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第二十八話 人生、最良で最悪な日


 その後――俺とタカラは、甘い期待に満ちた一日を満喫できるはずだった。


 ……そう、思っていた。


 だが相手はエチカである。

 そんな淡い期待は、あっさりではなく、完璧に粉砕された。


 最初こそ和やかに始まった休日だったが、途中から状況は地獄へと変わっていく。


 原因は、エチカとみっちょんの体力だった。


 いや、底なしというより――

 目の前にある絶叫マシンが、二人の感覚を麻痺させていたのだろう。


 乗る。叫ぶ。笑う。

 また並ぶ。


 終わらない。


 まるで、回し車を走り続けるネズミである。



「キャハハハハハハ! 面白かったね~~~!」


「うんっ!」


「次はあれ行こうか~~~!」


「いいね~~~!」


 二人は元気いっぱい。


 その後ろで、俺とタカラはとぼとぼ歩いていた。


「あの~~~……そろそろ休憩しませんか……」


「う〜ん、これ乗ってから!」


「そうそう! 乗ってから!」


「はぁぁぁぁぁ……」


 終わる気がしない。



 そんな時だった。


「あれっ?」


 エチカが突然、何かを見つけた。


「ねぇみっちょん! 今から“火の国モン”のショーがあるみたいよ!」


 柱に貼られた広告を指さしている。


 火の国モン――エチカが好きなものベスト3に入るゆるキャラ様だ。

 全国ゆるキャラランキング第一位という、妙な実績まで持っている。


 ……やった。

 これで絶叫マシン地獄から解放される!


 そう思った俺は甘かった。


 事態はさらに悪化する。



「みっちょん! 一緒に見に行こ~~!」


「ええ~……私はいいかな」


 みっちょんは、ゆるキャラには興味がないらしい。


「ええ~~っ!? じゃあ私とリュウだけになるじゃん!」


「ええ~~っ!?」


 タカラが即座に言った。


「うむ。俺は、みっちょんと待っている」


「お前だけ逃げる気か!」


「じゃあタカラ、みっちょんを退屈させないようにね」


「オタク話は禁止よ」


「えっ!? タカラ君って何かのオタクなの?」


 みっちょんが興味津々に尋ねる。


「少々……創作物の鑑賞を嗜んでおります」


 何だその言い方は。


 エチカは、みっちょんの耳元でささやいた。


「この二人、ガンダムオタクなの。しかもタカラは、超合金ロボと美少女フィギュアがプラスされた重症患者よ」


「ああ~~~、危険人物の類ね」


 ……誰が危険人物だ。



 こうして俺は、“火の国モン・ショー”という禁断の地へ足を踏み入れる事になった。


「さあリュウ! いざ出陣よ!」


「へぇ~~い……」


 そこは、子どもと保護者で埋め尽くされた異世界だった。


 叫ぶ子ども。

 走る子ども。

 怒鳴る親。

 笑う親。


 まさに無法地帯である。


 しかも、高校生が珍しいのか、子ども達がやたら絡んでくる。


「ねぇねぇ、お兄ちゃん達付き合ってるの?」


「えっ! もうキスしたの!?」


「それ以上いった!?」


 保護者が止めに入る。


「こらっ、そんな事聞いちゃダメよ~! 二人の秘密なんだから!」


「ええ~!? 先生が、隠し事はダメだって言ってたよ!」


「世の中には、知られちゃいけない秘密もあるのよ!」


 ……何の教育現場だ。


 さらに子どもは追撃する。


「それじゃ〜さ! お姉ちゃん達、子どもってどうやってできるのか知ってる?」


「誰も教えてくれないんだ!」


 俺とエチカは沈黙した。


 次の瞬間――


 エチカの拳が、子どもの頭に落ちた。


 ドゴッ!!


「うわ~~~~ん!!」


「どうしたの!?」


「お姉ちゃんがぶった~~!」


 エチカは真顔で答える。


「今、ハチがいたもので……緊急処置を致しました」


 ……強い。



 ようやくショーが始まった。


「良い子のみんな~~~! お待たせ~~〜!」


 良い子なんて一人もいないぞ。


「火の国モンショー、始まるよ~~!」


 早く終われ。


「うぎゃ~~~~!」


 何の叫びだ。


 その中に混じって、甲高い女性の声。


「キャ~~~~! 火の国モ~~〜ン!!」


 もちろんエチカの声である。


「まずは恒例! 溶岩ファイヤーだっ!!」


「リュウ! 溶岩ファイヤーよ! 油断しないで!」


「ここ、はいって返事する場面!?」


 意味不明な緊張感が漂う。


 その時――


 ドォォォン!!!


 火の国モンの頭部火口から、祝福のような音で、溶岩型のぬいぐるみが発射された。


 良い子達へのプレゼントらしい。


 だが、エチカ様にとってそれは、狩るべき獲物である。



 そして……いよいよ、あと一回!


 エチカの表情は真剣を通り越し、悲壮感すら漂っていた。


「ラストだよ~~!」


 ドォォォン!!


 最後のぬいぐるみは、ある子どもの手元へ飛んでいった――


 ……そのはずだった……


 だが、突然、何もない空中で不自然に跳ねた。


 ありえない角度で軌道を変え、綺麗な放物線を描き――


 エチカの手の中へ収まった。


「やりぃ~~~! ラッキー!!」


 満面の笑み。


 取られた子どもは、この世の終わりみたいな顔をしている。


 ……やりやがったな。


 確信犯だ!


 周囲の空気も凍りついた。



 しかし、その後。


「リュウちゃ~ん! よかったわねぇ~! はい、ぬいぐるみよ」


 その不幸の象徴が、俺に押しつけられた。


 そしてエチカはさっさと撤収。


 俺は周囲の視線を浴びながら、こそこそと逃げ出した。


 ……犯罪者の気持ちが少しわかった。



 ようやく三人の所へ戻ると、


「は〜い、ご苦労様!」


 エチカは当然のようにぬいぐるみを回収した。


 俺は力なくベンチへ座り込む。


「よぉ、お疲れ様」


 温かい言葉をくれたのは、心の友タカラだけだった。


「見てみっちょん! 私ったら超ラッキーだったのよ!」


「ぬいぐるみが、まるで私を目指して飛んできたみたいなの!」


 ……あんたが、飛ばしたんだろ。


「わぁ~~! エチカすご~い!」


「まるで幸運の女神様ね!」


 ……黒い女神様だ。



 その時だった。


 突然、俺の携帯が鳴った。


 画面を見ると、親父からだった。

 珍しい。今日は家にいるはずなのに。


「もしもし……はい……ええっ!?……はい……わかりました」


 電話を切ると、エチカが覗き込んできた。


「どうかしたの?」


「……急用ができた」


「悪いけど、あとは三人で楽しんでくれ」


「みっちょん、ごめん」


「タカラ。二人を最後まで頼む」


「じゃあ……本当に悪い!」


 俺は慌てて、その場を後にした。


 残された三人は、そろって少し不安そうな顔をしていた。




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