第二十七話 パラダイスへの行軍
季節は、もう春と呼んでいいだろう。
吹く風も、差し込む日差しも、あの凍てつく寒さを思い出させない。
空は雲ひとつない快晴。
しかも日曜日。
しかも、朝早く気持ちよく目が覚めた。
――こんな完璧なスタートを切れた日が、期待を裏切るはずがない。
俺は、この日とくに予定はなかった。
だが、そんな事は何の問題にもならない。
この最高の一日を、どう料理してやろうか――思案の真っ最中だった。
「やっぱり……ここは、録りためたガンダムを満喫するべきだろうな」
我ながら、実に堅実で完璧な選択である。
そうと決まれば、お気に入りのドリンクとお菓子が必要だ。
俺はさっそく、近くのコンビニへ行くため着替えを始めた。
――だが、どうやら俺は、予定を邪魔される運命らしい。
「タカちゃーん! お客さん! エッちゃんよー!」
階下から、母さんの声が飛んできた。
「ええ~~~~っ!」
……そう。
エッちゃんとは、皆さんの予想通りエチカの事である。
「マジかよっ!」
「何がマジかよ、よっ!」
「うわっ!」
気づけばエチカが部屋にいた。
こいつは階段を音もなく駆け上がるという、無駄な特技を持っている。
「おはよ、エチカ……今日、なんか約束してたっけ?」
「してないわよっ!」
「でも、ちょっと思いついた事があるから来たの!」
エチカは胸を張った。
「感謝しなさい! この素晴らしい日曜日を、この私と一緒に有意義に過ごせるのよ!」
「ええっ!? それって、どっか付き合えって事?」
「なによ、その乗り気じゃない返事は!」
⸻
「あなた、忘れたのなら何度でも言うけど――」
「あなたは、初めて会った時! 私に助けられてるのよ!」
「その時から、一生変わらない主従関係が出来上がっているの!」
「あなたはあの時、私の“しもべ”になったのよ!」
「いやいや! 友達になろうねって言っただけじゃん!」
「だ・か・ら! それが“しもべ”って事よ!」
「それと、私との約束に期限なんて存在しないから!」
「さあ、出かける準備! 急ぐのよ! 時は鐘鳴りなんだから!」
……時は金なり、な。
どうでもいいけど。
⸻
気づけばエチカは、下で母さんと談笑していた。
声が二階まで聞こえてくる。
「エッちゃん、タカシを順調に教育してるみたいねぇ~!」
「しっかり手綱は離さないようにしなくちゃ~! 男は油断するとすぐロクでもない事するからね~!」
「はいっ! そんな隙は与えません! お任せ下さい、お母様!」
……何の会議だよ。
俺は馬じゃないっての!
⸻
「エチカ、お待たせ……でも俺、用事あるから長時間は無理だぞ?」
「わかってる! 夜までには終わるから!」
それ、一日コースって意味じゃん。
「じゃあ、お母様! タカシ君をお借りしまーす!」
「あっ、好きなだけ借りて~! 余っても返さなくていいから~!」
……お優しいお言葉を、どうも。
⸻
「で、どこ行くの?」
「ティムシー・ワールド!」
「ニッキー・キャットに会いに行くの!」
「……なんかベタだな」
「何かクレーム?」
「いえ、別に」
「ん? もしかして……二人だけ?」
「だったら何よ?」
「いや……別に」
……なんか妙に緊張するんだけど。
エチカは少しだけ真面目な顔になった。
「この前、みっちょんが霊障にあったでしょ?」
「あれから元気なくて……だから気分転換になればと思って」
「ああ、なるほど」
「じゃ~! 俺も協力するわ」
「でしょ?」
「だからもう一人誘って」
「空気作り要員として」
「誰を?」
「……ロボットオタクとか」
「タカラかよ!」
⸻
俺は携帯を取り出し、安内 宝に電話をかけた。
「もしもし、タカラ? 今日暇?」
『いや、暇でもないけど。今からガンダムの録画見る』
……だよね。
その瞬間、エチカが携帯をもぎ取った。
「あっ、おたく? 今日暇よね? 今すぐ出てきて」
『げっ! エチカじゃん! 暇じゃねぇって!』
「へぇ~~~?」
「よぉ~く、考えて返事してね〜?」
「じゃないと明日、学校で変な噂が立つ事になるかもよ?」
「あなたの部屋に超合金ロボが並んでるって」
「しかも美少女フィギュアまであるって」
『なんで知ってんだよ!!』
「ただの勘よ。でもクラスのみんなはどう思うかしらねぇ〜?」
『俺はっ! 絶対に! 言葉の暴力には屈しないぞ~~っ!!……エチカ様っ!』
……落ちたな。
⸻
しばらくして、エチカ様は二匹のしもべを従え、みっちょんとの待ち合わせ場所へ向かっていた。
場所は――パラダイス……ではなく、ティムシー・ワールドの入場門前。
エチカが辺りを見回す。
「あっ、いたいた!」
「みっちょーん!」
声に振り向いた少女が、大きく手を振った。
「エチカ!」
みっちょん――高杉 美幸。
その笑顔は、春の日差しみたいに明るかった。
……しかも、かなり可愛い。
これはこれで、いい日曜日の使い方かもしれない。
そう思い直した、その時だった。
「エチカより可愛いじゃん」
タカラがぼそっとつぶやいた。
次の瞬間、エチカの拳が無言でタカラの頭に落ちた。
……地雷を踏んだな。
⸻
「みっちょん、急にごめんね!」
「こいつらが、ティムシー・ワールドに連れてけってうるさいもんだから」
「ううん、私もちょうど暇してたから!」
「よかった!」
エチカは満足そうにうなずく。
「紹介するね!」
「こっちは遠間 隆くん。リュウ」
「こっちは安内 宝くん。タカラ」
「はじめまして!」
みっちょんはぺこりと頭を下げた。
「高杉 美幸です。リュウさんの事はエチカからよく聞いてます」
「タカラさんは初めてかな? よろしくです!」
「こちらこそ!」
「美幸でいい?」
「あっ、うん。でも、みっちょんって呼んでくれた方が聞き慣れてるかも!」
「了解! みっちょん!」
こうして四人組となった俺たちは、賑やかな入場門へと歩き出した。




