表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/30

第四話 転生じじい現る


 その夜、リュウとエチカは住宅街の夜道を歩いていた。


 ――いや、並んで、という表現は少し違う。


「なにもさぁ……今夜行くことないでしょ!」


 エチカは頬を膨らませ、数歩先をずんずん進んでいる。


「だって、早い方がいいって言ったのそっちだろ」


「それは言ったわよ! あんなのに何の情報もないまま襲われたら困るって意味!」


「じゃあ同じことじゃん」


「違うの! 今日は見たいテレビあったの!」


 ぴたりと立ち止まり、びしっと指を突きつけてくる。


「録画って文明、知ってる?」


「うっさい!」


 次の瞬間、塩の粒が飛んできた。


「うわっ!」


 リュウが反射的に避ける。


 その背後でたまたま漂っていた低級霊が、目を見開いたまま消滅した。


「ふん。一匹じゃ物足りないわね」


 エチカは満面の笑みだった。


「……八つ当たりに怪異を使うなよ」


「有効活用よ♪」


 どうやら機嫌はそこまで悪くないらしい。


 リュウは肩を落とした。


「うちの親も今日は遅いし、エチカの家もそうだろ? ちょうどいいと思ったんだよ」


「だからって、か弱い女の子を夜道に連れ出すなんて、あなた少し無神経じゃない?」


「……はい?」


「無神経じゃない?」


 圧が強い。


「すみませんでした!」


 リュウは即座に頭を下げた。


「その分、俺が全力で守ります! 可愛いエチカさんを!」


 恐る恐る顔を上げる。


 エチカは口元を緩め、わざとらしく咳払いした。


「……まあ、そこまで言うなら付き合ってあげるわ」


「ありがたき幸せ」


「感謝なさい」


 リュウは深く礼をしながら思った。


(……ひとりの方が楽だったかもしれない)



 二十分後。


 二人は高層マンションの前に立っていた。


「ここだよ」


「へぇ~、思ったより近かったじゃん」


「文句言われずに済んで安心したよ」


「誰が文句言うって?」


「すみませんでした」


「反省が早いのは美徳ね」


 エントランスを抜け、エレベーターで十一階へ向かう。


 到着した廊下を進み、『橋口』と書かれた部屋の前でインターホンを押した。


 すぐに扉が開く。


「あっ、たかちゃん!」


 現れたのは、二十代後半ほどの小柄な女性だった。


 柔らかな笑顔。

 人を安心させるような空気をまとっている。


 その横で、エチカの肩が震えた。


「……たかちゃん?」


「笑うな」


「ふっ……」


「笑うなって」


「む、無理……っ」


 肩を押さえて笑いをこらえている。


「な〜に? 今日は彼女連れ?」


 美香が楽しそうに聞いた。


「違います」


「ち・が・い・ま・す」


 エチカが食い気味に否定した。


 少し傷ついた。


「まあまあ、立ち話もなんだし、上がって」



 部屋の中は綺麗に整えられ、ほんのり柔軟剤の香りがした。


 生活感はあるのに散らかっていない。

 居心地のいい空間だった。


「今日はどうしたの?」


 美香がお茶を用意しながら尋ねる。


 リュウはエチカを指さした。


「こいつが赤ちゃん好きで」


 次の瞬間、尻に激痛が走った。


「いっ!?」


 振り返ると、エチカが笑顔でつねっていた。


「さとちゃん、見たいんだって」


「あら、そうなの?」


 美香は嬉しそうに奥の部屋へ向かった。


 少しして、腕の中に赤ん坊を抱いて戻ってくる。


 白い肌。

 ふっくらした頬。

 小さな指。


 天使のような寝顔だった。


「きゃっ……かわいい……!」


 エチカの声色が変わる。


 さっきまでの圧はどこへ行ったのか、目を輝かせている。


「抱っこしていいですか?」


「もちろん」


 おそるおそる抱き上げる姿は、驚くほど優しかった。


 ぎこちないのに丁寧で、大事な宝物を扱うようだった。


 リュウは思わず見とれる。


「たかちゃん、よだれ出てない?」


「出てない!」


 美香がくすくす笑った。


 その時だった。


「あっ」


 美香が何かを思い出したように声を上げる。


「大変! 私、おむつ買うの忘れてた」


 バッグをつかみ、慌てて玄関へ向かった。


「すぐ近くのドラッグストアだから、ちょっと行ってくるね」


「え、今?」


「すぐ戻るから……」


 にこっと笑い、靴を履く。


「二人で待っててね!」


 扉が閉まり、部屋の中が静かになった。


 残されたのは、リュウとエチカ、そしてさとちゃんだけだった。



「……で?」


 エチカが赤ん坊を抱いたまま首をかしげる。


「ここへ来た本当の目的、まだあるんでしょ?」


 リュウは口元を吊り上げた。


「もちろん」


 そして、眠るさとちゃんの前へ進み出る。


「ちょ、何する気?」


「目的の説明さ」


 ゆっくりと手を振り上げ――


 パチン!


 さとちゃんの頭を軽く叩いた。


「ぎゃああああ!」


 部屋に泣き声が響く。


 同時に、二人の頭の中へ別の声が飛び込んできた。


『誰じゃあ! ワシの頭を叩いたのはぁ!』


 エチカが固まる。


「……なに、これ」


『むむっ、クソタカ! またお前か!』


「気を感じてみて?」


 リュウが真顔で言う。


 エチカは目を閉じ、意識を集中させた。


 数秒後、勢いよく目を開く。


「……この気、まさか」


『ん?』


「キン爺?」


『ぎくっ』


 エチカの笑顔が、ゆっくりと別のものへ変わった。


「えっ、キン爺だ! ……やっと会えたわねぇ……」


 その声色に、リュウは一歩下がる。


 さとちゃんのほっぺが、むにっと引っ張られた。


「ぎゃああ!」


『やめんかぁぁぁ!』


「何度呼んでも出てこなかったと思ったら……転生してたってわけね!」


 悪魔のような笑みだった。


『しまった……』


「でも、また会えて嬉しいわ……とっても!」


『ぜんぜん嬉しそうに見えん!』



 リュウは咳払いして話を戻した。


「爺ちゃん。実は今日、ヤバい霊体に襲われたんだ」


「何か心当たりないかな?」


 さとちゃんは泣きながらも、頭の中で吐き捨てる。


『ふん。お前、強い存在にマーキングされとるぞ!』


「マーキング?」


『印をつけられたんじゃ。そいつには、お前の居場所が丸見えじゃぞ』


 リュウの表情が引き締まる。


「外せないの?」


『ワシにも無理じゃな』


 少しの沈黙。


 泣き声だけが部屋に響く。


 やがて声が続いた。


『……シンちゃんに会え。諸岡神宮のササオカに……話は通しておく』


「諸岡神宮……?」


「ササオカ……?」


 エチカも眉をひそめる。


 その時。


 玄関の扉が開く音がした。


「ただいま~!」


 美香が戻ってきた。


 エチカは一瞬で表情を切り替え、満面の笑みでさとちゃんを抱いていた。


「ミカさん! さとちゃん、すっごくいい子でした!」


『嘘じゃあああ!』


「うふふ、じゃあ今度お留守番お願いしようかしら」


「ぜひっ!」


『嫌じゃあああ!』



 帰り道。


 夜風の中、リュウは空を見上げた。


(……明日、諸岡神宮へ行ってみるか)


 隣では、エチカが機嫌よくスマホを見ている。


 画面には、さとちゃんの写真が何十枚も保存されていた。


 しかも、泣き顔ばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ