第十七話 迷いの先へ
次の日も、俺は早めにシンちゃんの屋敷へ向かった。
押し入れの穴をくぐり、静かな屋敷へ出る。
「こんにちはー!」
返事はない。
「……留守?」
いや、封印されてるはずなんだけどな。
まあ、あの様子じゃ好きに出歩いてそうだけど。
とりあえず屋敷の中を歩いてみる。
ひとつ扉を開けると――トイレだった。
「しかも水洗!?」
こんな異空間で、どこへ流れていくんだ……。
気になったが、その時、外から物音が聞こえた。
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庭へ出ると、シンちゃんと深代さんが何やら作業していた。
「あっ、ここにいたんですね!」
「よお、リュウ。今日も早いのう」
「あ、遠間さん。いらっしゃいませ」
「何してるんですか?」
「おぬしの修行相手を作っておった」
シンちゃんが得意げに指した先には、等身大の人形が立っていた。
「こいつが――シンちゃん二号じゃ!」
「ラブリーなやつじゃろ?」
「えっ……そうなんですか?」
まったくラブリーには見えない。
「儂の今のチカラでは、おぬしを鍛える前にトドメを刺しかねんからの」
「代用品じゃ」
さらっと怖いことを言う。
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「まあ、それより先に話がある。中へ戻るぞ」
座敷へ戻ると、深代さんがお茶を出してくれた。
シンちゃんは一口すすり、目を細めた。
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「この前、エチカが金剛力を発動したじゃろう」
「はい」
「あれは、儂が渡した気の塊が触媒となって目覚めた力じゃ」
「えっ……じゃあ!」
「うむ。おぬしに渡す分もある」
「ほんとですか!?」
一気に身を乗り出した。
「それください! すぐください!」
「落ち着け」
シンちゃんは呆れたように髭を揺らした。
「問題がある」
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「エチカの力の根源が、何かわかるか?」
「力の……根源?」
「戦う理由、と言ってもよい」
「うーん……わかりません」
「やつの根源は、怒りじゃ」
「怒り?」
「そして、その怒りには迷いがない」
「だから短期間で力を開いた」
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「では、おぬしはどうじゃ」
「俺ですか……?」
「おぬしの根源は――慈愛じゃ」
「じ、慈愛!?」
「そうじゃ」
「だが迷いだらけじゃ」
胸に刺さった。
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「慈愛の力は、本来誰かを守るための力」
「ゆえに攻撃には向かぬ」
「しかも、おぬしは戦うことそのものに迷っておる」
「迷いは力を鈍らせる」
「どれだけ力を得ても、心が揺れておれば本来の力は出せん」
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何も言い返せなかった。
たしかに俺は迷っている。
戦うべきか。
傷つけるべきか。
本当にそれでいいのか。
いつだって、どこかで立ち止まってしまう。
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「じゃあ俺は……迷いが消えるまで、力なんて持たない方がいいんでしょうか?」
「それもおぬし次第じゃ」
「迷いなど、そう簡単に消えるものではない」
「ただ、気の塊を受け入れれば、いつか何かをきっかけに覚醒するじゃろう」
「しかし、その力が吉と出るか凶と出るか――それもおぬし次第なのじゃ」
「他人には、どうにもできん」
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俺は黙り込んだ。
わからない。
何が正しいのか。
何を選べばいいのか。
これが、俺の迷いなんだろう。
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庭では、シンちゃんがシンちゃん二号に気を流し込み、ひとりで遊んでいた。
自分で自分と遊ぶなよ……。
そんなことを考えていると、隣に深代さんが立っていた。
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「悩んでいるようですね?」
「ええ……でも、この悩む性格が欠点みたいなんです」
深代さんは、やわらかく笑った。
「真様も言っていたでしょう?」
「欠点と長所は、表と裏だと」
「悩む人は、考える人です」
「迷う人は、より良い答えを探している人です」
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「大事なのは、迷わないことではありません」
「自分がどうありたいかを決めることです」
「そして、決めた自分を信じることです」
「未来は、環境が決めるものではありません」
「自分が、どう望むかで形作っていくものです」
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その言葉が、胸に落ちた。
そうか。
正しい答えを探すことより、
自分で決めること。
そして、決めたなら進むこと。
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俺は立ち上がった。
「シンちゃん……いや、先生!」
「俺にも、気の塊をください!」
シンちゃんがこちらを見た。
口元が、にやりとした気がした。
「別にシンちゃんでよいぞ」
「決めたのか?」
「はい!」
「俺には、もっと強い力が必要なんです!」
「お願いします!」
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「よかろう」
深代さんも静かに頷いた。
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その場で、俺は気の塊を体に入れてもらった。
瞬間――全身が熱くなる。
胸の奥に、小さな太陽が灯ったような感覚。
言葉では説明できない、神聖な何かがそこにあった。
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「それは、おぬしの中で眠る種じゃ」
「何かをきっかけに目覚める」
「だが、何がきっかけになるかは儂にもわからん」
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その後、シンちゃん二号との特訓が始まった。
殴られ、転ばされ、投げられ、叩きつけられ――。
気づけば全身ボロボロだった。
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「今日はここまでじゃ」
床に転がる俺を見下ろし、シンちゃんが満足そうに言う。
……こっちは満身創痍だけどな。
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それでも、不思議と心は軽かった。
一歩進んだ。
そんな実感があった。
「俺は……もっと強くなる」
その思いに、もう迷いはなかった。
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部屋へ戻った瞬間、下から夕食の声が飛んできた。
「リュウー! ごはんよー!」
同時に、俺の腹が鳴った。
ぐぅぅぅ……。
「うん!……まずは飯だな」




