表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
221/241

第23章 ― 失うことへの恐れと、手放すことへの恐れの狭間で

壊れた山々が村を取り囲む中、風が吹き抜け、砂塵と記憶を巻き上げていた。


ズリは立ち止まり、砕けた岩を見つめていた。まるでそれが時そのものの傷跡であるかのように。そこに刻まれているのは、ただの物理的な傷ではない――戦いの記憶、喪失の痛み……そして、誤った選択の痕跡だった。


そのとき、ふとあることを思い出した。


古い記憶。

トラウマと、思わず笑ってしまいそうになる滑稽さが混ざり合った記憶だった。



---


何年も前。


「す、すごい……我が女王、もう一つだけ質問してもよろしいでしょうか……?」


アシナは片眉をわずかに上げた。まるで生きた彫像のように、微動だにせず。


「言え。」


目の前の若者はごくりと唾を飲み込んだ。


「あの……その……自分はあなたの娘が好きで……できれば……その……お付き合いを……したいと……」


続いた沈黙は、普通のものではなかった。


絶対的な沈黙だった。


アシナは瞬きもしない。


呼吸すらしない。


ただ、ゆっくりと立ち上がった。


洞窟は暗くなり、まるで光そのものが舞台から退いたかのようだった。赤黒いオーラが彼女の身体から立ち上り、濃い煙のように広がっていく。瞳は燃えさしのように赤く輝いた。


「娘と付き合いたいだと?」その声は、あまりにも静かだった。

「ならば私と戦え。全力で来い。さもなくば……死ぬ。」


少年は一瞬で顔面蒼白になった。足は震え、脳は名誉も誇りもすべて放棄した。そして踵を返す。


「ゆ、許してくださあああい! そ、そんな意味じゃなかったんですぅぅぅ!」


まるで死神が首筋に息を吹きかけているかのように、全速力で逃げ出した。


アシナは腕を組む。


「臆病者。」



---


現在へ戻る。


ズリは目を閉じ、小さく鼻で笑った。


「カエリラ……お前の母親は本当に恐ろしかったな。」


そのとき、足音が聞こえた。


目を開ける。


ズリカが村へ入ってくる。


目を見開き。


表情は純粋なトラウマそのもの。


そしてその後ろには……カエリラ。


ズリの全身が一気に緊張した。


「何があった?」


彼は娘のもとへ駆け寄り、その前にしゃがみ込む。両手をしっかりと彼女の肩に置いた。


「どうしたんだ、我が娘よ?」


ズリカは父の目を深く見つめた。


そして、まるで黙示録を生き延びた者のような重みをもって言った。


「お風呂にも入れないの。」


沈黙。


ズリは瞬きをした。


ゆっくりと。


それからカエリラを見る。彼女はまだ立ったまま、娘を見つめていた。まるで目に見えない危険を分析し続けているかのように。


「何があった、カエリラ?」


声は真剣だった。


揺るがない。


だが彼女の目は和らがない。


「守っていただけ。もう家族を失いたくない。」


その言葉は重く落ちた。


ズリは一瞬うつむき、肺に溜めた空気をゆっくりと吐き出した。そして立ち上がり、ズリカの肩から手を離す。


再び伴侶を見た。


「話がある。」


それから娘へ向き直る。


「洞窟へ戻りなさい、我が娘よ。今日は母と話す。外へは出るな、いいな?」


「うん、パパ。」


彼女は従った。


洞窟へ歩いていく彼女を、何人かの狼男たちが哀れむように見つめていた。常に監視される生き方を、彼らは知っている。一歩一歩を休むことのない視線に追われる感覚を、知っている。


また別の者たちは、女王を哀れんでいた。


彼女はすでに最初の仔を失っている――名前すら与える時間もなかった命を。


カエリラはズリに続き、村の金属の壁のそばまで来た。


二人は地面に腰を下ろす。


だが彼女は彼を見ない。


視線は洞窟の入口に固定されたままだった。


まるで石を透かして見ようとするかのように。


まるで、瞬きをすれば何かが消えてしまうとでもいうように。


ズリはため息をついた。


「こっちを見ろ、カエリラ。」


反応はない。


彼女は洞窟を見続ける。


まるで脳がその機能――“監視”――だけに固定されてしまったかのように。


彼は深く息を吸った。


「カエリラ……俺を見ろ。」


何もない。


そしてついに、彼は声を荒げた。


「カエリラ、俺を見ろ!」


その名が村に響いた。


彼女はゆっくりと視線だけを動かす。


それから顔ごと向けた。


そして、ついに彼を見た。


「何?」


その声に攻撃性はない。


ただ、空虚だった。


ズリは少し近づく。


「やっとだ。話そう。」


顔をさらに近づけ、強い口調で続ける。


「俺たちの娘のことだ。」


そして、腰を下ろしてから初めて、カエリラの瞳はただの警戒ではなくなった。


そこにあったのは恐れ。


敵への恐れではない。


愛しすぎたときに起こり得る、その先への恐れだった。



---


次章へ続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ