第2話:学院の資産(マネー)を凍結せよ
ロバートが物置小屋の壁を突き破って気絶したその翌朝。
帝国魔術学院の全ノード(生徒・教師)は、かつてないパニック(システムエラー)に陥っていた。
「おい、嘘だろ……? 学院の魔導大金庫が、完全にロックされているぞ!」
「受付の魔導端末が動かない! 授業用の魔力クリスタルが一個も取り出せないんだ!」
学院の心臓部である「中央魔導制御室」では、数十人のエリート魔術師たちが、真っ青な顔で火を噴きそうな魔導端末を叩いていた。
彼らがいくら高度な解呪詠唱を入力しても、画面には冷徹な数式が点滅するだけだった。
$$\frac{1}{65535}$$
「バカな……! 帝国が誇る絶対防壁が、たった一晩で完全にハックされたというのか!?」
その時、制御室の重い鉄扉が、音もなく滑らかに開いた。
入ってきたのは、昨日「ゴミ虫」としてパージされたはずの少年――千良工藤だった。
「やあ、大人の連中。ずいぶんと非効率な演算をしているね」
工藤はポケットに手を突っ込み、不敵な笑みを浮かべていた。
「千良工藤!? なぜお前がここにいる! 警備魔術師は何をしている!」
学長が激昂し、指を鳴らして警備の男たちを呼び出そうとした。
しかし、何も起きない。
制御室の魔術セキュリティは、すでに工藤の支配下(ルート権限)にあった。
「無駄だよ。この学院の全システムは、今、僕の『DIGNITY』と、僕のパートナーの領域に常駐している」
工藤が手元の安価な魔導端末のエンターキーを叩く。
直後、制御室のマルチディスプレイが激しく明滅し、純白の空間が映し出された。
そこに浮かび上がったのは、世界最強の魔術演算能力を持つ天才少女――結賀夜の姿だった。
『応答を確認。学園の全魔力資産、計42億MPの凍結を完了したわ』
夜の冷たい、けれど澄んだ声がスピーカーから鳴り響く。
『彼らのセキュリティ、10進法の安っぽい暗号で作られていたわ。私の42億の思考スレッドのうち、たった1スレッドを1ミリ秒走らせるだけで、すべて崩壊した。退屈なゴミデータね』
「な、何者だその少女は!? 42億MPだと!? 学院の全財産が……!」
学長は腰を抜かし、大理石の床にへたり込んだ。
昨日まで工藤を「魔力ゼロのバグ」と笑っていたエリート学生たちも、その場に凍りついている。
彼らが一生かかっても得られない莫大な魔力と富を、工藤は「指先ひとつ」で再定義してしまったのだ。
「千良工藤……お前、一体何をしたんだ……!」
震える声で問いかける学長を見下ろし、工藤は乾いた唇を釣り上げた。
「取引だよ。僕は世界を買い叩けるだけのマネーが欲しかった。そして彼女は、僕の現実のノイズを欲しがった。ただそれだけさ」
工藤は端末を操作し、一億MPのデータを自身の右手に集束させた。
彼の右手が、見たこともない純度の高い漆黒の魔力光で満たされる。その圧倒的な質量を前に、エリート魔術師たちは恐怖で息をすることすら忘れていた。
「世界が僕をパージするなら、僕が世界のルールを書き換える。まずは、この退屈な学院のアドレス(所有権)から、僕の名義に書き換えさせてもらおうか」
[Status: Academy Server Hacked. / Owner: ID_01]
コンパイルが完了した。
帝国魔術学院という巨大な権力が、千良工藤というたった一つのノイズによって、完全に私物化された瞬間だった。




