30 贅沢な時間
「アリストが怪我をして帰って来ただと!?」
オズヴァルトの声が廊下から響いてきた。
「はい、奥様は王太子妃殿下を庇って怪我をされたとか」
自室のドアをノックされたので、俺はどうぞと許可した。ちなみに今は普通に女の姿のままだ。
すると青い顔をしたオズヴァルトが姿を現した。
「おや、オズヴァルト、どうしました? 血相を変えて」
「怪我を……したらしいな」
「ああ、少しミスった」
オズヴァルトがベッドサイドに大股で歩み寄って来た。
「包帯に血が滲んでいる……新しい包帯と消毒薬を持て!」
オズヴァルトは俺の怪我を見て、侍女達に向き直りそう命じた。侍女達は急いで包帯と消毒薬を取りに行った。
そしてほどなくして、
「お持ちしました! 」と、侍女が用意したものをベッドサイドにあるマホガニーのテーブルに置いた。
「ご苦労、下がれ」
そしてオズヴァルトは消毒薬を手にして、はた、と止まった。
「……?」
「……服を、脱がすぞ」
やつは渋面を作って、そう言った。
「え!? まさか、お前、いや、あなたが治療をするつもりで?」
「ああ」
「医者は今いないのか?」
「……今、城にいるのは男の医者だけだ」
「それがどうした?」
「どうしたもこうしたもない!」
────はっ!と、俺は気がついた。
まさか! 妻の裸を男の医者に見せたくないのか!? そんな気持ちがこの男の中で育っていたのか!? ……これは怪我の功名と言えよう。
「……じゃあ、お願いします」
オズヴァルトは何故か震える手で、ドレスの背中に着いているレースアップのヒモをそろそろと解いていく。
……なにも、震えなくともいいのでは?
しかし、女の服を脱がすことが初めてなら、このように緊張することもあるのかもしれない。
不器用な仕草で消毒薬を傷に塗り、そして包帯を巻いた。……剣ダコのある、大きな手で。
「これで……いいか、包帯がきついとかあるか?」
「……大丈夫」
珍しいものを見るように、オズヴァルトの顔をまじまじと見てしまった。
あのフサフサの髭は剃られてもうない。
目を隠すほどの長い前髪はほどほどの長さで切られ、顔が良く見える。精悍な顔立ちで、ワイルド系の男前だ。
「なにか、望みはあるか?」
ベッドの上で、俺は暇だった。
「あ、歴史の勉強をしないとだった。ネームを描く為に一度俺が読まないと、でも……腕が痛い」
漫画で読める歴史の本を作る予定だったのを思い出した。
そして歴史の文字だらけの本は、ハードカバーで重い。 女性体のアリストの体は細くか弱いので。
「……で?」
「俺の代わりに読んでくれたりする時間ある?」
「……仕方ない、今日は休みをとる」
オズヴァルトはベッドサイドの椅子に座った。
「……ほんとに?」
呆気にとられた。俺のために時間を使ってくれるらしい。驚きだ。
「嘘をついてどうする」
オズヴァルトは眼をふせ、枕元の歴史の本を手にして、それを開いた。
「栞をはさんでいるところからお願いします」
「ああ、ここか」
それから、オズヴァルトは低く心地よい声で、朗読を始めた。
イケボで学べる歴史の授業だ。
贅沢な時間だった。傷の痛みもしばらく忘れた。
──そしてしばらくして、昼食が運び込まれた。
俺がレシピを教えたパンケーキだった。ふわふわの。
「パンケーキだ」
「見るからに柔らかそうだな」
「ああ、柔らかいよ」
「このメープルシロップをかければいいのか?」
「そう」
この男、俺の分のパンケーキにもメープルシロップをかけてくれた。怪我してるとめちゃくちゃ優しいじゃんか。
「甘くて……ずいぶんふわふわだな」
「そういう料理だから」
「歯のない老人でも食べられそうだ」
「かもしれんな」
何故か、口開けてアーンのイベントまで、発生した。
「俺、いや私が老人になっても、こうやって食わしてくれるか?」
「忘れてるのか? 俺の方が年上なんだぞ」
見れば分かる、それは。
「じゃあ、俺が、いや私が食わせてやればいいのか……て、それは老人介護やないかい!」
「……嫌なのか?」
「いや、必要ならやるけども」
「くっ」
オズヴァルトが珍しく俺の前で笑った。
未来を……想像したのか、そんなに長く、一緒にいる様子を。
俺と二人でいる姿を……。




