第十六話 修行開始は突然に!
次の日の放課後――。
俺はいつもより早く家へ帰ってきていた。
「シンちゃん……今日から修行するって言ってたけど、どうするんだろうな……」
部屋でひとり、時計を見上げる。
待つしかないのだろうか。
落ち着かず、なんとなく携帯を開いた。
ニュース欄には事故、事件、殺人――相変わらず暗い話題ばかりが並んでいる。
「なんか……嫌なニュースばっかりだな」
そう呟きながら画面を流していると、一つの記事で指が止まった。
――KR・ソール・コーポレーション、新型リラクニング・マシーン《ソール・リサイクラー》、臨床試験をクリア。実用化へ向け最終段階へ。
「KR・ソール・コーポレーション……?」
聞いたことのない会社名だった。
だが妙に引っかかる。
ソール・リサイクラー。
魂でも再利用しそうな、不思議な名前だ。
「……まあ、俺には関係ないか」
そう思って時計を見ると、もう五時になっていた。
「うわっ、待ってるだけで時間が過ぎた……」
その時。
窓の外から、カサカサと何かを引っかく音がした。
「なんだ?」
ガラッと窓を開ける。
そこにはシンちゃんがいた。
大きく伸びをし、そのまま欠伸をしている。
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「遅いですよ! 初日から遅刻じゃないですか?」
「いや~~、すまんの。昨夜は徹夜でな」
「えっ……まさかミーちゃんと……?」
俺が聞くと、シンちゃんは胸を張った。
「それ以上は詮索するでない。なんせ、成猫同士の付き合いじゃからな」
「付き合いって……封印されてるんじゃないんですか?」
「細かいことは、いちいち気にするでない!」
「いや、そこは気になるところですけど!?」
「フライ・ゲートというやつじゃ」
「それなら、プライベートでしょ!」
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「まあよい。修行場へ行くぞ」
シンちゃんは、どこからともなく古びた縄の輪を取り出した。
「これを使え!」
「あんまり目立つと面倒じゃからの!」
「押し入れの壁にでも貼ったらいいじゃろう!」
「え? 貼るって……テープとかでいいんですか?」
「なんでもよい! しかし、なるべく丸くするのじゃぞ!」
「真円に近い方が、反応しやすいのじゃ!」
言われた通り、押し入れの壁へ貼りつける。
「こんな感じで?」
「うむ!」
シンちゃんが〝ふっ〟と気を放つと、縄の中心がゆらぎ、ぽっかりと穴が開いた。
「うわっ!?」
「通り道じゃ」
「すげぇ……便利!」
「でも……穴が開いたままだったら、ちょっと困るかも?」
「心配するな。穴はしばらくしたら塞がる。開いたままにしとる方が大変じゃ」
「ほれっ!」
シンちゃんが、またどこからか何かを取り出して放り投げた。
なんだこれ……お守り?
「そのお守りをかざせば、次からはお前だけでも開く……失くすでないぞ!」
渡されたお守りを握りしめ、俺は深呼吸した。
「じゃ……行くか」
シンちゃんが飛び込み、俺も続けて穴の中へ入った。
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俺たちは、しばらく薄暗い中を歩いた。
そして、シンちゃんの封印場所である例のお屋敷へ辿り着いた。
空気が澄み、不思議と心が落ち着く場所。
出口には深代さんが立っていた。
「やあ、遠間さん。お久しぶりですね」
「深代さん!」
「その後、お体は大丈夫ですか?」
「はい、なんとか」
「私はまだアザが残っておりますよ」
笑顔でそんなことを言う。
この人、やっぱり只者じゃない。
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「深代、茶を頼む」
「あっ、はいはい……」
深代さんは慣れた手つきでお茶の準備を始めた。
「えっ、深代さんがやるんですか?」
「はいっ……ここでの雑用も、私の大事な役目なんですよ」
「真様は重要機密ですから。滅多な人間を近づけるわけにはいきません」
「じゃあ俺は?」
「……例外ですね」
「雑っ!」
シンちゃんは空中を漂うお茶を飲みながら満足そうにしていた。
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「さて」
シンちゃんの目が、すっと俺を見る。
「そろそろ始めるかの」
「はい!」
「まずはこれじゃ」
差し出されたのは、一枚の紙だった。
「テスト?」
「修行前の確認じゃ。おぬしの頭の中を見る」
「制限時間、一時間!」
「ええっ!?」
しょうがないので、とりあえずやることにした。
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まずは、第一問。
――死とは何か。
「重っ!」
第二問。
――生きるとは何か。
「もっと重っ!」
第三問。
――窮地とは何か。
第四問。
――勝利とは何か。
「修行なんだから……普通は筋トレとかじゃないの!?」
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悩んだ末、俺はこう書いた。
【死=生命活動の停止】
【生=生命活動している状態】
【窮地=困難】
【勝利=勝つこと】
「先生! できました!」
シンちゃんは、こたつの上でコクコクやってるところだった。
「ふぁ〜っ! 何……もう書いたのか?」
「ちと、早すぎんか?」
どれどれ……と答案を見たシンちゃんは、しばらく黙った。
「……おぬし、国語辞典か?」
「ええっ!?」
「まあ、最初から期待してはおらんがの」
「ひどい!」
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「さてと……では、講義を始めるかの」
その声と同時に、部屋の空気が変わった。
俺は自然と背筋を伸ばしていた。
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「この四つの問いは、人が生きるうえで避けられぬ問いじゃ」
「だが多くの者は、自分で答えを出したつもりで……誰かに与えられた答えを生きておる」
「与えられた答え……?」
「そうじゃ。恐れ、欲望、競争、支配……そうした考えが世には溢れておる」
「それをただ信じるだけでは、心が曇る……よいか?」
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「まず死じゃ」
「死ねば終わり。そう考える者は多い」
「だから生きている間に好き勝手してもいいと思う者も出る」
「だが、その考えが世を乱しておるのも事実じゃ」
「確認できぬ死後より、そこで生まれる影響を見るのじゃ」
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「次に生」
「生とは、ただ肉体が動いておることではない」
「意志があること。願いがあること。誰かを想えること……」
「魂が在ること……それもまた、生じゃ」
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「窮地とは何か……」
「人がもっとも変われる場所じゃ」
「苦しみ、迷い、逃げたくなる時……そこには必ず問いがある」
「問いがあるなら、答えもまたある」
「だから諦めないことが大事じゃ」
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「最後に勝利」
シンちゃんの目が、まっすぐ俺を射抜く。
「本当の勝利とは、相手に勝つことではない」
「自分の弱さに負けぬことじゃ」
「怖い心。逃げたい心。諦めたい心」
「それらを抱えたまま、それでも前へ進める者こそ強い」
⸻
難しい話だった。
全部理解できたとは言えない。
でも、いくつかの言葉が胸に刺さっていた。
「……俺、グールに負けて悔しかったです」
「うむ」
「でも、あいつより強くなりたいってだけじゃ足りない気がする」
「うむ」
「俺……自分に負けたくないです」
シンちゃんは、ふっと笑った。
「まあ……とりあえずは、それで十分じゃろ」
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「今日の修行はここまでじゃ」
「えっ!? 実技は!?」
「頭が混乱しとる状態で何を鍛える」
「まずは考えを整えよ」
「本番は明日からじゃ」
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帰り道。
頭の中はまだ整理できていなかった。
けれど、不思議と心は昨日より静かだった。
強さとは何か。
勝つとは何か。
その答えは、まだ遠い。
それでも――
俺は確かに、一歩前へ進んだ気がした。




