第十五話 猫の恩返しっ???
貴重な夜のひととき。
今宵もリュウは、部屋で本を読んでいた。
……いや、読んでいるつもりだった。
どうにも集中できない。
ページは進まないし、内容も頭に入ってこない。
「……はぁ」
読みかけの本を閉じ、ベッドへ放り投げる。
そして、ひとり自問自答を始めた。
この胸に引っかかる、妙なモヤモヤ。
いったい何なのだろう。
⸻
しばらく考えて――ふと、ある答えが浮かんだ。
「……もしかして、エチカのことか?」
由紀ちゃんの一件以来、あいつを見る目が少し変わった気がする。
今までなかった感情が、胸の奥に芽生え始めているような……。
「ま、まさか……これって……」
自分で想像して、勝手に顔が熱くなる。
「いやいやいやっ!」
慌てて首を振った。
違う。
そんな単純な話ではない。
もっと別の、重たい何かだ。
⸻
「……そうだ」
リュウは顔を上げた。
「あの日の……グールだ」
胸に残っていた違和感の正体。
それは、あの男との戦いだった。
手も足も出なかった。
自分は勝ち負けにそこまで執着する性格じゃない。
個人で目立たなくても、チームとして勝てればそれでいい。
そう思ってきた。
でも――あいつは違った。
グールは、ただ強いだけじゃない。
迷いがなかった。
無駄がなかった。
そして、自分たちを明らかに格下として見ていた。
あれは虚勢じゃない。
本物の強者だった。
だからこそ、胸がざわつく。
「……このままじゃ、ヤバいかも」
自然と口から言葉が漏れる。
「俺……もっと強くならなきゃ、いけないのかもしれない……」
その瞬間、胸のモヤが少し晴れた。
⸻
だが。
〝ナァ~~~~ゴ!〟
〝フニャ~~~~ゴ!〟
〝ナゴナゴナゴ~~~~ッ!〟
(うるせぇっ!!!)
さっきから外で猫が大騒ぎしている。
せっかくまとまりかけた思考が、全部吹き飛んでしまった。
リュウはゴミ箱から紙くずを拾い、大きめに丸める。
窓をガラッと開け――
「静かにしろぉっ!!!」
声のする方へ投げつけた。
ガサッ!
ドタバタッ!
ンギャ~~~~ッ!
「ふん……ざまぁみろ」
⸻
窓を閉めようとした、その時。
何かが、ひゅっと部屋へ飛び込んできた。
トタッ!
見事な着地。
「おぬし……ひどいことするのう」
「動物虐待じゃぞ?」
「……えっ?」
リュウは固まった。
「シ、シンちゃん!?」
そこには一匹の猫。
いや、猫なのに妙に貫禄のある存在……。
「よっ、久しぶりじゃの~」
後ろ足で耳の後ろをかきながら、気さくに挨拶してくる。
「な、何してるんですか!?」
「うん? 散歩じゃ!」
「えっ、散歩って……封印されてるんじゃないんですか?」
「細かいことは気にするでない」
「いや、そこ一番気になるところですけど!?」
「まあ、今の時期は色々あるのでな~」
ニャハハハハ、と笑う。
(ごまかした……)
⸻
「で、何かご用ですか?」
「うむ。散歩しすぎて小腹が空いてのう」
「何か食わせてくれんか?」
「どうせメス猫でも追いかけてたんでしょ?」
「うむ!」
即答だった。
(否定しないんだ……)
⸻
「でもウチ、キャットフードとか無いですよ?」
「猫を飼ってるわけじゃないですし……」
「そんなもん食うか!」
「わしはこれでも、人間じゃぞっ」
(いや! どう見ても猫だけど……)
「じゃ、人間の食べるもので?」
「うむ」
こくり。
(あっ! うなずいた……うなずき猫だっ!)
⸻
リュウは台所へ向かった。
そして、食べ物を適当に見繕うのだが……少し興味が湧いてきた事がある。
(なんか……シンちゃんの好みって、少し気になるよな?……)
数分後。
「お待たせしました♪」
テーブルの上に並べられたのは、パン、煎餅、チーズ、魚肉ソーセージ、そしてカップ麺。
シンちゃんはじっと眺めた。
「おぬし……少し遊んでおらんか?」
「およそ食い物でない物まで混ざっておる気がするぞっ!」
「夜中なんで、思考力が……」
「いや……むしろ頭が冴えておらんか?」
「えっ、えへへ……」
「で! どれにします♪」
「う~ん……それは何じゃ?」
「初めて見るのじゃが?」
シンちゃんは、カップ麺を前足で示した。
「あっ……これですか? これはカップ麺です!」
「うどんとか、そばとかは知ってます?」
「うむっ! 知っておるぞ!」
また頷く。
(うなずき猫!……やっぱりちょっとうける♪)
「それに近い食べ物なんですが……」
「嘘をつけ! 似ても似つかぬ形をしておるぞ!」
「なんか変な物を食わそうとしておらんか?」
リュウは蓋を少し開け、香りを嗅がせた。
とたんに、シンちゃんの機嫌が良くなった。
⸻
結局、シンちゃんが選んだのはカップ麺だった。
お湯を入れ、三分待つ。
リュウはじっと見守る。
(いったい……どうやって食べるんだ?)
「なんか、強力な視線を感じるのう」
「気のせいですよ!」
「悪霊かもしれんぞ?」
「おるかっ!」
⸻
「ふむっ……それでは、いただくかの」
シンちゃんがカップを覗き込む。
すると――
麺がひとりでに、するすると浮き上がった。
(うわっ!)
そのまま一直線にシンちゃんの口へ吸い込まれていく。
さらにスープまで球体になって飛び込んだ。
まさに、アンビリバボーである。
リュウは拍手したい衝動を必死でこらえた。
⸻
「うむ。美味じゃった」
「ごちそうさまじゃ」
「あっ、いえ……こちらこそ……?」
夜中に、少年と猫が向かい合ってお辞儀する。
誰にも見られたくない光景だった……。
⸻
「さて」
シンちゃんが髭を揺らした。
「では、礼は何がよいかの?」
「えっ、何かお礼をしてくれるんですか?」
「最近は、鶴も亀もウサギでさえも、恩返しをするらしいからの?」
「猫のワシもやらんと、カッコつかんじゃろ?」
「いや、恩返しって……別に流行ってはないですけど……」
「じゃあ、いらんのか?」
「いやっ! いりますっ!!」
「下さい!!!」
⸻
「急に、食いついてきたのう……では願いを言え」
「この後、ミーちゃんとの約束があるのでなっ……手短にな」
「えっ? ミーちゃんって……彼女猫ですか?」
「いや! まだ彼女とかじゃない……」
「しっぽをつないだくらいの仲じゃ……」
ニャハハハハハッ!
その距離感は、まったく分からなかった。
⸻
「……じゃあ、俺を強くしてください!」
リュウは真顔で言った。
「グールとかを、倒せるくらいまでに!」
「ふむ?」
シンちゃんは目を細める。
「まあ、それはいいが……そこまでいくなら別料金がかかるの」
「ええっ!? 恩返しじゃないんですか!?」
「カップ麺一杯で、高レベルアップをする気か? おぬし!」
「世の中なめるでない!」
(うわぁ……なんかボッタクリだ……)
⸻
「まあ、料金は後払いでよいがな!」
「あっ……クレジットは使えんぞ!」
(余計こわいわ!)
「それと! コースは色々選べるぞ」
「三か月、三週間、三日、三時間、三十分……」
「えっ……三十分って?」
「できるぞっ!……ただ、死亡率が九九・九九九九九……」
「やめます!!!」
「えっ、やらんのか?!」
「……では……三か月は?」
「わしが嫌じゃ!」
「なんで!?」
「まあ、おすすめは三週間コースじゃの」
「学校が終わったら、毎日ワシのところへ来い!」
「特別に、この部屋から直通の出入口も作ってやろう」
「アフターサービスも万全じゃ!」
ニャハハハハハッ!
「………………?」
⸻
その時。
窓の外から、可愛らしい猫の声がした。
「ミャーーン♪」
「あっ、ミーちゃん!!!」
シンちゃんの目が輝く。
「待ってて、すぐ行くからの~~~!」
ぴょんっと窓から飛び出し、夜の闇へ消えていった。
⸻
部屋に静けさが戻る。
「……なんだったんだ、あの人」
いや、猫か。
いや、元人間か。
よくわからない……。
でも、一つだけわかったことはある。
「……明日から、修行だ!」
そう思ったとたん、どっと眠気が押し寄せてきた。
今夜はもう、何も考えず寝よう。




