第十二話 すれ違いの果てに【後編】
青白い光を帯びた剣が、由紀の黒刃を受け止めていた。
夜気が震える。
長髪を後ろで束ね、黒いコートを羽織った青年は、わずかに口元を緩めた。
「……間に合って、何よりです」
「深代さん……?」
エチカは呆然とその名を口にした。
深代は黒刃を弾き返し、由紀との間合いを切る。
「はい。ご無事で安心しました」
「えっ、でも……なんでここに?」
俺も駆け寄りながら叫ぶ。
深代は落ち着いた声で答えた。
「真様――真景虎様から、以前“気の核”を受け取られましたよね」
「あ……あの、スーパーエチカになれるってやつ?」
「……スーパー?」
一瞬だけ深代の表情が固まる。
だが、すぐに咳払いをして続けた。
「あなたの体内にあるそれは、いずれあなた自身の力と同化します。ですが今は、あなたの居場所を示す道しるべにもなる」
「つまり……それでここまで、来たってことですか?」
「ええ。それと――」
深代の目が鋭く細められる。
「ここには、私が追っている者の気配もあります」
その言葉に、由紀の瞳が冷たく揺れた。
――あなた達……みんな目障り。
――早く消えて。
深代は薄く笑った。
「残念ですが、私はしつこいんですよ!」
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「エチカさん」
深代は静かに振り返る。
「私が彼女を強制浄化します」
「えっ……そっ、そんなことできるんですか?」
「できます。ですが、集中が必要なんです」
そして俺を見る。
「遠間さん。私の周囲を結界で守ってくださいませんか?」
「えっ……はい!了解しました!」
「エチカさんは、時間を稼いでもらえますか?」
エチカはゆっくり立ち上がった。
傷だらけのまま、それでも前を向く。
「……わかりました!」
そして右手を掲げる。
「ソルト・ブレード――神剣・ミツルギ!」
紫の浄化光がほとばしり、新たな剣がその手に現れた。
折れたイスルギとは違う。
より強く、より澄んだ輝き。
由紀の黒い装甲と、真正面から対になるような光だった。
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「由紀ちゃん……待たせたわね」
エチカは剣を構える。
「続きを始めましょう」
――懲りない人。
――せっかく拾った命を、粗末にするのね。
「粗末になんてしない!」
エチカの声が夜に響く。
「命は、自分の願いを叶えるための……たった一つの武器なんだから!」
次の瞬間、二つの剣が激突した。
火花が散る。
だが今度のエチカは違った。
押し負けない。
遅れない。
迷わない。
由紀の連撃を受け、流し、返す。
紫の軌跡が闇を切り裂く。
周囲に漂っていた重苦しい気配さえ、少しずつ薄れていった。
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俺は深代の周囲に気の壁を張り巡らせる。
その内側で、深代は静かに印を結び始めた。
指先が流れるように動く。
一つ、また一つ。
空気が変わる。
場の密度そのものが上がっていく。
背筋が粟立った。
この人、本気だ。
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その間にも、エチカと由紀の剣戟は続く。
「由紀ちゃん!」
鍔迫り合いの中、エチカが叫ぶ。
「あなたは、こんな人じゃない!」
――だったら、どんな人だっていうの?
「優しくて、誰かの痛みを自分のことみたいに苦しめる人!」
――その結果、壊れたのよ。
「それでも!」
エチカが押し返す。
「それでも!それでも、あなたの優しさは本物だった!」
由紀の表情が、わずかに揺れた。
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「準備ができました!」
深代の声が飛ぶ。
「エチカさん、離れてください!」
「了解です!」
エチカは由紀の剣を弾き、素早く後退した。
深代が前へ出る。
「今度は、私がお相手します」
――邪魔……!
由紀が踏み込む。
その瞬間。
深代の両手が胸前で止まった。
「陰魔吸奪――!」
印が完成する。
深代の前に、円形の光陣が生まれた。
次の瞬間、由紀の体から黒い気が一気に引き剥がされる。
渦となって光陣へ吸い込まれていく。
――あああああああっ!!
由紀が絶叫した。
黒い剣が砕け散る。
装甲が剥がれ落ちる。
憎しみも、怒りも、呪いも。
すべてが引きはがされていくようだった。
⸻
やがて静寂が訪れる。
そこに立っていたのは、制服姿の少女。
もう黒い気配はない。
ただ、泣きそうな顔でエチカを見つめていた。
「……エチカちゃん」
「由紀ちゃん……!」
エチカが駆け寄る。
二人の目から、同時に涙があふれた。
「ごめんね……」
由紀の声が震える。
「ひどいこと、いっぱいしちゃった……」
「ずっと会いたかった……一言、謝りたかったの……」
エチカは何度も首を振った。
「違う……謝るのは私の方だよ……!」
「助けられなかった……何もしてあげられなかった……!」
由紀は泣きながら笑った。
「でも……来てくれた」
「私をまた、見つけてくれた……」
エチカはもう言葉にならなかった。
ただ由紀を抱きしめ、声を上げて泣いた。
⸻
その光景を見ながら、俺はようやく息を吐いた。
終わった。
……そう思った、その時。
ぞわり。
背後の闇が、蠢いた。
深代の表情が一変する。
「……来ます」
キン爺の言葉が脳裏によみがえった。
由紀の後ろには、さらにとんでもない奴がいる。
夜の闇の奥で、何かが笑った気がした。




