぁ)
と思ったり、
(へぇ、こんなに簡単にこれができるんだ)
と思ったり、
(いやいや、それはできないよ)
と思ったり、
(今はこんなのが流行ってるんだ)
と思ったり、
(この流行は理解できないな。こうやって人はおじさんになっていくんだ。でも、俺はそれでもいい。流行ってるからってこんな事できないからな)
と思ったりしながら時間を潰す事ができている。しかし、これは前回もやったので、全て二回目だ。同じように視聴しているからか、お勧めも同じように表示されるので仕方ない。ただ、昼寝をしなかった分、そろそろ新しい動画が表示され始めた。
お勧めに表示されている動画にはあの美少女は一切登場しない。あれだけの完璧な容姿なら、有名人ならまとめられていそうなものだし、何なら自分から発信したものが全世界で百億万回再生とかしそうだ。AI生成の美少女CGの動画が流れてくる事もあるが、そのどれもが実物の生身とは違うし、やっぱりあの美少女とは似て非なるものだ。
(さて、今日もエアプすっか)
一通りお勧め動画を視聴し終えた有利は、チャンネル登録しているゲーマーのプレイ実況動画のサムネをタップした。




