十二回目・その二
予定が決定してしまったので、集まりは一旦解散となった。
「僕は帰社です。何かあったら指示を出しますけど、基本的には待機です」
玄関で高そうな靴を履きながら津幡は自分の予定を伝え、
「私はこれからドクトルでモーニングセット食べてくるね」
既にダサいスニーカーを履いたののもそれに倣った。
それから、有利は急いで洗濯機から洗濯物を出した。十分程前に終わっていたので慌てて干し、その後、朝食を作った。
(街ブラだったら卵の賞味期限は確実に切れるな。朝から三個は無理だから、二個は明日に回そう。賞味期限は賞味期限であって消費期限じゃないからな)
サブミッションの「卵を消費する」はコンプリートできなさそうだが、あくまでサブなので気にせず、茹で卵は一つだけにした。
朝イチからののと津幡の来訪というゴタゴタがあったりもしたが、有利は冷静に朝食をとり、おしゃれなシャツに着替えた後は、布団を取り込んだ。これも街ブラの影響だ。〇時まで戻って来られないのなら取り込むしかない。洗濯物はそのままにするが、帰宅後は部屋干し決定だ。
取り込んだ布団は全然乾いた感じはしないが、放置しているともっと湿ってしまう。
(本当に〇時まで街ブラだったらどうしよう)
布団をベッドの上に置きながら、有利は考えた。
(「俺が満足したら終了」なのは把握したけど、俺は一体、どうなったら満足できるんだろう? そして、それが〇時までに分からないと、また明日が来ないんだ)
布団を広げてから、次は枕を取りにベランダへ出ようとした時、
(そうだな、俺、今まで不満しかなかったな。小さい満足はあっても、そんな事では解消しないような不満。一人暮らし始めてからは大分落ち着いてたと思ってたけど、「今日会ったばっかりの人たち」にあんな事言ったんだから、実は落ち着いてなかったんだ)
これまでは気づかなかった、気づいていたかもしれないが、気づこうとしなかった事に気づいた。
出かける準備が終わると、有利は区役所へ向かった。初回よりも少し遅れた。三回目くらいだ。という事は、今回はクレーマー老夫婦に遭遇するのだろう。
そして、予想通り、ばっちり遭遇した。今回も元気に職員のおじさんにクレームを付けている。三人共、セリフは何一つ変わらない。
「小松様、小松有利様」
黒縁メガネの職員に名前を呼ばれた有利は立ち上がり、戸籍謄本と印鑑証明を受け取り、小銭をトレーに置いた時、
「大変ですね」
思わず、職員のおじさんの方を見ながら声をかけた。そこでおじさんと目が合ったが、何か言葉を交わすでもなく、お互いに苦笑してからそれぞれ前に向き直った。すると、黒縁メガネの職員まで苦笑いの表情だった。
「そうなんだよ、大変なんだよ!」
一方、何故か自分への労いの言葉だと思い違いしたクレーマーおじいさんが大きい声を出し、
「ありがとうねぇ」
やっぱり思い違いしたクレーマーおばあさんが関西弁っぽいアクセントでにこやかにお礼を言ったりしたので、
「いや、違うから。言ってもしょうがない事言ってないで、さっさとお孫さんに相談してください」
有利は真顔になって、まだ話に登場していない孫の存在を匂わせてしまった。
そんな預言者みたいな失敗をやらかした後は、オーライへ移動だ。
青果コーナーと乳製品コーナーにしか用はないのだが、今回は何となく牛乳の隣にある飲料コーナーも見た。豆乳やら野菜ジュースやらの紙パックが並んでいるのを眺め、
(意外と緑のパッケージって多いんだな。でも、中身は違う色なんだろうな)
そんな事を思い浮かべながら何も手に取らず、やっぱり目当ての物しか買わなかった。
一旦自宅へ戻り、急いでオーライでの戦利品を冷蔵庫に入れた後、ののとの待ち合わせのためにファミコへ行った。
「有利ー。暑いから早く入ろうよー」
店の入口の前にはおしゃれな美少女がいて、スカートの裾を揺らしながら急かしている。
「え、時間通りだと思ってた。遅くなってごめん」
おしゃれなシャツを着たフツメンが謝ると、
「いや、時間通りだよ。時間通りではあるけど、暑いんだよ」
美少女はフツメンの右腕を引っ張りながら自動ドアをくぐった。
ファミコの涼しい店内へ入ると、ののは迷う事なく冷凍室へ向かった。今回はまだ有利の右腕を左腕で掴んだままだ。力はそれ程強くないが、有利はされるがまま引っ張られた。でも、冷凍室の扉を開ける時、その手は離れた。
「はい」
そして、その左手は次にはチョコミントフラッペの容器を掴んでいて、有利の胸の前に突き出された。
「おう」
そんな音声しか発さなかった有利の事は我関せずで、ののは次にミルクティーフラッペの容器を掴んだ。
滞りなく二人分のフラッペが完成すると、ファミコの外へ出た有利とののはそれぞれにフラッペを吸った。
「チョコミント、美味しい?」
上目遣いのののが尋ねると、
「勿論美味しい。めちゃうま過ぎ。ミルクティーも美味しそうだとは思うけど、チョコミントは俺にとって特別なの」
有利は大満足で答えた。
「歯磨き粉なのに?」
かなり一般的な意見でもって反論されたので、
「みんなそう言うけどさ、歯磨き粉にミントフレーバーが付いてるってだけで、ミントはミントでしかないんだよ。それに、歯磨き粉にチョコ入ってる? 入ってないだろ?」
きっちり反論し返した上で、
「そうやってみんなが避けてるから、チョコミントは毎回俺の元にやって来るんだ。俺だけのチョコミントなんだ」
ちょっとよく分からない事を持ち出してみたら、
「ふーん。有利にとっては特別なんだね、チョコミントって」
それでも、ののは納得してくれた。
「そうなんだよ、うん、特別だ」
だから、有利はまた大満足だ。
駅前からあの路地の方へ向かう途中、
「暑いよね。地球、どうなるんだろうね」
ののが物凄く壮大な話を始めた。
「えっ、そういう事も考えないといけない仕事なの?」
その壮大さにたじろいだ有利が尋ねると、
「違うけど、暑いからそう思ったってだけ。今年はヨーロッパも暑かったらしいから」
その壮大さは落ち着き、身近な話題に変化した。
「分からないけど、多分、物凄く賢い人たちが研究してくれてるよ。子供の頃は『クーラーは環境破壊に繋がるからあんまりつけないで』って言われてたのに、今では『命が大事だからちゃんとつけて』に変わってる。そういうのも含めて、俺たちは偉い人たちが言ってる事をそのままやるしかない。だって、人間は二酸化炭素を吐いてるんだからね」
そこで、有利が分からないなりの見解を示すと、
「まあ、人間がいるから環境が破壊されてるのに、人間をそのままにして地球の崩壊を食い止める方が無理なんだろうなってのは何となく察するね。『ノアズ・アーク』はそういう事なんだろうな」
ののの話は壮大に戻った。何となく「ノアズ・アーク」の発音が英語っぽい。それも壮大さに輪を掛けた。
「『ノアズ・アーク』、……ああ、『ノアの方舟』か。旧約聖書? よく知らないけど、『優秀な種だけ残してあとは死に絶えろ』とかは無理だな。俺は死にたくない。死んでみて分かった」
壮大過ぎてそんな事しか言えない有利に、
「有利は死なないよ。ノアさんは有利を選ぶよ。私の事も選んでくれるに決まってる」
笑顔で自信満々のののは断言した。
ののがフラッペを飲み切ったので、有利はリュックからビニール袋を出した。ビニール袋は便利だ。ゴミや汚れた物を持ち帰るのに打って付けだ。だから会社用のカバンにも常備している。それはそうなのだが、
「あ、戸籍謄本持って来ちゃってた」
その時に、区役所で受け取った書類がクリアファイルに挟まれたまま、印鑑と共にリュックに入っている事に気づいた。
「薄くて軽いからいいんじゃない?」
それについてはののは気にしていないらしいが、
「大事な書類だから失くしたら困るよ。また取りに行かないといけなくなるし。印鑑も登録しちゃったから、失くしたらまたやり直しになる」
有利は「あちゃー」の顔でそう言う事しかできない。しかし、
「まあ、仕方ないか。それより、これにそれ入れて」
すぐに諦めて、ビニール袋をののに手渡した。
「ありがとう。やっぱり有利は凄いよね。こういう事は私には思いつかないから、凄いって思う」
ののは大袈裟に褒めたが、凄いのはビニール袋であって有利ではない。それに、そんなに凄くはない。「あったら便利」というだけだ。
すぐに自分もフラッペを飲み終えた有利が、そのまま手にしていたビニール袋に自分の空の容器を入れてから口を縛ったところで、あの路地が見えた。
(前回と同じようにやればいいんだな)
有利はそう考え、ガサガサと音がするビニール袋をリュックの中にしまった。
それから程なくして髭もじゃ男が現れた。有利の家のある方向ではあるが、通ってきた道からして同じマンションの住人という事はなさそうだ。
(あのおっさん、これまで見た事がなかったから、そこそこご近所さんなんだろうけど、それ程ご近所さんって訳じゃないっぽいな。オーライで見かけた事がないって事は、ニッカドーの方まで行ってんのかな?)
有利は髭もじゃ男が自分と同じ自炊派だという前提でそう考えた。というか、そんな下らない事を考えられる程に落ち着いている。
落ち着いている有利は前回までと変わらないテンションのののと二人で、前回と同じように慎重に尾行した。落ち着いて慎重に尾行したので、これまでと同じように、髭もじゃ男に気づかれる事なく大通りへ到着した。
髭もじゃ男が歩みを止めた瞬間、有利は飛び出した。それに気づかない髭もじゃ男はリュックを下ろそうとしている。左肩から肩紐を外したところを視認したところで、接近した有利はリュックを掴んで引き摺り、地面に落とした後、
「ひぁっ!?」
驚いて変な声を出した髭もじゃ男の肩を掴んだ。
冷静に足払いをかけて地面にうつ伏せにした髭もじゃ男の上に乗っている有利に、
「きっと、これ、緑の飲み物を飲んだから上手くいったんだね」
感心したように声をかけたののは、また冷静に首を絞めた。
またパトカーが到着すると、また有利とののはマクタの中からそれを眺めた。金髪の青年は前回とは違い、元々叱られていた方の警察官にお小言を言われているようだ。前回はほんの少しだけ立っている場所が違ったからだろう。
一通り眺め終えた後、
「そう言えば、加賀さんは今、どの辺にいるの?」
気になった有利が質問してみると、
「有利がターゲットだってほぼ断定されてるから、この辺にはいるだろうね。それと、周りの人たちを見回って、前回までと違う動きをしてる人がいないかを確認してる」
ののはあっさりと機密情報を教えてくれた。
「そこで違う動きをしてる人がいたら、そっちがターゲットだって可能性が出てくるもんね。これまでにはいなかったみたいだけど、今回初めてそんな人が現れて、『そっちかぁ』ってなったりして」
そこで、ターゲットだとほぼ断定されている有利が往生際悪くそのポジションから逃げようとしても、
「有利がいる所がディストーションエリアになってる訳だから、そんな事はあり得ないの。仮に有利の事をストーキングしてる人がいたとしても、そんなのがいたら私が気づく」
無理矢理で曖昧な理論では逃がしてくれるはずもなく、
「そうじゃなくて、有利が動いた事によって動かされる人がいたら、その人を使う事によってスムーズに解決できるかもしれないって事。今のところ報告は入ってきてないから、やっぱりそんな人はいないんだろうけどね」
更に、プロならではの作戦めいたものについて説明した。
ほんの少しはがっかりした有利を置き去りに、ののはマクタのカウンターの方に向き直り、そのままそちらへ進み始めた。慌てて追いかけ、追いつくと、
「会社のカードで買うから、有利はチーズバーガーセットにしていいよ。ダブチでもいいよ」
振り向いたののは笑顔付きで意外な提案をした。
「チョコミントフラッペだけでも申し訳ないのに、そこまでしてもらわなくてもいいって」
勿論恐縮しつつお断りの姿勢の有利に、
「うん、これはディストーションには関係なさそうだね。そんな顔してる」
まだまだ笑顔のののは確認しつつも、
「関係なくてもいいから、有利はここでポテトと飲み物も注文するんだよ。これから街ブラなんだから、お腹いっぱいにしとこう」
これからの予定を持ち出して決定した。
決定について反論する隙もなく、ののはカウンターの方を向いてから、
「ダブルチーズバーガーセット一つと、ビッグマクタセット一つください」
決定しているので、有利の分も注文した。
「ドリンクはいかがなさいますか?」
スマイルを提供中のマクタの店員の質問に、
「野菜ジュースと、えっと、何?」
半分は答えられないののが首を傾げたので、
「……じゃあ、アイスティーください。シロップとミルクはいりません」
仕方なく、有利は残りの半分について答えた。
「え、そうなの? じゃあ私もアイスティーに変えます。ストレートで」
すると、野菜ジュースがキャンセルになったので、店員は若干スマイルを崩しつつ、レジを覗き込んで操作した。
注文した物が出来上がるのを壁際で待ちながら、ののは有利に尋ねた。
「何でアイスティーなの? 栄養ないよ?」
物凄く意外そうだ。
「味のある食べ物と一緒に飲むんだから邪魔しない水の方がいいんだけど、せっかくだから最低限の味の飲み物にしてみた」
しかし、有利にとっては意外ではない。飲み物から栄養を摂取する必要を感じていないので、食事に合うかを優先するからだ。むしろ、この暑い最中に野菜ジュースのような固形分が多い飲み物は避けるべきだ。
「私は野菜ジュースが好きだけど、確かに喉が乾くよね。水欲しくなるもんね」
それを聞いたののは、ついさっきまでは意外そうだったのに、もう納得している。
(ああ、俺がターゲットだと思ってるから刺激しないように同調してるんだ。俺のせいで好きな物をちゃんと好きって言えないのは申し訳ないな)
それがそういう事ではないかと考えた有利は、その後は黙って壁際で注文した物が出来上がるのを待った。
それなりに待った後、二人分のハンバーガーセットに乗せられたトレーがカウンターに置かれると、ののが番号が書かれたレシートを店員に見せ、有利がトレーを取った。
まだ昼食には時間が早いからか、店内はそれ程には混んでいない。二人は前回までと同じカウンター席に並んで座り、それぞれのハンバーガーを手に取った。
(これがダブルチーズバーガーか! 分厚い!)
生まれて初めてのダブルチーズバーガーは分厚かった。そして重かった。これまで食べてきたチーズバーガーはパティとスライスチーズが一枚ずつだったが、ダブルチーズバーガーは「ダブル」と冠しているその名の通り、二倍の二枚のパティとスライスチーズが挟まっている。ただ肉とチーズが倍になっただけなのに、体積と重量があり得ない程に増している。……少なくとも、有利にはそう感じられた。
分厚いダブルチーズバーガーに無言で感動している有利をそのままにして、ののはいつも通りにビッグマクタを食べ始めた。ダブルチーズバーガーにバンズ一枚とレタスなどの野菜が加わり、更に分厚い。さぞ重たい事だろう。噂では、ソースも違う物らしい。
「食べないの?」
流石におかしいと思ったのか、ののは動きを止めている有利に声をかけた。
有利はダブルチーズバーガーを一口食べてみた。すると、その一口でチーズバーガーの時にはあまり感じなかった肉の存在感を感じた。
(肉とチーズが増えたから、その分、他の材料の味が薄まって――)
咀嚼しながらそんな考察をしていると、
「美味しくない?」
ののが心配そうな目で見つめてきた。
「ううん、美味しい。何て言うか、あくまで俺の個人的な感想だけど、チーズバーガーの完成形がダブルチーズバーガーだって思う」
だから、有利が率直な感想を伝えると、ののは両手で持っているビッグマクタを有利に見せながら、
「そこから更に完成させたのがこれなんだよ。ビッグマクタがマクタビッシュの全てのハンバーガーの完成形なの。他のお店にもそれぞれ完成形があるけど、マクタはこれ」
公式なのか個人の見解なのかよく分からない話をした。でも、有利はそれで少し安心した。
(さっきのあれみたいに俺に合わせるんじゃなくて、今はちゃんと自分の考えを話してくれた。よかった)
心が読めない普通の日本人なので、「さっきのあれ」も本当にののが思った事だった可能性はある。今回もダブルチーズバーガーを無闇に褒めなかっただけの事だ。それでも、素直なののに気を遣わせるのは本意ではない有利は安心したのだ。
安心した有利はポテトも食べてみた。これは専門学校生時代に同行していた同級生たちから数本ずつもらった事があるので味は知っていた。油を吸ったジャガイモが喉を通過する時に引っ掛かる。しかし、不快ではない。むしろ、「食べてるぅ!」という謎の満足感を得られた。そして、その後にアイスティーを飲むと油っぽさがリセットされ、次にダブルチーズバーガーを食べる時には新たな気持ちで臨める。大袈裟かもしれないが、初めてというのはみんなこんなものだろう。
トレーの上のハンバーガーが二つ共なくなり、少し萎びてきたポテトと若干薄まったアイスティーだけになると、
「ねぇ、書類持って来たんでしょ? そこに郵便局があるんだから、コンビニで免許証コピーして、すぐに出したらよくない?」
ののが思い出したかのように、実際に思い出したのだろうが、唐突に戸籍謄本などの扱いについて提案した。
「いや、明日やるよ。会社のコピー機ならタダだからね」
有利が明日の予定を伝えると、
「数十円なんだからよくない? それに、会社のコピー機を私用で使うのは駄目なんじゃないの?」
ののは正論で返した。
「まあ、そうなんだけど」
それにはそう言うしかないだろう。会社のコピー機なら使い慣れているので失敗しないだろうし、コンビニは万が一免許証を取り忘れたときに危ないというのが主な理由ではあるのだが、それを出さなかったのだからそうもなるだろう。それに、確かに、会社の備品を私用に使用するのは横領罪に該当する可能性がある。
「じゃあ、これ食べたらコピーしに行こうよ」
自分の意見が肯定されたと捉えたののは、今日これからの予定を決めた。
書類の話が出たので、それに関連して、有利も唐突に思い出した。
「もし俺がターゲットだとして、更にそのきっかけが昨日の口論だとしたら、何でその事で時間が巻き戻る事態になったんだろうね?」
自分に意外と不満がある事は理解したが、そもそもそれだ。ディストーションの予兆が観測されたのが口論の時間帯だったのは事実らしい。とは言え、そんな些事が時間の流れを狂わせて歪ませるような事態に発展するのはおかしい。津幡は「有利が満足したら終了」と話していたが、逆に言えば、「有利に不満があるからディストーションが発生した」と考えているという事だ。その津幡でさえも、実際に何が原因なのかは判断できないでいる様子だった。
「うーん、有利は将来総理大臣とかの大物になるんだろうなって私は思うけど、その過程で家族が邪魔するのかもね。やっぱり、総理大臣ともなると色々言われたりするから」
ここでののが随分と斜め上な推測をしている事が判明したので、
「いや、総理大臣にはなれないよ。なりたくもないし」
有利は毅然として否定してから、
「俺の不満云々は置いておくとして、『どうして昨日のアレがきっかけなのか』ってのが謎なんだよ。津幡さんも言ってただろ? 『それならもっと早くこうなってただろう』みたいな事。言われてみれば、反抗期の中学生くらいの時だったとしてもおかしくない。反抗する暇もなかったけど、あのタイミングならデカい事もできたと思う」
浮かんだ疑問について説明した。だが、最後が危険だ。
すると、ののはちょっと首を傾げ、目だけを動かしてから、
「ああ、有利が中学生の時、私がここにいなかったからかな?」
また斜め上な発言をした。危険についてはスルーだ。そこには引っ掛からなかったらしい。
「ん? それって関係ある?」
当然の質問をする有利に、
「関係あるよ。だって、『私が緑の飲み物を渡す』のは必須なんだよ? それなら私が日本にいないと無理。成立しない」
ののは堂々と解説した。色々ツッコミ所はあるが、
「え、ののって外国の人なの?」
まずはそれだ。その質問には、
「私自身は純粋な日本人だけど、イタリア生まれイギリス育ち。実家はロンドンだよ。有利が中学生の時、私はロンドンの全寮制の小学校に通ってた。たまに日本のおじいちゃんとおばあちゃんのお家に遊びに行ってたけど、横浜と神戸だから会えないね」
引き続き堂々とバックボーンについて説明してくれた。
「ワールドワイド過ぎてびっくりだな。俺は水戸市生まれ水戸市育ちだよ。水戸市立の中学校に通ってたよ」
びっくりの有利は自分もバックボーンを語ってみたが、ののの話には続きがあった。
「中学からは一人でアメリカに留学してたの。アメリカのノリに馴染めなくて辛かったんだけど、そんな時にヒストリー・キーパーズに見つかって、『日本人だし、日本語喋れるし、日本支部にはSAレベルが高いセンスアビリティ持ちが少ないから、日本に行かない?』って誘われて、えっと、『二つ返事』ってやつをやった。日本には住んでみたかったし、その時は凄い幸運だって思ったけど、所属してみたら三日で後悔した。浅はかだったわ。ロンドンに帰りたい。塩味がないご飯が恋しい。もしくは寿退社したい。日本のご飯の方が美味しいから好き。マクタですら日本が一番美味しい」
ここまで来ると、もう、関東地方から出た事がない生粋の関東人全員、誰もが驚きを通り越して真顔になるしかなくなるはずだ。少なくとも、有利はそうなった。修学旅行くらいでしか関東を出た事がない、親戚も全員茨城県人の有利にはカルチャーショック過ぎた。
「イタリアからイギリスに行って、アメリカから日本なんだ。マクタが国によって味が違うってのはケビンも言ってたね」
ショックからこんな下らない事しか言えない。でも、その下らない事から、
「……ああ、そうか、日本の文化を紹介するチャンネルを登録してたのってそういう事か。ののは自分が知らない事を動画で学んでたんだ。英語の方が分かりやすいから外国人のチャンネルを視聴してたんだな。そんで、アメリカに馴染めなかったからアメリカの音楽は聴かなくて、ヨーロッパに住んでたからヨーロッパの音楽が好きなんだ」
ののの登録チャンネルの謎について、少し理解が及ぶ事になった。
「そうだよ。だってさ、高校からは日本だけど、親から与えられた知識だけじゃ、みんなが何話してるのか全然分かんなかったんだもん。そりゃあ学ぶよ。まあ、三ヶ月くらい経ったら慣れたんだけど、それでも動画自体が面白いから視聴は続けてるね」
この発言から、ワールドワイドな生い立ちのののが日本には馴染めているように感じられた有利は、
「うん、関東人の俺だってハマったんだし、日本についての知識は全部合ってるし、俺が行った事ない所も紹介されてて、今後、役に立ちそうって思えた。だから、どんな状況の人が見たっていいんだよ。面白いんだから」
そう言うと、安堵から、力の抜けた笑顔になった。
また首を傾げたののは、ポテトを一本摘んで口に入れると、次には何かを閃いた顔になった。口の中の物がなくなると、
「そうそう、『私が緑の飲み物を渡す』んだよ。私は確かに日本にいるけど、有利の事は声をかけられるまで知らなかったでしょ? かつ、『私が偶然、何の意識もせずに、有利に緑の飲み物を渡す』ってのは起こり得ない。だって、『偶然』とか『無意識』がない訳だからね。昨日のお昼休みにパン齧ってる時から緑の飲み物の事は知ってたからね。しかも、どうして『他の誰かが』じゃないのかって言うと、他の誰もがみんな、有利にチョコミントフラッペをあげないからだよ。更に言えば、『有利が私と遭遇して、その後は行動を共にする』っていうのが有利が感じた事なら、それはもう、『緑の飲み物を渡す人』は私でしかあり得ない」
ワールドワイド過ぎてそちらに持っていかれていた有利の意識を本題に戻した。それで頭が切り替わると、
「じゃあ、『俺が俺以外の同じ能力を持つ人物に遭遇する』って事込みなんだな」
有利は即座に、頭の中に浮かんだ事をそのまま話した。話してから、
「……うん、違和感はない。じゃあ、そうなんだ」
その内容について確認し、断定した後、
「ただ、『同じ能力を持つ人からチョコミントフラッペを受け取る』は謎だな」
次に浮かんだ疑問について口にした。
ののはまたポテトを摘んだ。それを咀嚼して飲み込むと、今度はアイスティーを手に取り、ストローに口を付けた。その一連の動作の後、
「有利は私の可愛さには興味なくて、『同じくセンスアビリティ持ち』っていう点しか意識してないって事になる。いや、可愛い事は認識してるけど、だからってそこから私の事を好きになったりとか、襲ったりとかはしてこない。つまり、私はファーストレディにはならない。ならないのに、私が有利にチョコミントフラッペをあげる事が条件のうちの一つなんだよ」
今度は何やら訳が分からない事を言い始めた。
「どゆこと?」
自分もポテトを摘みかけていた有利が手を止めて尋ねると、
「私は自分の容姿が他の人と比べて格段にいい事を知ってる。特に、日本では私の事を『好みじゃない』とは思っても、『可愛くない、綺麗じゃない』って思う人はゼロのはず。こういう見た目だから、知らない人から『好きです』とか言われる事も多いの。日常茶飯事ってやつなの。それなのに、有利は私の事を好きにならないし、『寿退社できないよ』って言ったりもする」
ののは解説した後、
「容姿がきっかけで私を認知したって事は理解してる。加賀さんの事には気づいてすらいないもんね。それでも、ただのきっかけだったって断言するには弱いと思う。この話を聞いて、有利はどう思う?」
続けて、有利の感覚を試すような事を言った。
「うーん……」
だから、有利は感じようとした。そもそも、「感じられる」というのは今回初めて指摘された事で、それもまだはっきりそうと決まった訳ではない。違和感だけなら、「こういうストーリーだとして、それにはちょっと異論があるな」と感じただけという可能性もあるからだ。でも、有利は感じようとした。それが解決に繋がるのなら、やるべき事だからだ。
「……えーと、申し訳ないけど、俺は確かに現時点でののの事を好きとかは思ってない。それはののが自分には勿体無さ過ぎる美少女からだ。正直に言うと、『いい匂いがするなぁ』とか『間接キスしちゃった』とかは思った。でも、そこから『好き』には発展しない。『いい子だな』とかはあるけど、『彼女にしたい』とかは思えない。自分とはかけ離れた存在にそんな事は思えない」
感覚を大事にし過ぎたからか、「思う」が頻出したが、
「うんうん、ここまでは違和感ないんだね? それで?」
ののは気にせずに続きを促した。
「多分、『容姿がきっかけ』じゃないんだ。認知したのはそうだったけど、それだけなら俺の人生に関わる事はない。何て言うか、階層とかヒエラルキーとかみたいな事でもなくて、存在してる場所ごと違う感覚。時空がズレてたまたま見る事ができたけど、本当は違う世界にいるみたいな感じ」
また有利は感覚を大事にした。すると、非常に抽象的になった。しかし、ののが寝ている時に感じた事は正にこういう事だ。それを言葉にするとこうなったというだけだ。
「本来重なる事がない時空を繋いだのがあのチョコミントフラッペなんだ。チョコミントは俺だけが好きな物で、特別だ。俺には友達と呼べる人はいない。その場その場でつるんだりはしたし、月イチくらいでLiNKのやり取りしてるやつはいるけど、その全員、チョコミントが好きなのか嫌いなのか知らない。だから、俺の世界では俺だけがチョコミント好きなんだ。テレビやネットで見た事があるチョコミント好きなんてフィクションだし、朝、津幡さんがチョコミントが好きって言ってたけど、いざ口に入れてみたら、『嘘でした、ごめんなさい』ってなるかもしれない」
更に、チョコミントフラッペに関する感覚についても難解かもしれない。津幡が「有利は他人との関わりが少ない」と話していたが、それはその通りだ。数少ない他人との交流の機会にチョコミントの話題が出た事がないので、「チョコミントが好きだと話した人がいないなら、世界には自分しかチョコミント好きが存在しない」という説が成り立つ。当然ながら、本当にそう考えている訳ではないが、有利の感覚ではそうなったのだ。
「まあ、チョコミント好きなんて有利しか存在してなくてもおかしくないからね。私も目の前でチョコミントの物を口に入れてる人なんて見た事ないよ」
ののはその悪魔の証明の如き説に同調してから、
「という事は、分かりやすく目に留まりやすいセンスアビリティ持ちの私が、特別なチョコミントフラッペを持ってたから、有利は声をかけたんだね」
そう結論付けた。そうやって肯定されたからか、
「そう。他の物は『ああ、そう来たか』とか感じるだけだったけど、チョコミントは『早く飲まないと勿体無い、せっかくのチョコミントの品質が落ちる』って焦った。あ、値段が圧倒的に高いイルジョのフラペチーノですら『勿体無い』とは思わなかったな。『ダイエットはしてないんだ。よかった。もっと太ってもいい』って思っただけだった」
有利は素直に、また感じた事を感覚だけで伝えた。
ここまで長々と色々な話をした。その事で、有利は「違和感があるから正解ではない」以外の感覚を認識した。
「分かった。『同じ能力を持つ違う世界の人と、チョコミントフラッペをきっかけに出会う』のがスタートなんだ」
それは「はっきりと正解」だと感じる事だった。それ自体は先程までの焼き直しの総括だが、それを正解だと認識する事ができた。
(あー、何かすっきりした)
これまでは違和感にもやもやするだけだったが、言葉に出した事もあり、頭の中がクリアになり、気分がよくなった。
「まとめるとそうかもね。有利は何か誤解してるけど、その誤解がゴールに繋がってる。うん、これは確信。私も感じた」
それに、地球の裏側の事まで感じられるののもそう言ったので、間違いないはずだ。
「『ゴール』は何だろうね?」
すっきりの有利は更にすっきりしたくなったので、ののに質問してみた。
「『違う世界』、それが誤解。私たちは同じ世界にいる。同じ国の同じ地域にいる。こうやって同じテーブルに並んで座ってる。私たちは一緒にいる」
でも、ののの話はよく分からない。意味は分かってもしっくり来ない。
「それは比喩だからそうかもしれないけど、こうやって話してみたりしても、やっぱりののは俺とは関係ない人だよ。万が一同僚になったとしても、それは変わらない」
苦笑しながら表現について説明したところで、
「『同僚』、『変わらない』……?」
今度は一気に自分の中で違和感が膨れ上がったので、有利は眉間に皺を寄せた。
次はののがすっきりする番になった。
「『変わる』、そう、有利はここで変わるんだよ。私の事を好きになるとかはどうでもいいんだけど、せめて同じ世界の人だって認識して。同僚になるんだから」
しっかりと有利の目を見つめながら、納得の表情ではっきりと諭すように言った。その事で、その明確な言葉の一つ一つが、もやもやしている有利の頭の中に順序よく入ってきた。
「『変わる』、かつ『同僚になる』、それか」
その中でもよりクリアに感じた事を口にしてみたところ、違和感がなくなり、頭の中のもやもやが晴れた。それどころか、つい先程から感じられるようになった「正解」だと認識した。そこから、
「俺は小物だけど、ののたちの同僚になって、将来、何か大きな事をやるんだな。まだ誰かは知らない大物を助けるか何かする時、ののたちだけじゃ上手くいかない可能性があるんだ」
曖昧な想像ではあるが、筋書きを推測する事もできた。
その「筋書き」の方は本当に推測でしかない。今回のディストーション自体には関連がないからなのだろうが、「正解」とも「違和感」とも感じない。
(「俺が怒鳴り散らした時にディストーションの兆候が現れた」、「俺が」なんだ。それが「変わる」に関連してるとしたら……)
そこで、有利はまた正解を感じようとした。その行為はこれまでに「自分には関係ない」と思い込もうとした時よりも自然な気がした。だからなのか、頭の中で自然と色々な情報が繋がり、連携し、統合され、収束していき、最終的に一本の光線のようなものが鋭く光ったように感じた。
その光が示したのは、
「そうか、それを邪魔するのは家族じゃない。『家族に囚われてる俺自身』なんだ。言葉にしてみるとよく分からないけど、そういう事だ。それを解決しておかないと、俺はいつまで経ってもののの同僚にはなれないんだよ」
「予想」や「推測」と呼ぶには鮮明過ぎる「正解」だった。
「何で?」
ののが質問しても、
「俺が本当の意味で『凄い』人になるためだよ。ののと津幡さんがターゲットであろう俺の事を持ち上げて、同調して、そうやってディストーションを解消しようとしてるってのは分かってる。だけど、それじゃ駄目なんだ。俺は今後、ののの同僚、つまり、ヒストリー・キーパーズの一員として凄い事をやってのける人にならないといけない。そんな人になれないうちは、時間は流れない」
有利は自信と確信の元に断言できたし、
「俺はののみたいに見た目がいい訳でも優秀な訳でもないけど、同じ世界の人間なんだから、わざわざ自分を汚泥の沼に沈める必要はない。ここで這い上がるんだ」
そこから自分のすべき事を導き出す事ができた。
自信満々に見える清々しい表情の有利を見ながら、ののはワクワクした様子で手を挙げた。
「あー、それならいい考えがあるよ。すぐに免許証コピーしに行こう」
そのワクワクで自分もテンションが上がった有利が、
「ただ郵便局に行くだけじゃないの?」
すっかり冷めたポテトを摘みながら尋ねると、
「郵便局には行かない。水戸で街ブラしよう。ロンドンよりは近いもんね」
自分もポテトの方に目を遣りながら、ののはワールドワイドに提案した。




