第二十三話 女神・降臨!……
レガスは、とっくの昔にリュウが張った結界の存在に気づいていた。
だが、急ぐ理由はない。
どうせ時間が経てば、結界を維持する力も尽きる。
そう考えたレガスは、結界のよく見える大岩の上に腰を下ろし、優雅なティータイムを楽しんでいた。
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異変が起きたのは、二杯目の紅茶を注ごうとした、その時だった。
リュウの結界が――内側から弾け飛んだ。
煙の中から、リュウが静かに姿を現す。
その顔には、この状況には似つかわしくない微笑みが浮かんでいた。
「少年……もう気が済んだのかな?」
「別に急ぐ理由はないが……もういいのだったら終わりにするが?」
レガスは探るように見つめた。
だが、攻撃力が急激に増した気配はない。
何かが変わったようでいて、決定的な変化は感じられなかった。
……この局面は、とうに詰んでいる。
そう思った。
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リュウは、なおも穏やかに笑いながら口を開いた。
「すみません、レガス様」
「できましたら……あと少しだけ、お時間を頂戴して、先程の爆発のご説明をしたいのですが……ダメでしょうか?」
奇妙な少年だ。
だが、媚びているだけかもしれない。
「うむ……あと少しくらいなら構わんよ」
「だが、長いのは困るぞ」
「はいっ! 心得ております!」
リュウは深々と頭を下げた。
「では、最初にご報告いたしますのが……先日、わたくしが手に入れました“気の塊”の件でございます」
「只今もわたくしの身体の中に入っておりまして……これが覚醒しますれば、“統切力”なる力が手に入ります」
「統切力……!」
レガスの眉が動いた。
「昔、聞いたことがある……我らが持つ力を削り取る能力ではなかったか?」
「さすがレガス様! 博識でございます!」
ギロリ――。
「続けよ」
「はっ!」
「実は先程……この能力が開花いたしました」
「それが、先程の爆発でございます」
「ですから、わたくしは今――統切力を手にしている訳でございます!」
にこりと笑うリュウ。
レガスの顔が、見る間に険しくなった。
「それが……なんだというのだ!」
「多少、力を削られたからといって……貴様の運命が変わる訳ではない!」
「その通りです!」
リュウは即答した。
「俺もどうなるかなんて、全くわからない」
「だから……やってみるしかないのさ!」
「だが、何も策が無かった時よりはマシなんでね!」
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レガスは鼻で笑った。
「よかろう」
「やるのなら、さっさとやってみせろ」
「もとより統切力は、抗う術なき技」
「望むように、正面から受けてやろう」
「サンキュー! 助かるぜっ!」
「逃げられる可能性もあったからな!」
「何故、この儂が貴様ごときから逃げねばならん!」
「たわけるのも大概にせいっ!」
リュウは笑い、印を結び始めた。
シンちゃんとの特訓を思い出しながら、気を練り上げる。
そして最後の印に力を集め、一気に放った。
「はぁぁぁぁぁぁっ!!!」
見えない衝撃がレガスを打つ。
レガスは少しだけ眉をひそめた。
「うむ……敵ながら、なかなかあっぱれな攻撃であった」
「結構、楽しませてもらったぞ」
「じゃが……ちと足りなかったようじゃの」
黒い気が、なおもその身に渦巻いている。
「確かに儂の力は削られた」
「だが、まだまだ貴様を片付けるには十分すぎる」
「この上は、無抵抗を貫けば苦しまずに終わらせてやるが……どうする?」
「それとも、最後まで抗うか?」
レガスは、宙に浮かぶティーカップへ手を伸ばした。
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その時――
リュウはミツルギを構えていた。
「抗うに決まってるだろ!!!」
大上段から振り下ろす。
紫の光が乱舞した。
レガスは、その光にティーカップを弾き飛ばされる。
「……では、ティータイムは終わりじゃのう」
次の瞬間。
レガスの剣から、黒い光の嵐が放たれた。
ミツルギの数倍――いや、それ以上の圧力。
リュウは必死に紫光を放つが、押し返されていく。
……やはり、分が悪い。
統切力を得ても、なお届かない。
「くっ……この……!」
腕が上がらない。
黒い光の束が、真正面から迫る。
終わる――。
リュウが静かに目を閉じかけた、その時だった。
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轟ッ!!!
金色の光が天を裂き、黒い光を吹き飛ばした。
「んっ……!」
そこに立っていたのは、岩の上に降り立つ一人の少女。
全身を黄金の気に包み、手には聖剣スメラギ。
「エ、エチカっ!!!」
少女はにこりと笑い、手を振った。
「リュウ! お待たせっ!」
「あなたの女神様の降臨よっ!」
リュウは思わず涙ぐんだ。
「おっ、おっせぇじゃないか!」
「半分どころか、ほとんど死にかけてたぞっ!!!」
「ごめんねっ!」
「私も、例の川を渡りかけたところだったかもっ!」
「キャハハハハハッ!」
……笑えねぇ……。
だが、助かった。
本当に、首の皮一枚でつながった。
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レガスは鋭く目を細める。
「小娘……なぜ貴様が目覚めておる」
「すでに抗えぬ世界へ堕ちていたはずだ」
エチカは肩をすくめた。
「何を言ってるのかしら?」
「脱出不可能な封印みたいに言ってるけど……あの時の私を上回る力で押さえ込んだだけでしょ?」
「それを上回る力になれば、出てこれるのは当然よ!」
「あなた、自分の力を過信しすぎなんじゃないの?」
「まさに――井の中のナマズってやつね!」
……惜しい。そこは蛙だ。
「知った風な口を……!」
「儂を誰と思っておる!」
「長きに渡り、この国を治めてきた存在ぞ!」
「儂に意見するとは、身の程を知れっ!!!」
どこかの大物政治家みたいな台詞だな、とリュウは思った。
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エチカはため息をついた。
「自己紹介はいいから」
「で? これからどうするの?」
「まだ続きをしたいなら、最後まで付き合ってもいいけど?」
しばし沈黙。
やがてレガスは、ふっと笑った。
「……そうじゃのう」
「いささか、拍子抜けしたのは事実じゃ」
エチカは一歩前に出る。
「だいたい、なんで私たちにちょっかい出してくるわけ?」
「恨みを買った覚えなんてないけど?」
「俺も、そこは疑問だな」
レガスは視線をリュウへ向けた。
「それは、貴様らの預かり知らぬことだ」
「ただ――これだけは教えてやろう」
「我々は、優れた肉体を欲しておる」
「少年……おぬしの肉体は、特別だということだ」
「お前が特別な存在だと、さすがの儂も今になって気づいた」
「今はまだ、おぬしの存在を知るのは儂とラスト・ルートのみ」
「じゃが、他のネック・ロスト共がその秘密に気づけば……」
「お前は永遠に狙われ続けるだろう」
「せいぜい気をつけることだ」
声が低く響く。
「お前は……ネック・ロストから逃れられぬ……」
その姿は、ゆっくりと闇へ溶けていった。
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「なによ、あいつ!」
「言いたいことだけ言って、勝手に消えてったわ!」
「私より自分勝手なヤツ!」
「……俺の、何が特別なんだろうな」
エチカは軽く背中を叩いた。
「あんまり気にしない方がいいわ」
「どうせ化け物の戯言なんだから!」
「……そうかもしれないけど」
「なんか、気になる言葉だったな」
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二人が空間を抜けると、外はまだ明るかった。
思ったほど時間は経っていないらしい。
「エチカ、とりあえず……シンちゃんの所へ行くか?」
「そうねっ!」
ついさっきまで絶体絶命だったとは思えないほど自然に。
二人は、いつものように歩き出した。




