敵を騙すためにはまず味方から
「――カハッ」
天汰は、全身に痛みを感じた。『どこが』ではなくて『どこも』痛いのだ。
痛みで呼吸困難にさえ陥る。自分がいまどうなっているのか、立っているのか座っているのか、怪我をしているのかいないのか、感覚を奪われたかのような時間、それはきっと、フラッシュバンを食らった時の感覚に似ているのかもしれない。
「――さ――、て――さん! しっかりしてください、天汰さん!」
肩を叩かれて呼びかけられている。それに気が付くくらいには症状が回復してきた。
「クラリアさん! みんなは!?」
天汰は飛び起きる。
「おかげさまでみんな無傷です。ですが、身を隠す壁がなくなりました。いつ敵に狙撃されてもおかしくはないです」
見ると、大男が周囲を睨んで警戒している。ギルド嬢も不安げな表情で反対側をカバーしている。
とりあえず天汰は改めて肩代わりの設定を掛け直す。
(俺自身がダウンすると、再び再設定しないといけないみたいだな)
実戦の中で発見をしていくというリスキーな事をしている自覚はある。
(前の時もそうだったけど、肩代わりで俺の防御力を超えたら『痛み』の形で差分がくるのか。俺の身に余るダメージまで肩代わりすると俺も危なくなるって訳か。これからは考えて肩代わりを使って行かないと)
なんて考えている天汰だが、いざその時になるととりあえず助けようと動いてしまうそんな性格なのである。
だからこれは天汰の周囲の生存率が高まったが、逆に天汰の生存率は下がってしまったことを意味するのだ。その事実に天汰自身は気が付いていない。
改めて天汰は周囲を見渡す。
天汰たちを中心に、半径五メートルほどの範囲が抉れてクレーターのようになっていた。
(こんな威力を三人分と俺自身のダメージをくらったのか!? そりゃああなるわ!)
内心で突っ込む。
クラリアが手を差し出す。
「立てますか?」
「なんとか」
天汰はクラリアの手を握り、立ち上がる。まだ少しふらふらするが、走れないほどでもないと自己評価する。
「とにかく逃げましょう」
クラリアがそういうのと同時に、ビュウン! と風を切る音が聞こえた。
「――ッ! ツァアア!」
ギリギリの所でクラリアは気が付き、とっさに十手で弓矢を上にはじいた。
十手に触れられた弓矢は、魔法要素が消えて、普通に弧を描いて遠くに落ちる。
「あ、危ない所でした……」
クラリアは割と命の危険を感じた。
「スマン! くそ、見張っててもあの速度じゃ対応できねぇよ!」
大男が悔しげに呟く。
「いえ、むしろ対応できる私が見張りをすべきでした。スイマセン。やはり私は動揺しているみたいです。とにかく逃げ――」
逃げましょうといいきる直前。二度目の爆発が起きた。
「ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
ダメージは当然肩代わりしている天汰がもらう。
こうなったら天汰は肩代わりできない。その瞬間を狙うように、
ビュウン! 弓矢が大男の脳天を貫く。
「ぶ――」
何が言いたいのかもわからぬまま、大男は倒れる。即死だった。
「きゃああああああああああああ!」
ギルド嬢の悲鳴、爆風に煽られて地面に伏しているが、とりあえず怪我はなさそうだ。
クラリアも爆風で地面に叩き付けられたが天汰の肩代わりのおかげで無傷で済んでいる。
しかし、その眼は現れた敵に釘付けになる。
「……ニーナさん、黒石さん!」
「クラリアちゃんに天汰くん……本当は君たちにこんなことはしたくないんだけど、ごめんなさい、私達が進むために、犠牲になって!」
ニーナはいつもの明るい雰囲気はどこにもなく、どこか諦めのような、無理しているようは、そんな雰囲気だった。
「…………」
そして隣りに付き添う黒石は、無表情。目の焦点もどこかあってないし、むしろ見えているのか不安になってくる。
「アナタが出てきたということは、さっきからの弓矢の攻撃はホーリィさんですか」
ゆっくりと立ち上がって、埃を払う。
少しでも会話して、その間に天汰の回復を待つという作戦である。
「そうよ。あれは正真正銘、兄さんの攻撃で、爆発は私がやったのよ」
「ニーナさんは、効果付与系の魔法しか使えないと聞いていたのですが?」
「……黒石くんの魔法よ。でもそれは黒石くんの意思ではないわ、私がやらせているから私がしたも同然よ」
「そうでしたか。ひとつ疑問が解決しました」
話をしながらクラリアは念話を天汰に送る。
(天汰さん、大丈夫ですか!)
『――死にそう。でも何とか生きてる、なにコレいまコレどういう状況?』
(聞こえている通りですよ、ニーナさんと黒石さんが出てきました。しかも、かなりヤバめです。前方には爆発がヤバメな黒石さんが、後方にはホーリィさんがいます。逃げられません)
『あれ、これもう詰んでなくね? 詰んでるくさくない?』
「おとなしく降参して、武装解除すれば命までは取らないわ。天汰くんも、もう動けるでしょ? 狸寝入りはやめてちょうだい」
「……もう少し休んでいたかったんですけどね」
天汰もゆっくりと立ち上がる。
「もし、ですよ。俺たちがその提案を受け入れなければ?」
「――仕方がないから、力押しであなた達を倒すわ。私達にとって、あなた達は脅威になりうる」
「それはなんというか、そこまで評価されるっていうのはなんだかこっ恥ずかしいですね。でもたかだか俺やクラリアさんは、ニーナさんたちのことをちょこっと知っているだけですよ? それだけのDランクの冒険者にそこまで評価していただけるのは、なんというか、その、やり過ぎかなー、なんて……」
天汰は少しおどけたようにそう言うが、
「北地区の前線攻撃のとき、ハーフオークを退けたのはあなた達だと報告を受けているわ。クラリアちゃんはその十手、あなたは新しくつけているその防具、両方とも不思議な能力があるのも知っている」
ニーナはしっかりと天汰を見据える。
(バレてーら、これはもう絶対見逃しては貰えなさそう)
ここは素直に従ったほうがいいかと思い始めたところ、鈴木からの連絡が入った。
『スマン、お前ら大丈夫か!?』
鈴木にしては珍しく焦っている。
(すーさん! 今かなりヤバい、一緒に来た冒険者は二人とも死んだ、俺の肩替りもキャパを超える攻撃を食らって機能が止まるところを狙われてやられた。最悪俺の肩替りを無効化されたようなもんだ)
『鈴木さんですか、今ニーナさんと黒石さんが目の前に、それにホーリィさんが背後からいつでも狙撃できるように配置されていて前後を取られている状況です』
天汰とクラリアは同時に鈴木に念話を送る。
『まてまて、俺は聖徳太子じゃねーぞ、まあ、現状は何となくわかった。ニーナさんならお前に交渉をしてくるはず。いいか、そうなったらできるだけ時間を稼げ』
(わかった)
『必ず助けに行く。マジで死ぬなよ、交渉は天汰、お前がしろ。その間にクラリア、お前に作戦を伝える』
それを最後に鈴木の言葉は途切れた。多分天汰が交渉に集中できるようにクラリアだけに話しかけているのだろうと判断する。
(じゃあ、俺は俺のするべきことをしましょうか)
この間の時間は十数秒、ニーナが無言の天汰たちに不信感を抱くには十分な時間である。
天汰はわざと大きなため息をつく。
「これはもう、なんといいますか……なんだろう、うまい言葉がみつからない」
「……」
天汰はニーナの律儀な性格を知っている、こういうふうに言っておけば天汰が言葉が思いつくまで黙って待っていてくれるだろうと思っていた。
「あー、その……つまり、うん。これだ。つまりですね、降参です。俺たちの負けです」
観念したというように、両手を上げて降参したと体で表す。
天汰の言葉に今まで怯えていたギルド嬢もびっくりした表情になった。クラリアはなんの反応もない。
ニーナはそんな天汰に慎重に言葉を返す。
「それは、武装解除してくれるってことでいいのね」
「はい、つまりはそういうことになりますね」
天汰がそう返すと、ニーナは見るからにホッとした表情になった。
「じゃあ、今ここで武装解除してくれる?」
「スイマセン、だけどそれはちょっと待ってください」
天汰は右手を前に出して待ってのポーズをとる。
「例えば、俺の防具は……もうバレてるみたいなのではっきり言いますけど。これは俺だけではなく特殊な能力で俺の周辺にいる人までダメージを受けてくれます。つまり、俺の防具はみんなの――つまり、俺だけじゃなくクラリアさんやそこのギルドのお姉さんにとっての最後の砦だといえます。俺がコレを脱いだ途端にあの爆発でもされたらたまったものではない。そうじゃありませんか?」
「……つまり、私達が騙し討ちをしてくると、そう言いたいの?」
「俺らとニーナさんはいままで一緒に旅をしてきた仲とはいえ、今はこうして対立しているわけです。勿論、ニーナさんのことはよくわかっていますし、そんなことをするような人ではないとわかっています。ニーナさん優しいですしね。でも、でもですよ? こうして敵対しているうちは完全には信用はできない。もしもを考えてすべてを疑ってかかるべきだと俺は思うんです。まあ、すーさんとの付き合いが長いからこんなこと考え付くんでしょうけどね」
「鈴木くんなら、そうね。多分こういう状況でも私たちを騙してなんとかするんでしょうね」
ニーナは言う。
(しまった、下手にすーさんを引き合いに出すんじゃなかった。もしかしたらニーナさん疑い始めたかもしれない)
天汰は自分の言葉に失態を感じながらも言葉を紡ぐ。
「残念ながら俺はすーさんみたいに捻くれていませんので、この状況を何とかできるような嘘はつけませんよ。まあ、話を戻しますけど、つまり俺が言いたいのは確実な安全、これが欲しいということです。武装解除した後、確実に俺たちの安全が保障できないのなら、せめて俺の防具だけはこのままでいさせてほしいってことです。ようするにこれは命乞いみたいなことです」
「そうね、天汰くんたちからすれば私たちは脅威よね。わかったわ、じゃあどうすれば私たちのことを信じて武装解除してもらえるかしら」
のってきた。天汰はそう思った。
「どうすれば、ですか。そうくるとは思っていなかったな。うーん……」
考えるふりをしながら天汰は鈴木に念話を送る。
(おいすーさん! これいつまで時間稼げばいいんだよ! そろそろ割ときつくなってきたんだが!?)
『まだまだ、いま早馬で東地区に早馬で南地区に援護を向かわせろと伝えたばかりだ』
(それ到着までかなり時間かかるじゃん!!)
『うん、だから時間稼ぎをしろって言ってんじゃん』
当然のように鈴木は言う。
天汰は道中馬車で走った時間を思い出す。時計がないので正確な時間は分からないが、三十分以上はかかっているはず。
それを鈴木は時間を稼げと言っているのだと理解すると、
(できるわきゃねーだろが! アホか!)
当然の反応である。
『出来なきゃお前らが死ぬだけだぞ。それこそ死ぬ気で頑張るか死ぬかの二択だ、まあ頑張れ、生きてまた会えたら一食くらい奢るから』
(死ねッ!)
天汰はキレて念話を切る。
(ともあれ、もうすーさんはあてにならないことは分かった、どうする。一か八かにかけてニーナさんを倒すか? でもどうやって、くそう、やっぱり時間稼ぐしかないか!)
雰囲気が強張った天汰を見て、クラリアは鈴木に念話を送る。
(鈴木さん、天汰さんに何か言いました?)
『うん? まあね、応援はまだ時間がかかるから死ぬ気で頑張れっておちょくった』
(鈴木さん、さっき私にはあと三分ほどだと言ってましたよね……)
『うん、それはほんと。いやー、天汰がキレるところ初めて見たかも、いや見えてないんだけどね。何となく言いたいことは分かるでしょ?』
(それは別にいいんですけど……)
『おっと、大和から念話が入った。準備オッケイみたいだ』
(え、大和さんってどういうことですか!?)
『んじゃあ、そろそろ反撃と行きますか。んー、なんかカッコつけたいな』
(いや、カッコつけるとかそういうのは良いですから、大和さんもう救出したんですか!?)
『あ、いいフレーズ思いついた。それじゃあ正々堂々嘘騙し裏を搔かして嵌めさせていただきますか』
鈴木はドヤ顔でそう言った。




