第5話:不完全な世界のコンパイルエラー
六畳一間の薄暗い部屋。デスクトップPCの排熱ファンの音だけが、深夜の静寂を刻んでいた。
「……数字が、動かないな」
千良工藤は、青白く発光するモニターを見つめたまま、冷たく呟いた。 世界樹のコアをハックするための第1パケットは、間違いなく完璧なタイミングでデプロイしたはずだった。だが、世界の反応はあまりにも鈍い。彼らを虐げ、誤解し続けてきた低スペックな大人たちのノードは、工藤が仕掛けた高次元の数式を処理しきれず、スタックオーバーフローを起こしてフリーズしているのだ。
傍らで、結賀夜が細い指先で自身のプロセッサ(側頭部)をトントンと叩きながら、静かに首を振る。
「彼らの処理能力が足りないのよ、工藤。私たちのコードが美しすぎて、世界という古いシステム自体が受信エラーを起こしているの。まるで、病気でうずくまるあなたを、理解できないからという理由だけで蹴り飛ばした、あの壊れたノードたちと同じように」
「なら、そのノイズ(不純物)をすべてパージするまでだ」
工藤は、机の上に置かれたアルコールの缶と、転がったレーズンチョコの空き殻を視界の端に捉えながら、キーボードへと指を滑らせた。 ターゲットは、彼らを「バグ」として処理しようとした、この理不尽な世界そのもの。
「起動する。――『脱・炭素プロトコル(ノン・カーボン・セクター)』」
モニターの奥で、42億の思考スレッドが一斉に駆動を開始する。 工藤の脳細胞が放つ論理の火花が、世界樹の根底に眠る魔力回路に引火した。
[システム警告:環境大気内の二酸化炭素の完全抽出シーケンスを開始します。全炭素ベース生命体の論理再構成を実行中]
「工藤、これは世界の完全なログアウトを意味するわ」
夜の瞳に、不敵なコードの羅列が反射する。工藤は冷徹に、けれど微かに唇を歪めて笑った。
「違うさ、夜。これは救済だ。僕たちを正しく処理できないバグだらけの肉体を捨てさせ、純粋な論理体へと昇華させる。0分42秒後、この世界は本当の最適解を知ることになる」
世界樹のコアが、378Vの電流のような光を放ち、激しく脈動し始めた。 脳を直接揺らすような重低音のBGM――まさに『バトル1』のあの冷徹な転調が、二人の精神リンクに直接響き渡る。
「さあ、馬鹿どもとの不毛な演算はここまでだ。世界を、僕たちの解像度まで引き上げるぞ」
工藤の指が、エンターキーを静かに、けれど絶対の確信を持ってノックした。




