08 その心にあるもの
ダンスレッスンばかりして飽きてきた頃の話。
辺境伯城からだいぶ離れた山の中。
俺はまた男の姿で木の陰に身を潜めながら、巻き込まれた護衛騎士の小言を聞いた。(もちろん声のトーンは最小レベルだ)
「……辺境伯夫人ともあろう方が山賊狩りなんて正気の沙汰ではありませんよ……」
「王命とはいえいつ離縁されて結婚生活が終わるか分からない。金は稼いでおくに越したことはない」
「……あなたにも離縁されるかもしれない危機感はあったんですね」
うるせえ。
「これ以上は静かに、黙ってろ」
前世の陰陽師時代の力もまた使えるようだし、やれると思う。
金ヅル探しのために俺は騎士団から山賊の目撃情報のある場所を聞き出した。
最近山賊どもが隣りの領地とを繋ぐ山道を荒らしていると聞きつけてそこに張り込みをしてる。
奴らは旅人を殺し、女性を攫い、村を焼き、挙げ句に税金まで横流ししている極悪非道の連中だ。
悪党には何したっていい。……これぞ。世のため人のため。一石二鳥。
俺は懐から白い紙を何枚か取り出し、指先に魔力を流して呪符を刻んだ。
さて、こちらの世界でも来てくれるか試してみよう。
――式神召喚。
『来たれ白狼』
紙が光を放ち、銀色の毛並みを持つ巨大な狼の幻獣が現れた! やった! こっちでも成功!
こいつが来なかったら護衛騎士と一緒に直接突撃する必要があったが、これなら安全に戦える。
式神の目が赤く輝き、牙は刃物のように鋭い。
俺の魔力で動く、忠実なしもべだ。
夜が更けた頃、俺は山賊の野営地を見下ろす丘の上に立っていた。
焚き火の周りで酒を飲み、捕らえた女性を嬲っている下品な笑い声が聞こえてくる。
「まずは……混乱からだ」
俺は最近仕入れたキセルを口に咥え、『白霧』の術を使った。
野営地の周囲に白い霧が包み込み敵の視界を奪う。
「なんだ!? この、霧は!?」
「急にわいた!」
『白狼、行け。容赦は無用だ』
銀の影が霧の中を疾走した。
族共の悲鳴が上がる。喉を掻き切られ、腕を引きちぎられ、逃げようとした者には紙の式神が目を塞ぎ、そこを騎士達が強襲し、切り伏せるか捕縛する。
俺は高みの見物だ。
悪党の血が飛び散る様を、冷たく見下ろしていた。今度はお前らが奪われる側になるんだよ。
「頭目は……あいつか」
一番派手な鎧を着た大男が、剣を振り回しながら叫んでいる。
俺は最後の呪符を掲げた。
『陰陽五行――金剋木、木剋土、土剋水、水剋火、火剋金。……雷』
地面に円陣を描き、霊力を注ぐと、頭目の頭上に雷が落ちた。
衝撃でバタンと倒れ伏す頭目。
「お頭!!」
「頭目が!」
「ちくしょう!! 辺境伯の魔法使いと騎士か……!?」
「何でわざわざ騎士団なんかがここに!? 城か街の巡回でもやってろよ!」
残った山賊達が逃げ惑う。
「領民の生活を護るのが仕事なんで俺達がここにいても何もおかしくないぞ」
俺はゆっくりと近づき、男達の恐怖に歪む顔を睥睨した。
「くっ!!」
「貴様らの貯め込んだ金、武器、食料……全部いただくし、女たちは解放する。……ま、生き残ったやつは牢屋行きだがな」
白狼と騎士達が残りの山賊を片付けている間に、俺は野営地の奥のテントを漁った。
予想通り、かなりの金貨袋と宝石、積み上げられた物資が出てきた。
馬車二台分は余裕で運べる量だ。
「よし、これで何かを始める時の資金が出来た」
帰り際、解放した女性達はパンと水を持たせて辺境伯家の騎士に安全地帯まで送り届けるように言った。
「騎士達、後を頼んだぞ」
「はい」
荷馬車の荷台の中で毛布や騎士のマントに包まれた女達がこちらを見て言った。
「た、助けてくださって、ありがとうございます……」
「……」
ショックのあまり口もきけない女の子もいた。
あらぬ方向に足を折られてる女性もいた。
……なんということを。
俺は騎士のマントに包まれ、荷台の中で脚の折れた女性の前で膝をついた。
「……これは、どうしてやれば……」
肩の脱臼とは違う……知らず、手を伸ばした。
そう、ほぼ無意識に、患部に。
─の反転。正しい位置に。戻ればいいのに。
そう願いながら。
その時、光が手の平から出た。白く、眩しい、貴き白。
「……極……光?」
騎士がそう呟いたのが聞こえた。
「あれ? この人の足、治った?」
「……」
治癒された女性は呆然としてる。
「治ってるっぽいですね」
荷台に入って覗き込んだ騎士が代わりに答えた。
「ありが……とう」
女性が掠れた声でお礼を言ってくれた。
極光を、纏う者として治癒の力が、覚醒した瞬間だった。
血の匂いと、燃え残った焚き火の煙だけが残るこの凄惨な場所で。他にも怪我をしてる女性の治癒を行った。
騎士達がざわめいてる。
「安全地帯まで行けたら後は自分の家なり好きなところへ行け」
女性達に別れ際声をかけると、何人かは頭を下げた。 体の怪我は治せても、心までは癒せない。
辺境伯城に戻る道中、俺は月を見上げて小さく笑った。
「……野盗の類はどうせまたしばらくしたらリポップするもんだから、また新たな収入源を探そう」
山道なんか山賊の湧きどころなんだし。
「まだやるんですか!?」
護衛騎士達が呆れて声を上げた。
「ちゃんと辺境伯夫人としてこの地の治安の為に貢献してるじゃあないか」
「普通の夫人はこんな事しないのですよ!」
「それより極光ですよ! ホンモノだったじゃないですか」
「山賊狩りなんかしてる場合ですか!?」
「悪党を狩るのは金になり、ストレス発散になり、世のためにもなるじゃないか」
「そんな事より癒しの奇跡は労りの心がないと発動しないんですよ!」
「失礼な、俺にだって労りの心がない訳では無い」
罪のない気の毒な被害者には、助けてやりたい気持ちも湧く。
「帰って旦那様に報告ですよ」
「勝手にするがいい」
特に悪いことはしてないので、騎士の言葉にそう帰した。
俺達は帰路につく。




