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第三話 ソルト・ロンギヌス


 闇の空間に、白い光が走った。


 エチカの掌に集まった塩の粒子が、刃のように鋭い槍となって射出される。


 白閃は一直線に黒毛玉へ突き刺さる――はずだった。


 だが怪物は、裂けた口を大きく開き、そのまま槍を飲み込んだ。


「……は?」


 次の瞬間、槍は音もなく砕け散る。


 飲み込まれたのだ。


「ちょっと、反則じゃない?」


 エチカが眉をひそめた。


 黒毛玉は低く唸りながら、さらに吸引を強める。


 床の破片。

 漂う霧。

 空間に散った塩の粒さえ、渦へ巻き込まれていく。


「おい、笑ってる場合か!」


 リュウは片手を前へ突き出した。


 足元に淡い光が走る。


 瞬間、二人の前に半透明の壁が展開された。


 吸引の流れがぶつかり、火花のような光が散る。


「結界か。しぶといわね、しもべ」


「褒めてないだろ、それ」


「当然」


 エチカはすでに次の一手を決めていた。


「仕方ないわね」


「何がだよ」


「切り札を使う」


 にやりと笑う。


「ソルト・ロンギヌスよ」


 その名を聞いた瞬間、リュウには嫌な予感しかしなかった。


「……それ、すぐ撃てるんだろうな?」


「無理」


「は?」


「生成に時間がかかるの」


「先に言え!」


「今言ったでしょ」


 エチカは胸を張る。


「その間、しもべが時間を稼ぎなさい」


「また命令かよ!」


「主人だから当然」


「勝手に主人を名乗るな!」


「いいから行く!」


 次の瞬間。


 リュウの背中に強烈な蹴りが入った。


「ぐはっ!」


 そのまま怪物の真正面へ押し出される。


「おまえなあああ!」


 背後では、エチカがすでに両手を広げていた。


 空気が震える。


 大気中の塩分、水分、微細な粒子――あらゆる成分から塩の要素だけが抽出され、白い光となって彼女の頭上へ集まり始める。


 膨大な量だった。


 渦を巻きながら、巨大な槍の輪郭を形作っていく。


「……マジかよ」


 リュウは息を呑む。


 だが、見とれている暇はない。


 黒毛玉が口を開き、闇の渦を吐き出した。


 とっさに横へ飛ぶ。


 さっきまでいた場所の床がえぐれ、空間ごと削り取られる。


「危なっ!」


 リュウは即座に体勢を立て直し、両手を組んだ。


「――結界展開!」


 光の膜が何重にも広がり、怪物の周囲を包み込む。


 黒毛玉は暴れ狂い、吸引で壁を削っていく。


 長くはもたない。


「エチカ! まだか!」


「まだ! 今、装飾作ってるから!」


「装飾!?」


「当然でしょ! 神槍なんだから!」


「そこ今やることか!?」


 信じられなかった。


 命がけの場面で、こいつは槍のデザインにこだわっている。


 だが、エチカは本気だった。


 槍の穂先が伸び、柄には紋様が刻まれ、全体が神々しい光を帯びていく。


「うんっ! 完璧……!」


「自己満足してる場合か!」


 その瞬間、結界の一枚が砕けた。


 黒毛玉の口がリュウへ迫る。


「っ!」


 間に合わない。


 そう思った時、体が勝手に動いた。


 恐怖より先に、経験が動かした。


 幼い頃から危険に晒され、そのたびに逃げ、生き延びてきた体だった。


 リュウは身を沈め、紙一重で突進をかわす。


 すれ違いざま、怪物の側面へ掌を叩きつけた。


「浄破!」


 白い衝撃が走り、黒毛玉がわずかによろめく。


「やるじゃない、しもべ!」


「誰のせいでこうなってると思ってんだ!」


「私のために頑張れるんだから、光栄でしょ!」


「一回黙れ!」


 その時だった。


 頭上から、とてつもない圧力が降ってくる。


 リュウが見上げた。


 闇の天井を埋め尽くすほど巨大な白槍が完成していた。


 神々しい光を放つ、絶対の一撃。


 エチカが高らかに宣言する。


「待たせたわね!」


 彼女は指を振り下ろした。


「――ソルト・ロンギヌスよっ!」


 白き神槍が轟音とともに落下する。


 黒毛玉へ向かって一直線に。


「やりっ!」


 リュウが叫ぶ。


 勝った。


 誰もがそう思った、その瞬間――


 黒毛玉の巨体が、煙のように掻き消えた。


「……は?」


 神槍は空振りし、床へ突き刺さる。


 衝撃で空間全体が揺れた。


 そして上空に、黒い渦が現れる。


 禍々しい悪意が、そこに渦巻いていた。


 エチカの顔が引きつる。


「なによ、あれ……」


 次の瞬間。


 二人の頭の中に声が響いた。


『私の遊戯は、楽しんでもらえたかな?』


 ぞっとする声だった。


 リュウは黒い渦を睨みつける。


「お前……誰だ」


『その答えは、いずれ分かるよ』


 声は笑っていた。


『今日のこれは、ただの挨拶だよ』


 黒い渦の奥で、何かが蠢く。


『また会おう、選ばれし者よ』


 その言葉を最後に、渦は霧散した。


 同時に、閉ざされた空間が崩れ始める。


「リュウ!」


「分かってる!」


 二人は駆け出した。


 闇が砕け、光が差し込む。


 次の瞬間――。



 見慣れた通学路だった。


 夕焼けの色も、住宅街の景色もそのまま戻っている。


 まるで何事もなかったかのように。


 しばし沈黙のあと、エチカがぽつりとつぶやく。


「……ねえ」


「何だよ」


「私の槍、すごかったでしょ?」


「そこかよ!」


「あと、しもべにしては頑張った♪」


「上から目線やめろ!」


 だが、その直後。


 エチカの表情が少しだけ曇った。


「……あの黒い渦、最悪だったね」


「ああ……」


「なんか、普通じゃなかった」


「今まで感じたことがないタイプだ」


「しかも、強くて……たちが悪そう」


 短い沈黙。


 そしてリュウが口を開く。


「……誰かに確認した方がいいかもな?」


「…………?」


 エチカは首をかしげる。


「その言い方、誰か心当たりがあるの?」


「うん……ちょっとね」


 だが、リュウの胸には別の言葉が残っていた。


 ――選ばれし者よ。


 嫌な予感だけが消えない。


「そういえば今日、エチカん家って両親の帰り遅いんだろ?」


「それがどうかしたの?」


「うちも遅いんだ」


 リュウは携帯を取り出した。


「ちょっと寄り道しない?」


「どこへ?」


「まあ待てって。相手の都合を聞くから」


 通話がつながる。


「あっ、もしもし。ミカ姐?」


「………………?」


 エチカは、その名前に聞き覚えがある気がした。

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