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夜な夜な魔法少女に襲われてます  作者: 重土 浄
第十四話 「キミさえいなければ世界は回る」
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第十四話 完



 カランカラン。ドアベルがなって店内に客が入ってきた。


 俺だ。


 落谷落土が初めての店でキョロキョロとあたりを見ながら入ってきた。


 すぐに彼は自分に向かって手をふる美少年を見つけた。俺は不信な顔のまま彼の方に寄っていく。


 「こうしてボクたちは出会った」


 感動的な物言いだが、自殺したばかりの男と、悪魔が出会っているだけだ。


 俺はその美少年から契約の様々な利点を聞かされその気になっている。ファミレスでよく見る光景だ。クソみたいな儲け話に丸め込まれる間抜け。今なら想像できる。俺が思っていることはこうだ。


 「クソみたいな人生を一発逆転できる」


 現実世界を破壊する事を逆転と考えるほどに、俺の精神は腐ってた。


 男が持ち出した大量の書類、それに適当に目を通した俺は、一ページも理解しないまま、その書類にサインした。


 その瞬間、俺の頭が破裂し、脳と血液がファミレスの窓いっぱいに飛び散った。


 「ここだよ」


 顔のない男は心底残念そうに言った。この瞬間、現実世界の俺の頭蓋骨が岩に激突し、脳を岩と海面にバラ撒いた。


 俺がアビスの門の所有権に関する契約をしたのは、飛び降りて死ぬまでの間の、ほんの数瞬の出来事だったのだ。


 「ワレワレのミスだ。キミが飛び降りの最中とは感知できなかった」


 「それは、残念だな」


 俺は、脳を飛び散らかして死んでいる俺自身の隣に座っている。


 「だが、ワレワレは手ぶらでは帰れない。契約もしてしまったのでね。そこでキミを生き返らせることにした。キミ自身、それは経験済みだろう?」


 俺は一度、首を切断されたが自らの修復能力で生き返っている。


 「キミの修復能力を使用して、キミを修復した。脳みその1グラムまで全て完璧に元に戻した」


 俺の隣の俺の死体はそのままだが、現実世界の脳が戻っていくイメージは見えた。


 「それで生まれたのが…」


 「俺なのか」


 「そう、新しいオチタニオチドだ」




 「キミの脳は完璧に直した。記憶も直した。神経配列も直した…だが、恨みは消えていた」


 男は本当に残念そうだった。


 「恨みとは、唯一無二の精神芸術だったのだよ。完璧な配列は一分の隙も許されない。あらゆる記憶が恨みの形を形作らなければいけない…ワレワレはキミを完璧に直した!だが恨みが消えてしまったんだ!」


 俺にも分かった。なぜ同じ記憶を持っていながら、俺と過去の俺はこんなにも別人なのか。


 「視点一つ、違うだけで人生は変わってしまう」


 「そういうことだ、いかにクソのような人生の記憶を脳に詰め込んでも、それが鋭い視点を作り出さなければ恨みにならない。記憶の重力を完璧に制御しなければ恨みにならない。もし一点が1ミクロンでも動いたら」


 「恨みは消えてしまう」


 俺の答えに男は頷いた。




 俺は自分の死体を隣に置いて、俺自身の誕生の秘密を聞いた。


 店の外では魔法少女たちと魔物の戦いは続いていた。彼女たちは傷つき苦戦していたが、諦める様子はなかった。




 「これがワレワレとキミの話だ。そしてこれからが、最後の話となる。ワレワレとの契約を巡る最期の話だ」


 俺の手前には店のメニューが置いてあった。書かれている料理名は全てマジックで消されており、この店の終わりを示していた。


 顔のない男は、また契約書のサインをこちらに見せた。


 「そのサインを書いたやつはコイツだ」


 俺は隣の死体を指さした。


 「そのとおりだ。キミは契約自体を忘れ、ワレワレに対して極めて不利益な行動を起こした」


 「確かに。だが契約違反ではあるまい。全部読んではいないが」


 「残念だが……その通りだ。キミは力を自由に使える。だが、契約にはいくつか特約がある、これとこれだ」


 男は見ずに分厚い書類の束から二枚引き抜いた。見せた書類は異世界の文字で書かれていて読めない。こんなものにサインした昔の俺はどうかしている。


 「簡単にいうと、契約した人間の精神複製をバックアップとして用意してよいというものだ」


 意味がわからない。そして契約書は常にそうなのだ。意味のわからない文章が書いてあり、それはつねに、契約書を作った人間に有利なありとあらゆる隠し技が書かれているものなのだ。


 「つまり、ワレワレは契約時の精神状態のキミを再生した。肉体はキミの物で、もうコントロール出来ないが、契約した瞬間の人間の精神コピーは作ることができる」


 隣で死んでいた俺の死体が飛び起きた。


 頭蓋骨に開いた大きな穴がふさがり、あの死んだような顔をした、昔の俺が蘇った。


 「ワレワレはこれを契約書の擬人化と呼んでいる。今度は失敗しない、恨みも完全に再現している」


 契約した時の落谷落度が俺の目の前にいた。世界を破壊した、あの目で俺を見た。


 ダイナーはバラバラに崩れ、底に現れた青白い肉体の中に俺たち二人は落ちていく。魔物の中に、二人の俺が投入されていく。


 「ここからは実験だ。キミたちと、あの少女たち、そしてキミたちの世界を使った。


 魔物が残り一体、門が一つ、だが契約者が二名もいる。これがどのような結果になるか、ワレワレにも解らない。さあ、始めてくれ!これが最後の戦いだ」


 顔のない男の言葉が響いて消えた。


 俺たち二人が魔物の体に飛び込んだ。突然のことに俺は溺れたようにもがいたが、そこは勝手知ったる魔物の中だった。


 俺は馴染みある魔物の体の中に浮かんでいたが、怪物を操る神経束が手の中にない。俺は魔物の体の中を探し神経網を見つけたが、その糸は俺を無視して何本も上部に向かって伸びている。その糸が集まり集まり、一箇所に集約する…その天の中心に俺がいた。


 もう一人の俺、過去の俺自身。


 過去の落谷落度が魔物のすべてを掌握し、世界の破壊者としての顔を現し、俺を見下ろしていた。




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