第二十四話 悪意の代償……
レガスは、亜空間にある自らの屋敷へ戻っていた。
「ふむ……自分でやった事ながら、少し一気に部下を消し過ぎたかな……」
広い屋敷の中は、以前とは打って変わって閑散としている。
「少し、頭数を増やした方が良さそうだな……」
「だが、いずれにしろ……消耗した力を回復させた後だ」
今回の行動に後悔はない。
だが、計算違いだったという感覚と、軽率だったかもしれぬという思いだけは残っていた。
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気分転換に紅茶でも飲もうと、レガスは空中へティーカップを出現させる。
すでに湯気の立つ紅茶を見て、満足げにうなずいた、その時だった。
室内に、妙な違和感が走った。
「……誰だ!」
「無粋なやつだな。誰もこの屋敷に立ち入ることは許可しておらんぞ!」
部屋の隅の闇から、一人の影が姿を現す。
ソルロアだった。
「お邪魔させて頂きます……レガス様」
静かに一礼する。
「我が主、ラスト・ルート様のお言葉を持って参りました」
「ふん、ソルロアだと?」
「ここをどこだと思っておる!」
「そんなものは要らぬ!」
「目障りだ。失せよ!」
鋭い視線が放たれる。
だがソルロアは、まるで意に介さず言葉を続けた。
「我が主は――」
「“丁度よい機会だから……レガスには消えてもらおう”――と仰せです」
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空気が凍りついた。
「……何をふざけた事を」
「誰に向かって物を言っている」
「儂は……レガスだぞ!!!」
「貴様ごときが、どうこう出来る存在だと思っているのか!!!」
ソルロアは静かに問い返す。
「……レガス様は、どうお考えでございますか?」
「現時点では、あなた様のお力は……私より下がっているように見受けられますが?」
沈黙が落ちた。
やがてレガスは声色を変えた。
「ふむ……まぁ待て、ソルロア」
「あまり結論を急ぐものではない」
「儂は決して、ラスト・ルートの邪魔になる存在ではない」
「敵対するより共存した方が、間違いなく互いの利益になる」
「今日のところは戻り、主に儂の考えを伝えよ」
ソルロアは、わずかに目を伏せた。
「残念ですが、レガス様……」
「わたくしは、主の命を実行する存在でしかございません」
「ただ命を、静かに全うするだけでございます」
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その瞬間だった。
ソルロアが意識を向けると、レガスの身体が硬直する。
(うっ……身体が、動かん!)
レガスは理解した。
これは――本物の危機だと。
久しく忘れていた戦慄が、背筋を走る。
ソルロアは確認するように見つめると、指を鳴らした。
パチン――。
「いでよ……クリウス」
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轟音が響いた。
屋敷の壁が一瞬で崩れ落ち、跡形もなく吹き飛ぶ。
その瓦礫の向こうに、巨大な黒い影が現れた。
それは、空間そのものが立ち上がったような異形だった。
「では、クリウス……お願いします」
静かな命令とともに、影の中心に大きな亀裂が走る。
亀裂は裂け、やがて巨大な口のような穴へと変わった。
ゴゴゴゴゴゴ……。
凄まじい吸引が始まる。
瓦礫、家具、破片――あらゆるものが飲み込まれていく。
「くっ……!」
抗おうとしても、身体は動かない。
レガスは、瓦礫とともにその闇へ呑み込まれていった。
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しばらくして、クリウスは身体の後方から瓦礫だけを吐き出し、静かにうずくまった。
「さて……引き上げますか」
誰もいなくなった屋敷跡で、ソルロアが踵を返そうとした、その時だった。
「……待て」
声が響く。
「これは……レガス様」
「さすがでございますね。クリウスに飲み込まれた後も、思考を残されるとは」
空間のどこからともなく、レガスの意識だけが漂っていた。
「お主たちは……何を企んでおる」
「同胞を手にかけて、何の意味がある!」
「何が望みだ!」
ソルロアは振り返らず、答えた。
「わたくしは、主の命に従う存在です」
「我が主は……もはや、あなた様方を同胞とは考えておられないようでございます」
「我らは同胞とともに、この星を治めておる!」
「それ以上に何の望みがあるというのだ!」
「我が主は――この星の意志に従っておられます」
「この星の意志……?」
「世界の意志は、我らに自由に生きよと望んでおられるはずだ!」
「だから我らは、欲望のまま自由に生きておる!」
ソルロアの声は静かだった。
「あなた方の自由は、より大きな自由に押し潰されます」
「それが、この星の意志です」
「我が主は、この星の意志を、この星の自由を守る方」
「――愛夢守の民と、ご自分を呼ばれております」
「わたくしは、その主に仕えております」
「ア……ム……ー……ル……の……た……み……」
レガスの思考が揺らぐ。
ソルロアは、わずかに一礼した。
「それでは、ごゆっくりお休み下さい……レガス様」
「さて、クリウス。帰りましょうか」
ソルロアの姿は闇へ溶け、クリウスもまた消えていった。
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あとには――
崩れ果てた、レガスの屋敷跡だけが残されていた。




