普段冷静な人ほどキレると怖い
「さて、君たちの試験が始まったよ。この戦いを勝ち抜けなくては『この先』戦っていけないからね」
ソーマは一人、遠くに見える馬車を見ながらそう呟いた。
・ ・ ・
クラリア、天汰、アイリスの三人は、他数名のギルドにいた精鋭冒険者二人と、ギルド職員一名の計七名でペルウィーン北地区の道を馬車で移動中だった。
「皆さん! 目的地まであと少しです、ギルドはそこを、最終防衛ラインとして位置づけます! 何としても敵に抑えられないようにしてください!」
桃色の髪のギルド嬢が、馬を操りながら声を張り上げる。少しだけ上擦った声は、きっと緊張の表れなのだろう。
馬車の中では、クラリアが窓から外の様子を眺めていた。
「酷いですね。いったい何をどうしたらこんなところで争いをしようだなんて思いつくのでしょう」
それに答えたのは以外にも仲間の二人ではなく、冒険者のうちの一人だった。
「おいおい、ナンデだなんてそんなのどうでもいいだろう。大事なのは、現在敵がいて、俺達がそれをブッ飛ばせる立場にあるってことだ。まあ、ソイツみたいに仲間が心配だから少しでも状況打破に繋がる事をしたいって奴も確かにいるが」
ジルほどでもないが、大柄な冒険者は、もう一人の冒険者の方を見る。
もう一人の冒険者は、細身で、防具の類は付けていない。やや不健康そうな顔と体つきで、(見た目だけでは判断できるものではないが)前線で戦うには少し不安が残るといった印象を受ける。
恐らく魔法使い系の彼は、馬車の中でずっと貧乏ゆすりをしていた。
「なんだよ、こんな状況じゃ南にいる仲間を心配するのは当然だろう!」
少しいらいらした様子でクラリアたちを睨みつける。
完全なとばっちりなのだが、心に余裕がないのだろうとクラリアは見抜いた。
そんな時だった。
「衝撃に備えてください!」
ギルド嬢が聞こえた。
次の瞬間、馬車の天井が崩れた。
「――ッ!」
一番素早く動けたのは戦闘種族であるヴァルキュリーのアイリスだった。
幼い体躯に似合わず、馬車の天井が砕けるその一瞬前にその気配に気が付き、横ドアをエルボーで押し開けた。そして、天井が崩れた瞬間に一番近くにいたクラリアを引っ張って馬車を脱出した。
急な出来事にも関わらず、石畳に転がるように受け身を取ったクラリア。無事に着地できたアイリス。
二人は潰れた馬車と、それを引いていた早馬がもはや生きていないことに気が付く。
そりゃあ、腰から下半身が潰れていればもう生物として無事ではすまないだろう、白く突き刺さっているように見えるのはおそらく馬自身のどこかの骨なんだろうか。そして馬がこうなっているということは、当然馬車の方も無事ではすまなかった。
簡潔にいうならスクラップ、上からの圧力でぺちゃんこに潰されてしまっていた、木製のそれは本来掛けられるはずのない負荷に耐えきれる訳もなく見るも無残なことになっている。おそらく中に居る人も無事ではないだろう。
「あ、ああ……」
咄嗟の気転で難をのがれたアイリスだが、この光景に何も思わない訳ではなかった。
口からは何を言いたいのか自分でもわからない声が出てしまう。
対するクラリアはただ一点、これを引き起こしたと思われる人物に目を向けている。既に十手は右手に構えており、臨戦態勢だ。
「ぐふぉふぉ、なんだァ~? 二人逃げられたぞ?」
クラリアの視線の先、その男は、オークのように大柄で、その体に見合うほどの大きなハンマーをもっていた。
おそらくそのハンマーで馬車を襲撃したのだろう。
「おおー? しかも女だ、一人はちんちくりんだが、もう一人は結構いいぞぉ~」
「アイリスちゃん、すいませんがこの事を鈴木さんに報告してください」
どこか冷めた視線で大柄な男をみるクラリアは、一歩男の方へと近づく。
アイリスの今の精神状態では戦えない、そう冷静に判断しての行動だ。だが、冷静な判断ができるのと怒っていないのは同義ではない。
「クラリア・ハルゲイドの名の元に――アナタを粛清します」
クラリアは、この世界に来て初めてブチギレた。
未だショックで動けないアイリスを置いて、クラリアは駆け出した。
と同時に左手で腰のブーメランを取り、投げつける。
クラリアのいつもの攻撃パターンだ。
くの字のブーメランは鉄の加工が施されており、当たった時の威力が上がるようにされている、その強化ブーメランが大柄な男の顔めがけてぶち当たる。
「ふぎゃ!?」
避けるような動作を全くしなかった男は、情けない声を上げて尻もちをついてしまう。持っていた武器も手放してしまった。
体操座りから両手を後ろにもっていったように座る男に、クラリアの追撃がくる。狙うは脛、男の右脛。
すれ違いざまに一撃、鉄の棍棒である十手を男の右脛に打つ。
(これでしばらく歩けまい)
更に追撃、その場で身を捻り、頭の位置が下がっている男の顔にキックを決める。
「くおッ!」
悲鳴を上げる男、それをみてクラリアは思う。
(他愛ない)
確かに、このざまを見れば誰もがそう思うだろう。それゆえ、こんなものに天汰はやられたのかと思うと、途端に空虚な気分に包まれる。
だが、それがいけなかった。
クラリアは油断をしていた。これほどのダメージを負えば、しばらくは動けないだろうと、そう思っていた。実際、クラリアの元の世界ではこんなダメージを食らった人間はそうすぐ動けるものではない。
だが、その認識がいけなかった。ここは、クラリアの住む世界ではない、エルフや獣人など『人外』が数多く存在する世界なのだ、人間しかいなかった世界の常識など当てはまるはずがない。
しまったとクラリアが思った時には右足を掴まれていた。
「ぶもおおおおおお! よくも、よくもやってくれたなぁ~!」
クラリアの世界が回転する。
大柄の男はクラリアの右足を持って立ち上がった。
「くっ」
クラリアは坂吊りにされてしまった。
制服のスカートが重力に従い下に落ちて、下着が見えてしまっているがクラリアは男の撃破しか頭に入っていない。
十手を両手で持ち、男の顔めがけてスイングするが、男もバカではないらしい、わざわざ顔の近くに持ってくるはずもなく手を伸ばしてクラリアの十手の射程から顔を遠ざける。
「チィ!」
ならばと握っている腕を攻撃しようともがくが、不安定な体勢では蹴ろうが十手で打とうが大したダメージにならなさそうだ。
「ぶおふぉふぉ! ムダなんだよぅ、ただのニンゲンが力で敵うと思っているのか?」
「アナタは人間ではないのですね」
「ああ、そうだ。オークとニンゲンのハーフってところだ」
一応、クラリアの知識の仲にもそういう知識はあって、その中に女騎士とオークのくっころ物も入っている。クラリアはそれを思い出した。
「ああ、この世界そういうのもありなんですね」
絶望した表情で坂吊りにされたクラリアは呟く。
「ちなみに父親がニンゲンで母親がオークだ」
「まさかの逆パターン!?」
「フィールドで出会って仲間を全員殺されて青姦されたとカーサンが言っていて」
「オークがやられたほうですか!?」
「その話するといつもトーサンが慌てるんだ」
「しかもなんか家族団欒っぽい!!」
かなりどうでもいい情報だった。
「まあ、俺はそんな団欒よりもオークらしく欲望の赴くまま生きると決めているのだがな」
「いい話の流れぶち壊しにかかりましたよ」
まあ元々、こちらの仲間にされたことを思えば、いい話くらいで見逃してやるクラリアでもなかったが。
「ぐふぇふぇ、そのキリリとした目付き、屈服のさせがいがあるぜ」
「残念ですが、私はアナタごときに初めてを奪われる気はないです」
「状況をみてそう言うんだな!」
「その言葉、そっくりそのままアナタにお返ししますよ」
クラリアは坂吊りのままにやりと笑った。
『おまたせクラリア、時間稼ぎごくろうだったな』
クラリアの脳内に、そんな言葉と、機能はないはずなのにドヤ顔をしている鈴木の表情が目に浮かぶ。
「ハアアアアア!」
ミサイルのような勢いで、ハーフオークの右腕にアイリスは突撃を掛けた。丸太のような腕めがけて小さな、しかし恐ろしい威力を持った拳をぶつける。
ミシリ、ゴキリと肘関節が曲がってはいけない方向へ曲がった音がして、クラリアは解放される。
落下と同時に猫のような素早い動きで男から距離を取る。
「助かりました、アイリスちゃん。天汰さん」
「ごめんクラリアさん、助けるのがおそくなちゃった」
「クラリアお姉ちゃんが無事でなによりです」
天汰、アイリス、クラリアでハーフオークを取り囲むような陣形だ。
「さあ、さっきはよくもやってくれたな、俺じゃなきゃ死んでるぞ」
「お、おまえは、確か馬車に乗っていたヤツのハズ! なぜ生きてる!」
「ん、ああ、新装備のおかげってね」
ハーフオークには伝わらないだろうと思ったが、天汰はそう言った。
「ああそうだ、俺以外の冒険者二人とギルドのお姉さんのダメージも肩代わりしたから、誰もお前にはやられてないぞ」
俺は一気に四人分のダメージを受けて少しだけ気絶しちまったけど、どこも怪我はないぜ、と天汰は付け足す。
見ると、ここから少し離れた場所で二人の冒険者は、この騒動に加担したスラムの住人と戦っていた。ギルド嬢はどこかに身を隠したのだろうと判断する。
「く、クソがああああああ」
ハーフオークは折れてしまった右腕ではなく、健常な左腕で落としたままだったハンマーを拾い、クラリアへと駆け出す。
クラリアもそれを真正面から受けるつもりで駆けだす。
「ダメだ、パワーじゃあのオークモドキのほうが強い、三人で連携して倒さなきゃ!」
天汰がいざという時のために肩代わりの準備をしながら叫ぶ。
(まったくもって正論です)
クラリアは思う。
(でも、私はいま怒っているので、たまには感情的な行動もおこしますよ)
一歩、また一歩と両者の距離が近付く。感覚的にはスローモーションの世界に入り込んだみたいだとクラリアは思う。
勝算はある。人型をしているのなら身体構造も人に似るべきだ。ならば、顎を狙って脳震盪を引き起こす作戦だ。
「はああああああああああああ!」
アッパーカットのように、十手をハーフオークの顎を狙って振り上げる。
「ふごおおおおおおおおおおお!」
ハーフオークも同様に、左手で巨大なハンマーをクラリアに振り下ろした。
そして同時に得物が獲物に届く。
ハンマーの勢いにクラリアは地面に叩き付けられ、そしてハーフオークはニヤリと笑う。そしてそのまま崩れ落ちた。
「クラリア姉ちゃん!」
アイリスが心配そうに駆け寄る。
「――本当に痛くありませんね。これが肩代わりですか」
横たわったままクラリアは呟く。
「クラリアさん!」
天汰も駆け寄ってくる。
「もう、無茶はしないでくださいよ。いくら肩代わりするからといっても肝が冷えましたよ」
「フフ、スイマセン。助かりました」
クラリアはいたずらっ子のように笑う。
『うおーい、みんな無事かな?』
鈴木だ。さりげなくこの戦いの裏の尽力者でもある。
アイリスが鈴木に連絡を取り、その後の指示は全て鈴木が出したものだ。アイリスを落ち着かせて馬車の残骸を掘り起こさせて、天汰を起こすように指示を出し、他の皆を起こすように指示を出し、冒険者をスラムの住人を相手させるように指示を出し、天汰とアイリスにクラリアを援護するタイミングを待ってもらい、と口ばっかりだが割と重要な位置にいたのだ。
二人の冒険者のおかげでこの最終防衛ラインを守ったのである。
「ええ、なんとかみんなのおかげで勝てましたよ」
と、クラリアは微笑んで報告するのだった。




