第二十二話 逃避行の果てに……
ややあって――
セルゲイツの中から、大きな気の塊が現れた。
その塊は、ゆらゆらと漂いながら、レガスの体の中へ吸い込まれていく。
「こっ……これは……!」
俺の中で、何かのピースがパチッと音を立ててはまった。
今まで消えていったヤツらは……全部、こいつの力になっていたんだ!!!
レガスは、笑っているような残忍な表情を浮かべていた。
「さて……今日は、わざわざ来てもらってすまなかったね……」
「それと、私の代わりに可愛い部下達を片付けてくれて……こちらも、すまなかった……」
「おかげで、私が手を下さなくても面倒な雑用が片付いたよ」
「あとは、そのお礼に……今度は私がじきじきに、君達を片付けてあげよう」
「あっ……礼には及ばないよ!」
「後は黙って消えてくれるだけで結構だ!」
「ふざけた事を言ってるんじゃないわっ!」
エチカが怒声を上げた。
「私の目にあんな光景を見せておいて……ただで済むと思わないことね!」
……すごい。
この状況でも、まだ抵抗する気持ちがある。
だが、俺は言葉が浮かばなかった。
エチカの今までの活躍を考えても、おそらくこの男には遠く及ばない。
それほどまでに、レガスの力は底が知れなかった。
エチカもそれを感じているのだろう。
それ以上は口を開かなかった。
⸻
「リュウ! これを貸してあげるわ!」
突然、ミツルギを差し出してくる。
「えっ!」
俺は慌てて受け取り、代わりにクサナギを渡した。
エチカは急いでクサナギを消し、新たな剣を錬成しようとした――
その時だった。
何かを感じたように、エチカが俺を見る。
次の瞬間、その体は力なく崩れ落ちた。
「エッ、エチカ!!!」
俺は駆け寄り、その体を抱き起こす。
「これは、霊障!!!」
信じられない。
あの金剛力を宿したエチカを、その力ごと封じ込めている。
そして、その相手は――目の前のレガスだ。
レガスは無表情でこちらを見ていた。
桁違いの力。
俺は、もはや逃げるしかないと考えていた。
逃げるだけなら、エチカと協力すれば何とかなるかもしれない。
……そう思っていたが、それすら見透かされていたらしい。
エチカを意識不明にされては、もはや出来ることは何もない。
完全なお手上げだった。
⸻
その時、レガスが口を開いた。
「少年……きみは食事の際、好きな食べ物を先に食べる方かな?」
「それとも、後に取っておく方かな?」
俺はもう、全てがどうでもよかった。
「あんっ? そんなの、その時の気分だろっ!」
レガスは一瞬むっとしたが、すぐに淡々と語り始めた。
「儂は……楽しみは取っておきたい方なんだよ」
「だから、その小娘は後に取っておくことにした」
「キミが、メインディッシュの前菜という訳さ」
「でっ! 儂は自分で言うのもなんだが、強欲でね」
「たかが前菜でも、楽しみたいんだ」
「だからキミにぜひお願いしたい」
「なるべく長く、抗ってほしい」
「その代わり……この小娘には、キミが倒れるまで一切手出ししないと誓おう」
「どうかな?」
……条件がないよりは、マシか。
「ふっ……いいよ……わかった……なるべくご期待に応えましょ!」
パチ、パチ、パチ――
「いいねぇ、キミ!」
「力がないのは少し残念だが、その心意気はすごく気に入ったよ!」
「では、こうしよう」
「この場所はこう見えても、結構広い」
「キミに30分のアドバンテージをあげよう」
「見ての通り、岩場も多い」
「30分の間にどこかへ隠れるんだ」
「儂はハンディとして、それを肉眼だけで見つける」
「キミの気を探れば、すぐに見つかるからね……それでは面白くない」
「どうかな? 結構、楽しくないかな?」
「せいぜい時間をかけてくれ。何せ儂には、時間が有り余っているからね」
「ふっ……わかった。それでいいよ」
「スタートの合図は?」
レガスは空中に一つの風船を浮かばせた。
「これが割れたらスタートだ」
俺は無言でうなずいた。
風船は少しずつ膨らみ――
パンッ!!!
割れた瞬間、俺は走り出した。
⸻
方向なんてどうでもいい。
とにかく少しでも時間を稼ぎ、何か作戦を考えるしかない。
せめて一太刀。
傷跡ひとつでも残してやりたい。
それに――
あわよくば、シンちゃんからもらった気の塊が覚醒すれば……。
……まぁ、無理だろうけど。
俺はひたすら走った。
だが……何かにつまずき、派手に転んだ。
砂地だったから怪我はない。
くそっ……起き上がって、走らなければ!
……なのに、立ち上がる気力が湧かない。
どうしたんだ、俺?
走らなきゃいけないのに、どうしても立てない。
なぜなんだ……。
どうしようもなくて、砂の上に寝転んだ。
もしかして……心が折れたのか?
いくら考えても分からない。
だが……もうどうしようもなかった……
⸻
こんなにも、あっけなく終わりは来るものなのか?
俺は気休めに気のバリアーを張った。
その気になれば、すぐ破られるだろう。
だが、もしかしたら急がないかもしれない。
そう思い、成り行きに身を任せた。
さて……この時間を何に使おうか。
人生最後の貴重な時間かもしれない。
とりあえず、エチカとの思い出でも考えてみるか。
俺とエチカは腐れ縁だった。
そもそもの出会いは子供の頃。
俺が悪霊に追われていた時、たまたま通りかかったエチカに助けられた。
だが、それが運の尽きだった。
それからというもの、事あるごとに子分扱いされている。
まぁ、俺の能力が攻撃向きじゃないのもあるが……
エチカからすれば、自分の苦手をちょうど補える俺の能力が重宝しているらしい。
……できれば、こんな結末になる前に。
浮いた話のひとつくらい、作りたかったかもな。
⸻
やがて、考えることも尽きた。
何も考えず、無駄な時間を過ごすのも悪くない。
そうしていると、風の音が聞こえてきた。
ここは静かだ。
ほとんど無音に近い。
次に、さらさらと砂が舞う音。
そしてその奥から――
何かの波動のような音が聞こえた。
オーーーム……プローーーム……アーーーム……
さらに、その先に。
誰かの思考のような声が届く。
――汝は……何者だ……
――汝は……何を望む……
――汝は……何を拒む……
……んっ?
この言葉……どこかで聞いたことがあるような?
明らかに、聞こえている。
……答えてみるか。
「私は、時を創造する者です」
「私は、自分の時を生きることを望みます」
「私は、他の人へ干渉する者を拒みます」
すると、さらに声が響いた。
――では、汝は自らの生を創造する者なのか……
「わかりません!」
「でも、そうありたいと願う者です!」
――汝の悲しむべき者とは、なんぞや……
「自分の本当の姿を忘れた者」
「考えない者」
「探さない者です!」
――汝の祝福すべき者とは、なんぞや……
「自分の時間を生き、自分の頭で考え、自らの手で掴む者です!」
――汝の生きる時に、幸多からんことを……
――よきかな……よきかな……よき……
声は消えていった。
⸻
なんだったんだろう。
……ふっ。
なぜだか、急に楽しくなった。
この絶望的な状況の中で、どうしてかワクワクしていた。
そして、体の奥から込み上げてくるものがあった。
これは――歓喜!!!
そう、とてつもない喜びだ!!!
なぜ?!
こんな時にっ!
分からない。
だが、楽しかった。
喜びはどんどん高まり、やがて絶頂に達したその瞬間――
すべてを理解した。
これは……覚醒したのだ!!!
俺の覚醒の触媒は――歓喜だったのだ!!!
「あっははははははははははははははっ!」
止めどない歓喜に包まれながら、俺はこの、いつ果てるとも知れぬ運命さえ、楽しんでいた。




