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第十三話 ネックロスト・マスター グールドラン【前編】


 由紀の涙とともに、場を覆っていた重苦しい気配は静かに薄れ始めていた。

 終わった――誰もがそう思った、その時だった。


 空気が変わる。


 浄化されつつあった空間が、再びどす黒い気に染まり始めた。


「なっ……!」

「なんだ、この気は……!」

「えっ……?」


 俺も、エチカも、深代さんでさえ表情を曇らせる。


 そして木々の奥、濃い闇の中から一人の男が姿を現した。


 黒いスーツ。

 整った身なり。

 だがその全身から、底なしの悪意のような気がにじみ出ている。


 男はまるで舞台へ上がる役者のように、静かに歩み出た。


「困りますねぇ……まだ終わってもらっては」


 薄く笑う。


「計画が台無しです。彼女には、もうひと働きしてもらわないと」


「誰だ……あんたは!」


 俺が叫ぶと、男は楽しげに首を傾げた。


「これはこれは……遠間 隆くん」


「な、なんで俺の名前を……!」


「名前だけではありませんよ。あなた方のことは、いろいろと……ね」


 男が指を鳴らした。


 パチン――。


 その瞬間、俺たちのそばにいたはずの由紀が消えた。


「えっ!?」


 視線を向けると、男の隣に由紀が無表情で立っている。


 さらにもう一度、指が鳴る。


 由紀の姿は白いハンカチへと変わり、ふわりと宙へ浮いた。


「由紀ちゃん!!」


 エチカの悲鳴が響く。


 男は白いハンカチを何でもない物のように拾い上げ、胸ポケットへしまい込んだ。


 そして優雅に一礼する。


「では――パーティーの続きを始めましょうか?」



 深代さんの声が鋭く響いた。


「グール……!」


「ネックロスト・マスター……グール・ドラン!」


 男は目を細める。


「おや。顔見知りでしたか?」


 深代さんの声には明らかな警戒があった。

 それだけで分かる。

 こいつは危険だ。


「奇遇ですねぇ……」


「奇遇じゃない。お前の気を追ってここまで来たんだ!」


「熱烈なファン……という訳ですか……」


 その瞬間だった。


「由紀ちゃんを返せぇぇぇっ!!」


 エチカが飛び出した。


 怒りのままに斬りかかる。


 だがグールは、それを軽くかわし、片手を高く掲げた。


 その手に、黒い剣が現れる。


 禍々しい気をまとった異形の刃。


「この剣の名は――バルハラです」


 剣先が空間へ向けられる。


 黒い気が放たれ、前方に巨大な穴が開いた。


 空間そのものが裂けたような、闇の入口。


「この先に、私がご用意した舞台があります」

「まだ、続きをするのでしたら……そちらへどうぞ……」


 グールは微笑んだ。


「もっとも、来るも来ないも、あなた方のご自由ですが……」


 と、肩をすくめる。


「そこで私が満足すれば、この子はお返しします」


「まあ、来られた場合の命の保証は、いたしかねますが……」


 そう言って、一礼した。


 その姿は闇へ溶けるように消えた。


 残されたのは、不気味な黒い穴だけだった。



 しばし沈黙。


 最初に口を開いたのは深代さんだった。


「私が行きます。あなた方はここに残ってください」


「相手の強さは尋常ではありません。ご友人は私が連れ戻します」


 だがエチカは即座に首を振った。


「嫌です!」


 涙をにじませながら叫ぶ。


「由紀ちゃんは私の友達です! 絶対に行きます!」


 俺も前へ出た。


「一人だけ残るなんて無理です。俺も行きます」


「しかし――」


「迷ってる時間はないと思います!」


 俺は黒い穴を見つめた。


「もう、それぞれが自分で決めるしかないんですよ!」


 エチカも頷く。


「そうそう。自己責任ってやつで!」


 深代さんは、小さくため息をついた。


「そうですか……仕方ありませんね……」



 三人で穴へ飛び込む。


 次の瞬間、景色が変わった。


 そこは何もない荒野だった。


 砂漠のように乾き、果てしなく広い空間。


 観光には最悪だが、戦場にはちょうどいい。


「ようこそ」


 すでにグールが待っていた。


「全員で来るとは……思った以上に賢くないんですねぇ」


「失礼ね!」


 エチカが即座に怒鳴る。


「リュウはともかく、私までバカ扱い!?」


「いや俺も不本意なんだけど!?」


「私たちはあんたをボコるために来たのよ!」


 エチカが指差す。


「覚悟なさい!」


 グールは肩をすくめた。


「では、どうぞ。三人でまとめて……私は、ぜんぜん構いませんよ!」


 バルハラが横一線に薙がれた。


 黒い刃圧が荒野を走る。


「っ!!」


 俺たちは散開した。


 そこから始まったのは、一方的な戦いだった。



 俺の気弾。

 エチカの剣撃。

 深代さんの術。


 三方向から攻め立てても、グールは笑いながらさばいていく。


 強い。


 しかも遊んでいる。


 こちらは傷だらけになり、息も上がっているのに、あいつには余裕があった。


 まずい。

 このままじゃ削り負ける。


 その時、エチカが俺に駆け寄った。


「リュウ……気を引いて!」


「え?」


「私、あいつの懐に飛び込む!」


「危険すぎる!」


「一瞬で決める!」


 その目は本気だった。


「……分かった!」



 俺は深代さんと入れ替わるように前へ出る。


「深代さん、目を閉じて下さい!」


 気を凝縮し、グールの目前で炸裂させた。


 閃光。


「くっ……!」


 グールの視界が揺らぐ。


 その一瞬。


 エチカが飛び込んだ。


 一直線の突き。


 だが――。


「え……?」


 エチカの剣が貫いていたのは、白いハンカチだった。


 それは燃えながら、ゆっくり灰になる。


 グールの声が背後から響く。


「やれやれ……切り札を、こんなに早く使うとは」


 エチカの顔から血の気が引いた。


「……由紀ちゃん?」


 次の瞬間、彼女は叫びながら無茶苦茶に斬りかかった。


 だが焦った太刀が届くはずもない。


 グールはすべてをかわし、最後の一撃で剣を叩き折った。


 金属音が荒野に響く。


 砕けた刃。


 吹き飛ばされるエチカ。


 地面を転がり、そのまま動かない。


「エチカ!!」


「エチカさん!!」


 だが俺たちは近づけなかった。


 グールの攻撃が止まらない。


 心まで折れたように、エチカは地面に伏したままだった。


 荒野に絶望だけが広がっていく。


――エチカはころがったまま、ピクリとも動かなかった。




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