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第十話 魅入られた少女(後編)


それから十分後――。


俺たちは、エチカの聖地と呼ばれる場所にいた。


その名も、カメダ珈琲。


落ち着いた照明。

香ばしい珈琲の匂い。

静かな店内に流れる穏やかな音楽。


だが、エチカだけは違った。


戦場に立つ武人のような顔で、メニュー表を見つめている。


三人が席につくなり、彼女は水を一気に飲み干した。


そして、空になったコップをテーブルへ置く。


「……決めた」


低く、重い声だった。


「今日は――クロノアールにする!」


拳を握りしめる。


その背後に、なぜか炎が見えた気がした。


クロノアール。


デニッシュ生地のパンに冷たいアイスを乗せ、さらにシロップをかけるという、糖と幸福の暴力。


エチカが“聖食”と崇める、この店の看板スイーツである。


俺は思った。


……こいつ、今日の目的それじゃないよな?


だが、エチカの勢いは止まらない。


「あっ、ハズミちゃん! よかったらマロンパフェにしない?」


「え?」


「そんで途中で交換するの! 喜び二倍だよ!」


両手でVサイン。


頭の中では、クロノアールとマロンパフェが手を取り合って踊っているに違いない。


「あ、うん……それでいいよ」


「えっ、い~~の~~っ!?」


エチカの幸福が確定した瞬間だった。


「神様ありがとう……!」


俺はもう、この女を戦力として数えるのをやめた。


絶対ここを出たら帰ってガンダムを見る。



注文が終わると、エチカの独演会が始まった。


「でね、このクロノアールが最高なの! パンの温度とアイスの冷たさがね――」


「は、はあ……」


「マロンパフェも侮れないのよ! でも今日はクロノアールが勝つ!」


「そ、そうなんだ……」


葉澄は明らかに困っていた。


だが、俺には分かる。


今こそ好機だった。


エチカが全力で場をかき回している間に、俺は葉澄の思考へ意識を向ける。


表面の動揺。

焦り。

恐怖。


その奥に沈む、隠された記憶。


俺は、さらに深く潜った。



見えた。


立花絵里香。

松山葉澄。

そして他三名。


五人の少女たち。


彼女たちは由紀を追い詰めていた。


しかも、ただの露骨ないじめではない。


葉澄が中心となり、周囲からはそう見えない形で、巧妙に。


優しい由紀の性格を利用して。


由紀は苦しみを、自分のせいだと思い込んでいた。


誰かを疑うこともできず、自分を責め続けた。


そして――壊れた。


死後、三年。


何事もなく過ぎた時間。


だが最近、異変が起きた。


絵里香の周囲に……突然に、由紀の影が現れ始めたのだ。


見えないはずのものが、そこにいた。


逃げても、祓っても、消えない。


絵里香は次第に心身を蝕まれ、やがて死に至った。


次は自分だ。


葉澄はそう確信していた。


だから助けを求めていたのだ。


だが――。


ひとつだけ、読めない場所があった。


このいじめが始まる決定的なきっかけ。


そこだけが、何者かの力で強く閉ざされていた。



「わっ、きた~~っ!」


エチカの歓声で意識が戻る。


テーブルにはクロノアールとマロンパフェが置かれていた。


エチカは目を輝かせ、両手を合わせている。


「お待ちしておりました!」


完全に別世界だった。


葉澄が、おそるおそる口を開く。


「あの……エチカ」


「ん?」


「私、痩せたでしょ?」


「うん!」


「その理由なんだけど――」


「あっ、そうそう! 忘れてた!」


エチカが身を乗り出す。


「そのダイエット法、私にも教えて!」


「えっ……」


葉澄の反撃は、あっさり空振りした。


俺は吹き出しそうになる。


わざとか天然か。


……たぶん両方だ。



しばらくして、葉澄は諦めたように席を立った。


「今日は……楽しかったわ」


その笑顔は、少し引きつっていた。


「また会いましょう。連絡、待ってるから」


そう言い残し、店を出ていく。


エチカは首をかしげた。


「ハズミちゃん……何か用事だったのかな?」


「おまえな……」


俺は深くため息をついた。



「で?」


エチカがスプーンをくわえたまま言う。


「私が気をそらしてる間に、読めた?」


「ええ〜っ!? ……あれって、わざとだったのか?」


「あったりまえでしょ!」


胸を張る。


「あの子、昔から油断ならないのよ。口から聞くより、頭の中見た方が早いわ」


うへぇ……。


やっぱり時々こいつは怖い。


俺は見た内容を、順を追って話した。


五人で由紀を追い詰めていたこと。

葉澄が中心だったこと。

絵里香が死んだこと。

次は葉澄だと怯えていること。

そして、誰かが記憶の一部を封じていること。


話し終える頃には、エチカの顔から笑みが消えていた。


「……やっぱり、由紀ちゃんなんだ……」


小さな声だった。


「エチカ」


「由紀ちゃん、自殺する一週間前に私に会いに来たの」


彼女はテーブルの上で拳を握る。


「最近、悩んでるみたいだったから、何度も話は聞いてた」


「でも……最後まで詳しいことは言わなかった」


声が震える。


「人を疑うのは、その人を否定することになるからって」


エチカらしくない、弱い声だった。


「あの日も、また今度ちゃんと話そうって約束して……別れた」


「でも、その日を境に学校へ来なくなって……」


ぽたり、と雫が落ちた。


涙だった。


「助けられなかった……」


俺は言葉を失う。


普段どれだけ騒がしくても、どれだけ強気でも。


こいつだって傷つく。


こいつだって、ずっと抱えていたのだ。



その時だった。


周囲の視線に気づく。


店内の客たちが、こちらをちらちら見ている。


そりゃそうだ。


スイーツを前に泣く美少女と、困り顔の男。


目立たないわけがない。


「……エチカ」


「ん?」


「とりあえず、ここ出よう」


俺は静かに立ち上がった。


エチカも黙って頷く。


会計を済ませ、外へ出る。


夕暮れだった。


赤く染まる街並みの中、エチカは少しだけ目元を拭った。


その横顔は、いつもより大人びて見えた。


そして俺は感じていた。


この話は、まだ終わっていない……

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