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第六話 ササオカの試練


 それから、しばらくして――。


 リュウとエチカは社を後にし、諸岡神宮のさらに奥へ足を踏み入れていた。


 宮司・深代貴明から渡された地図には、境内の裏手にある封印の場所まで細かな道筋が記されている。


 そこへは、二人だけで来るよう強く念を押されていた。


 目的地の名は――ササオカ。


 人の名ではない。

 封印の奥へ続く場所の名だ。


 そしてその先には、この分野では相当名の知れた存在が眠っているらしい。


 深代は、その名を最後まで明かさなかった。


 直接会って、聞いてほしい。


 その言い方が妙に引っかかっていた。


「はあ……」


 雨に濡れた石畳を踏みしめながら、リュウは重たい息を吐く。


「あーあ。また厄介事だ……」


「何かしようとすると、必ず厄介事を背負い込む」


「この負のサイクル、どうにかならないのかな……」


 返事はない。


「……えっ、まさかの無視?」


「うっさいわね」


 数歩先を歩いていたエチカが、振り返りもせずに言った。


「その場の流れでそうなったことは、しょうがないでしょ」


「それが人生ってものよ」


「人生の説明が雑すぎるだろ」


「そんなんだから、あんたは小物なのよ」


「えぇ……!?」


 リュウは眉をひそめた。


「いやいや、下手したら命に関わる話なんだけど?」


「それって小さいことなのか?」


 エチカはようやく足を止め、わざとらしく肩をすくめる。


「男だったら、小さいことは気にしない」


「じゃあ大物って何を気にするんだよ」


「決まってるでしょ」


 ふっと鼻で笑う。


「小さいこと以外よ」


「まるで、意味不明なんだけど!?」


「うるさいわね。あんたに意味のある話をしたって、どうせ分かんないんだから」


「黙って歩きなさい」


「理不尽すぎる……」


 ぶつぶつ抗議しかけた、その瞬間。


 ぱこんっ。


「痛っ!」


 いつの間にか飛んできた塩の粒が、リュウの額を正確に打ち抜いていた。


「黙って歩けって、言ったでしょ!」


「会話の途中だっただろ今!」


 だがエチカは、もう前を向いて歩き出している。


 リュウは額をさすり、小さく肩を落とした。


 深代の地図によれば、ササオカまではもうすぐのはずだった。


 封印された者は、かなり有名な存在らしい。

 その最後の所在は、世間では謎とされているという。


 ――実際には、封印されていた。


 もしその事実が外に出れば、大騒ぎになるだろう。


 もっとも、あの宮司が許すとは思えないが。


「……早く終わらせて帰りたい」


 その時だった。


 前を歩いていたエチカが、ふいに足を止める。


「……何か、雲行きが怪しくなってきたわね」


 リュウも立ち止まり、意識を研ぎ澄ませた。


 空気が重い。


 湿った土の匂いに混じって、別のものが漂っている。


 どす黒く、粘つくような気配。


 しかも、それはここにあるはずのないものだった。


 ここは諸岡神宮の奥地。


 人の祈りと長い時間をかけて積み重ねられた、清浄な気に満ちた場所だ。


「なぜ、こんな場所に……こんな存在がいるんだ?」


 リュウが口を開くより早く、エチカは意識を集中していた。


 白い粒子が掌の周囲へ集まり、淡くきらめく。


 戦闘準備だ。


「……話を聞く気ゼロだな……」


「うるさいわね! いるものは、いるんでしょ!」


 予想通りの返答だった。


 次の瞬間。


 周囲の木々の隙間から、黒い影がぬるりと現れた。


 一体、二体――いや、それどころではない。


 後から後から、際限なく湧いてくる。


 人の形をしたもの。

 獣じみた輪郭のもの。

 這うように進む黒い塊。

 半ば崩れた顔だけを浮かべたものまでいる。


 しかも、どれも今まで見てきた低級霊とは明らかに格が違った。


「うわっ……まだ来るのかよ!?」


 気づけば二人は、ほぼ完全に包囲されていた。


 エチカは即座に片手を振る。


 ざあっと白い粒子が広がり、二人の背後――崖際へ塩の壁を展開した。


「これで後ろからは来ないでしょうね」


 同時に、彼女の手には白く透き通る刀が生まれていた。


 塩で錬成された初歩武装――ライト・ブレード。


「リュウ、自分の身は自分で守ってよね」


「今日は、あんたの面倒まで見てる暇はないわよ」


「今日はって……いつもは俺が手を出したら、おまえの楽しみが減るから黙ってるだけだろ」


 リュウも両手に気を集める。


 派手さはない。


 彼にできるのは、気を撃ち出すか、刀状に固定して斬りつけることくらいだ。


 だが、それで十分だった。


「これだけうじゃうじゃいれば、遠慮する必要ないよな……!」


 構えた直後、一体が真正面から飛びかかってきた。


 半歩ずらし、気の刃で一刀両断。


 黒い身体が真っ二つに裂け、霧のように散った。


 それが合図だった。


 次から次へと怪異たちが殺到する。


「くっそ……!」


 飛び込みざまに二体を斬り払う。


 振り返りざま、背後から迫った影へ肘打ち。


 そのまま零距離で気弾を撃ち込んだ。


 爆ぜる。


 だが、次が来る。


 息をつく暇もない。


 千切っては払い、払っては斬る。


 まさにそんな状態だった。


「どんどん来るな、おいっ!」


 叫びながらも体は止まらない。


 一方のエチカは、まるで別の遊びでもしているかのように楽しそうだった。


 ライト・ブレードを流れるように振るい、時には塩の散弾でまとめて吹き飛ばし、要所では大ぶりな技で密集を削る。


「ほらほら、その程度?」


「数だけ集まっても意味ないのよ!」


 言いながら三体まとめて両断。


 その様子に、リュウは半ば呆れた。


「……あいつ、ほんと余裕だな」


 だが、その余裕も長くは続かなかった。


 敵の数が多すぎる。


 いくら倒しても減りきらない。

 むしろ増えているようにさえ感じる。


 リュウは連撃をいなしながら、じりじりとエチカへ寄った。


「エチカっ! このままだとジリ貧だ!」


「何か打開策ないのかよ!」


「分かってるわよ!」


 斬り払いざまに答える。


「私には、まだとっておきがあるから。……まあ、見てなさい」


 そう言うと、彼女は敵を捌きながら別の集中に入った。


 呼吸が変わる。


 空気中から濃い塩分が引き寄せられ、白い粒子が周囲に漂い始める。


 何か大きな技を組み立てているのだ。


「今度はまともなやつだろうな……!」


「失礼ね。私はいつだってまともよ!」


 片手で印を結ぶ。


 勝ち誇った顔で告げた。


「――ソルト・ニードル!」


 その瞬間。


 エチカの表情がぴたりと止まる。


「……ん?」


 目を見開き、口だけが動いた。


 し・ま・っ・た。


 リュウの顔が引きつる。


「あれ? ソルト・ニードルって初歩技じゃなかったか!?」


 だが次の瞬間、その予想は裏切られた。


 無数の白い針が扇状に射出される。


 一本一本は細く小さい。


 だが、その速度と貫通力は異様だった。


 白い雨のように放たれた塩針は、群がる怪異たちをまとめて貫き、次々と輪郭を崩していく。


 さらに、一体へ当たった針が散って浄化の波を広げ、周囲の悪霊まで巻き込んで消し飛ばした。


「うおっ!?」


 リュウは思わず叫ぶ。


「すっげぇじゃん、エチカ!」


 しかし、何より驚いていたのはエチカ本人だった。


「うっそ……」


 と、言いかけて止める。


 すぐに顔を引き締め、わざとらしく鼻を鳴らした。


「ふ・ふん! ……予定通りね」


 少しだけ笑顔が引きつっていた。


 どうやら本気で技選択を間違えたらしい。


 だが結果は絶大だった。


 この場所との相性か、相手の性質か。


 基本技であるソルト・ニードルが、異常な効果を発揮したのだ。


 エチカの目が一気に輝きを取り戻す。


「さあ、今から一気に行くわよ!」


「覚悟しなさい、ザコども!」


 楽しげに針を撃ち放つ。


「きゃははははっ!」


「急に元気になったな……!」


 だが、その勢いは本物だった。


 押されていた流れが、一瞬でひっくり返る。


 数で押していただけの群れは、強烈な一撃で波が崩れた。


 恐怖に揺らいだ怪異たちは、互いに場所を奪い合うように後退し、統制を失っていく。


「今だ!」


 リュウも気の刃を構え直した。


 退き始めた一体を斬り伏せ、その奥の二体をまとめて気弾で吹き飛ばす。


 続けて跳び込み、エチカの針をかいくぐって迫る影を迎え撃った。


 戦況は完全に変わっていた。


 やがて、あれほどいた怪異の群れも目に見えて数を減らしていく。


「リュウ!」


 エチカが振り向く。


「あと一気にいくわよ!」


「おう!」


 二人で最後の一押しをかけようとした、その時だった。


 ――場の空気が、変わった。


 今までのどす黒い気とは、まるで質が違う。


 それはもはや悪霊の気配ではない。


 暗黒そのものが流れ込んできたような圧。


 冷たいのに重い。

 重いのに、底がない。


 その場にいた全ての怪異が、同時に動きを止めた。


 空間そのものが息を潜める。


 そして、どこからともなく声が響く。


『……よし。そろそろ、代わろうか』


 ぱちん。


 手を打つような重たい音。


 その一音が響いた瞬間、怪異たちはすべて跡形もなく消え失せた。


「……何?」


 エチカが目を見開く。


「なにが起きたの……?」


「分からない……でも」


 リュウは喉を鳴らした。


「例の封印されたやつが、出てきたってことじゃないのか……?」


「それしかないわね」


 エチカの声にも、さすがに軽さはなかった。


 あまりにも気配が強すぎる。


 強大で、静かで、逃げ場がない。


 まるで山そのものが意志を持ち、こちらを見下ろしているようだった。


 その声が再び響く。


『……君たちの力は、見せてもらったよ。わざわざ来てもらって、すまなかったね』


 普通なら、エチカはここで皮肉のひとつも飛ばしている。


 だが今回は違った。


 軽口を挟めば、それだけでこの圧に呑まれそうな気がしたのだ。


 それでも一歩も退かずに問う。


「私たちをここまで呼んだのは、何の用かしら」


 わずかな沈黙。


 そして、声が低く笑う気配がした。


『どういう用がいいかな……』


 リュウの額に嫌な汗がにじむ。


「……なんだよ、それ」


『じゃあ、君たちをどうするつもりかと聞くかい?』


「いや、だから……!」


『どうされるのがいいかな』


「だめだ……」


 リュウは眉間を押さえた。


「まるで禅問答だ……」


 その言葉に、見えない相手は愉快そうに息を漏らした。


『ふふふ。なにも、とって食おうというわけじゃない』


 圧は凄まじいのに、声音だけは不思議と穏やかだった。


『まずは、私の昔話を聞くつもりはないかな』


 リュウとエチカは顔を見合わせる。


「……聞くだけでいいの?」


 エチカが慎重に尋ねた。


『ふむ。聞いて、どう考えるかは……お主たちの自由じゃからのう』


 古い時代の響きを帯びた口ぶり。


 やはり、この声の主は尋常な存在ではない。


『まずは、場所を変えようかのう……』


 その瞬間。


 二人の足元に、淡く光る文様が広がった。


「……っ!」


「転移!?」


 エチカが身構える。


 だが、抵抗する間もなかった。


 視界が揺らぐ。


 景色が崩れ、白く滲み――


 次の瞬間。


 二人は、まったく別の場所に立っていた。

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