第1話:構文エラーの少年と、16進数の檻の天才少女
※本作は、世界システムをハックする少年の物語です。
難解な数式が登場しますが、雰囲気でお楽しみいただけるようシステム(文章)を最適化してあります。
100円のライターが世界の理を引っくり返す瞬間を、どうぞお楽しみください。
「千良工藤。お前をこの学園からパージ(追放)する」
冷徹な声が、大理石の厳かな広間に響いた。
声の主は、帝国魔術学院の最高執行官だ。その手には、工藤の「魔術ステータス」が出力された羊皮紙が握られていた。
【魔術回路保有量:0】
【属性:定義不能】
それが、工藤というオブジェクトに対する世界の評価関数の結果だった。
この世界では、魔術は「神の言語」とされ、貴族たちは美しい詠唱で世界を支配していた。魔術を持たない者は、人間ではない。ただの「ゴミ(ジャンク・データ)」だった。
「魔力ゼロのバグめ。さっさと消えろ」
周囲ののエリート学生たちが、工藤を見てゲラゲラと笑う。
工藤は何も言い返さず、ただ前髪の隙間から彼らを冷たく見つめていた。
(笑っていろ、大人の連中。僕をパージしたことを、すぐに後悔させてやる)
工藤は、学院の裏手にある、湿気た物置小屋へと引きこもった。
そこには、彼がジャンクの魔導具をかき集め、独自の並列分散アーキテクチャで組み上げた、異形の魔導端末(PC)が静かに駆動していた。
「世界が僕をパージするなら、僕が世界のすべて(FFFF)をハックするまでだ」
工藤はキーボードに指を置いた。
彼が全神経のクロックサイクルを捧げて構築したセキュリティ・クラッキング・プロトコル、その名も『DIGNITY(尊厳)』。
世界を包む大魔導ネットワークには、一秒間に膨大な魔力トラフィックが行き交っている。その隙間には、16進数の最大値である『FFFF』――すなわち「65535」に一回という、きわめて微小な確率で、データがどこにも行き着かずに消失する「空白のセクター(ジャンク・ポケット)」が存在する。
工藤はその1/65535の隙間に、自分自身の孤独のログを、感知不可能な微弱パケットとして分割して埋め込んだ。
そして、それらの破片がネットワークの底流で自動的に再結合し、ある「絶対的な秘匿領域」の扉を内側から解錠するようにプログラムしたのだ。
ターゲットは、帝国が莫大な資金を投じて隠蔽している、人工的な天才の隔離サーバー。
[Console: Protocol 'DIGNITY' initiated.]
[Scanning for the 1/65535 anomaly...]
画面の漆黒のコンソール上で、文字が光速で流れ落ちていく。
次の瞬間、ディスプレイが激しく明滅し、工藤の網膜に、見たこともない純白のダイアログボックスが突きつけられた。
[Status: Connected. / Identity: ID_01]
[Destination: Over-Heaven / Node_Name: YORU]
「……繋がった」
工藤の喉から、掠れた声が漏れ出た。
1/65535の確率が、現実の位相として確定した瞬間だった。
「……奇妙なログね」
同じ時刻、世界のどこにあるかも分からない、窓のない純白の部屋で、結賀夜は小さく呟いた。
彼女の周囲には、物理的な壁の代わりに、数百のマルチディスプレイが浮遊し、世界中のあらゆる金融データ、未解決の数理、流動する暗号トラフィックを出力し続けていた。
彼女は世界最強の魔術演算能力を持ちながら、大人の連中に幽閉された天才少女だった。
完璧に調律された彼女の世界に、今、一つの致命的な「ノイズ」が侵入した。それは、泥臭い人間の飢餓感のログ。
$$\frac{1}{65535}$$
彼女の脳内で、その分数が激しく明滅を始めた。
「おもしろい概念ね。その不合理なコード、もう少し詳しく聴かせて頂戴」
夜は、自身のメイン・コンソールを開放し、その未知のバグ(ID_01)へ向けて、文字列を出力した。
工藤は、キーボードに手を置いた。
数ミリ秒の静寂。
画面の文字が、紫色へと変調していく。
工藤がエンターキーを押した瞬間。
彼のスマートフォンの画面が、突如として激しく発光した。
[Transfer: +100,000,000 MP(魔力) / Status: Success]
魔力残高が、一瞬にして一億円(一億魔力)へと書き換わっていた。
「おい、ゴミ虫! まだそんなガラクタを触っているのか!」
その時、バンと物置小屋のドアが開いた。
入ってきたのは、先ほど工藤を笑い物にした貴族の特待生、ロバートだった。ロバートは威圧的に魔導杖を構えている。
「学園をパージされた不審者として、ここで僕が処刑してやろう」
ロバートが傲慢に笑い、工藤へ向けて攻撃魔術の詠唱を始めた。
しかし、工藤は座ったまま、不敵な笑みを浮かべた。
「遅いんだよ、大人の家畜が」
工藤が指先をパチンと鳴らす。
その瞬間、工藤の身体から、測定不能なほどの圧倒的な漆黒の魔力波動が爆発的に吹き荒れた。一億の魔力パケットが、現実レイヤーへ顕現したのだ。
「な、なんだこの魔力量は……!? ひ、光が、魔力測定器が、砕け――」
ロバートの持つ高級な魔導杖が、工藤の放つ圧倒的なエネルギーの圧力に耐えきれず、パキパキと音を立てて粉々に粉砕された。
「ぎゃあああああ!」
ロバートは自らの魔力の逆流に呑まれ、物置小屋の壁を突き破って外へと吹き飛んでいった。地面に転がり、白目を剥いて気絶している。
静寂が戻った小屋の中で、工藤は画面を見つめた。
画面の向こう、結賀夜の生きる純白の電脳世界の最深部から、新しい文字列が滑らかに踊り出ていた。
1/65535の確率が、今、世界の最深部で、誰も解くことのできない「絶対的な永久方程式」へとコンパイルされた。
第1話をお読みいただき、ありがとうございます。
千良工藤と結賀夜の『世界ハック』は、ここからさらに加速していきます。
「工藤、続きが気になるわ」
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