てめぇの頭はハッピーセットかよ
南地区の現状は、酷いものだった。
南地区に入ってすぐは無人の街というイメージだったが、馬車が進んでいくうちにそれは思い違いだと天汰は思った。
あちこちには何かが爆発した痕跡があり、無事な建物は目に見える範囲にはない。そしてその爆発に巻き込まれた人達、おそらく冒険者とその家族であろう。並々ならぬその死体の多くは、そのほとんどが五体満足ではなかった。
手足が千切れていたりするのは当たり前で、胴が吹き飛んでいる者、顔に大きな穴が開いて絶命している者、脳みそが露出している者もいた。
(こんなに嬉しくもない露出は初めてだ)
天汰は別にグロが苦手ではなかったが、ここら辺一体をおおう血や死臭の臭いも相俟ってかなり気分が悪くなる。
横に座るクラリアはというと、こちらも厳しい表情をしていた。
「酷いですね。流石にやり過ぎです。ここまでしなくてもよかったはずなのに……」
馬車の横窓から外の様子を眺めながらクラリアはそう呟く。
「生存者の期待はできないですね」
「そ、そんな! おい、馬車を止めてくれ!」
皆と同じように窓から外を見ていた魔法使いが声を荒げる。
「早くしてくれ!」
「ふええ、そんな急に……どうどう、止まってください」
馬を操るギルド嬢は、嘶く馬をどうにか止める、馬車を停止させる。
魔法使いは馬車の扉を開けて、来た道を走って戻る。
「おいコラ! 勝手な行動は慎め!」
大男も文句を言いながら魔法使いについて行く。
「どうしたんでしょうか?」
クラリアが訝しがるが、天汰はなんとなくわかった。
魔法使いは仲間と合流するために南地区に来ている、そして南地区では予想以上の犠牲者がでていた。外を見ていた魔法使いが気が動転するほどの出来事と言えば、
「多分、知り合いがいたんだよ。それも、ショッキングな再会だ」
クラリアはハッとする。やはりその発想はなかったようだ。そして直前に自分が言ったことを思い出す。
『生存者の期待はできないですね』
「私は、なんとも考えなしでものを言ったのでしょう」
クラリアはあの発言をした自分に憤りを感じる。もっと考えてから発言するべきだった。
あの魔法使いの気持ちを考えてあげられなかった。
後で謝らなくてはとクラリアが思った丁度その時、ビュウン! と風を切る音がする。その音が何の音なのかも分からないまま、馬車の外で大男の声が響いた。
「おい、大丈夫か!? おいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
・ ・ ・
馬車が走るはるか先、そこで待っているようにエルフの男が佇んでいた。そう、ホーリィだ。
手には彼の身長を超える大弓、左手に弓を持ち、右手を背中の矢筒に動かす。矢を二本取って一本を弓に番える。
彼は人間には見えない距離にいる馬車を見据える。
「ギルドか」
馬車を操る女性の服装で、あれはギルドの関係者だとはっきりわかる。味方の精霊使いからの報告を聞いているので、あれがそうなんだろうと思う。
「偵察か」
矢を番えた弦を引く。
「『ギョガ・ガルザン・スパルディアム』『ヴァン・フェノン・ラシュ』」
そして威力を上げるため、呪文で強化する。
しかし、ここで馬車が止まる。
不審に思ったホーリィは、攻撃をしばらく待つ。
遠くの馬車からは、魔法使い風の男と、武器を持たない大男――恐らく格闘家だろうとホーリィはあたりをつける――が馬車から飛び出して、来た道を戻りだす。
魔法使いの男はひとつの倒れている死体の前に崩れ落ちるように座り込む。
ホーリィの位置からは何を言っているのかは分からないが、知り合いか誰かだったのだろう。
(ギルドの目的は偵察だったか、なら、それを伝えるのは魔法使いだろう)
そう思って、狙いを馬車から慟哭している魔法使いに変更する。
「恨んでくれるなよ」
パシュン! 弓から放たれた矢は、威力と速度を魔法で強化され、かなりの距離からの狙撃を可能にした。
いくら強化したからとはいえ、本来弓で届く距離ではないので魔法使いの男に届くころにはかなり威力は減衰している、いつもの手足を吹き飛ばすような威力は出なかった。
だが、物理攻撃に弱い魔法使いを倒すのには頭を貫通する程度の威力さえあれば十分だった。
・ ・ ・
天汰たちは大男の声を聴き、異常事態を理解した。
急いで状況を理解するために馬車の外に飛び出すと、魔法使いの男は頭から血を流して動かなくなっていた。
「くそう、やられた!」
攻撃されたのだと瞬時に気が付き、クラリア、大男、ギルド嬢の三人を対象とした肩代わりを設定する。
「気をつけろ! あっちから弓矢が恐ろしい速度で飛んできた! 身を隠せ!」
大男はすでに事切れた魔法使いのことを引きずらない。冒険者としての的確な指示を天汰たちに出す。
「皆さん! こっちです!」
ギルド嬢はすでに馬車から避難して、矢が飛んできた方からは見えないような民家の残骸の陰に隠れている。スペース的にも開いているので天汰たちはそこに隠れこむ。
直後、先ほどよりも威力がある弓矢が馬車を馬諸共貫いた。今度の矢は、馬が消し飛ぶほどの威力だったので、馬車はもう原形をとどめていない。
「うわああああああああああああ! また馬車がこわれちゃいました! ギルスさんから怒られますぅ!」
「嬢ちゃん、命があるだけ感謝しろよ」
両手を頬に当てて絶叫するギルド嬢をやんわり諭す大男。しかし、その表情に余裕は全くなさそうだ。
「位置を変える、あの威力じゃこのボロ民家の壁を貫通しそうだ」
そう言って弓使いのいる方向から見えないように気を付けて移動を開始する。
全員が離れたその瞬間を狙ったのか、たはまた偶然か、先ほどまでいた位置に弓矢がぶち込まれる。
「ひいいい、壁貫通しましたよぉ!」
「だからそう言ったじゃねえか!」
二人のやり取りを横目に、クラリアは質問する。
「天汰さん、今のアレを受けられますか?」
「ごめん、俺もこの防具の性能がどこまでなのか知らないからね、嬉々として試しに行くほど俺はすーさんみたいなハッピーセットな頭はしてない」
この場に鈴木がいたら、徹底的に議論に持っていくのだが、幸いなことに鈴木はここにはいないようで、通信機にも何の反応もない。
「そういえばすーさん、全然話しかけてこなくなったけどどうしたんだろう」
「今はそんなことよりも、こちらの状況を何とかしなくてはいけませんよ」
クラリアは暗に、鈴木の優先順位は低いだろうと言外で伝える。
「それもそうだけど、まあすーさんのことだし、何かあってもなんとかしてるだろう。じゃ、いまのこの状況、どうする?」
天汰はクラリアと作戦会議をする。先ほどの攻撃を最後に、弓矢は飛んでこなくなったが、こちらは下手に動いて姿をさらしてしまえば、即座に体に大穴があいてしまう。
「鈴木さん経由でギルドに応援を呼んでもらいましょうか」
「いえ、たぶんそれは無理だと思います」
クラリアの案を否定したのはギルド嬢だった。
「今の頃だと、あの弓矢をどうこうできる冒険者やギルド職員は、ギルスさまと拠点防衛を任されている人を除き全員が東地区に向かっています。なので、応援は東地区の制圧が終わってからでないと期待できません。それに、応援を呼ぶ方法もないですし……」
ギルド嬢顔に影が差す。
(そういえば通信機のことみんなに言ってなかったか。でもこれって異世界の技術だし、そう簡単に伝えたらいけないよな。ソーマさんみためはひょろいお兄さんみたいな人だったけど、たぶんあの人ヤバい。俺らが束になってかかっても多分勝てない、そんな感じだった)
天汰は思考が脱線していることに気が付く。
(まあ、通信機のことは内緒にしておこう)
このことを念話でクラリアにも送っておく。『了解です』とすぐに返事が返ってきた。口を開かなくても会話ができるのは便利だと思った。
「けど、どうするんだ。東地区の制圧が終わるまでここでジッとしている訳にもいかないだろう」
大男が言う。
「動ける範囲も限られる。弓使いが我慢できずにちょっとずつ俺らが隠れられるスペースを削っていけば時間がかかるが確実に俺らは詰む」
だが、そうはならなかった。
なぜなら、天汰たちが隠れている民家が、いや、そこから範囲十メートルほどを巻き込んで爆発したからだ。




