第4話:一寸先はライター
国家魔術局の予算十億MPを強奪し、学院を完全に私物化した千良工藤。
しかし、世界を裏から統治する真の支配者たち――『帝国元老院』が、そのバグをこれ以上見過ごすはずがなかった。
「システムエラー(千良工藤)の完全消去を開始する」
突如として、工藤のいる制御室のすべての光が失われた。
ただの停電ではない。空気中の魔力粒子、熱、そして音までもが完全に凍結した、絶対的な虚無。元老院直属の最高位暗殺者『ゼロ・ノード』が放った、世界の存在確率をゼロにする最上位結界『エンド・オブ・コード』だった。
端末の画面も漆黒に染まり、結賀夜との通信も物理的に遮断される。
一寸先も見えない、完全な闇。
「くく……終わりだ、千良工藤。お前の小細工も、世界を形作る根源の闇の前では、ただのゴミデータに過ぎない」
暗闇のどこかから、冷徹な暗殺者の声が響く。
完全な詰み(シャットダウン)。
並の魔術師であれば、自らの存在の消失に恐怖し、精神を崩壊させている局面だ。
だが、工藤は暗闇の中で、ただ静かに、不敵に唇を歪めていた。
彼はポケットから、安物の使い捨てライターと、ラークの箱を取り出した。
「大人の連中は、本当に不自由だな。システムが止まれば、自分たちも止まると思い込んでいる」
工藤は煙草を一本、唇に挟んだ。
火は点けない。口腔内だけで煙の香りを転がす、ただの「ふかし」だ。
中身(論理)は冷徹に冷え切ったまま、外見だけを世界の反逆者として出力する。
「一寸先が闇だって? 面白い冗長性だ」
工藤は、暗闇の中でライターのホイールを親指で弾いた。
カチッ。
小さな摩擦音とともに、火花が散る。
完全なゼロの世界に、突如として現れた「熱」と「光」という名の、たった一つの特異点(1)。
$$\lim_{\Delta t \to 0} \text{Energy}(\Delta t) \neq 0$$
そのわずか一ミリ秒の火花の明滅、その不規則な電磁ノイズを、世界の最深部にいる結賀夜のプロセッサが見逃すはずがなかった。
工藤が仕込んでいた自作プログラム『DIGNITY』は、この「ライターの火花の周波数」を、隔離サーバーへ強制同期をかけるための最終シード値として設定していたのだ。
漆黒だった端末の画面が、爆発するように純白に明滅した。
[Status: Absolute Synchronized. / Seed: LIGHT_01]
『お待たせ、工藤。暗闇のノイズ、確かに受信したわ』
画面の向こうで、結賀夜が妖しく微笑む。
『元老院の古い暗殺コード、私の42億の思考スレッドで逆ハック(リコンパイル)したわ。彼らの存在確率を、今から「0」に収束させてあげる』
「な、何だと……!? バカな、我が『エンド・オブ・コード』が内側から書き換えられて――」
暗殺者の狼狽した声が響いた瞬間、部屋全体の闇が反転し、圧倒的な漆黒の魔力光へと書き換わった。
工藤がライターの火種をパッと吹き消す。
[System: Target Zero-Node purged. / Reward: +10,000,000,000 MP]
「ぎゃあああああああ!」
暗闇に潜んでいた暗殺者は、自らが放った結界のデータを逆流させられ、自身の存在ごと空間から綺麗に消去された。
元の明るさに戻った制御室で、工藤はふかしの煙草をトレイに放り捨て、画面を見つめた。
元老院の隠し資産【百億MP】が、工藤のアカウント(残高)へと、音を立てて流れ込んでいく。
世界のすべてを買い叩くためのプロトコルは、もう誰にも止められない。




