26 逃亡
騎士団長の結婚式に出席したはいいが、新婦の様子が少しおかしい。
今夜は騎士団長の屋敷に泊まってる訳なんだが、その夜、事件が起きた。
新婚初夜にて新婦が逃亡したらしい。
あの新婦は不自然なほど怯えていたが、それと関係あるのかもしれない。
ともあれ新郎の騎士団長に話を訊いてみることとなった。今は深夜0時だ。
「初夜に逃亡するほど嫌われていたなんて……そんなに俺が嫌なら無理強いするつもりはなかったのに」
「新婦はどこに逃亡したんだ?」
俺がそう訊ねると、
「分かりません」
という情けない答えが返ってきた。
騎士団長は青ざめてガックリきている。さもありなん。
「この屋敷の警備はザルなのか?」
「お祝いの席で飲んでいた者が多かったせいかもしれません」
騎士団長は遠い目をした。そんなノンビリしてる場合か?
「とりあえず捜索しよう。貴族令嬢がこんなに夜中に出歩いてるとろくな事にならん」
俺は窓の外を覗きながら言った。
「新婦は実家ではないのか?」
オズヴァルトが難しそうな顔で問う。
「実家の方には魔法の鳥を飛ばしましたが帰ってないとのことです」
「あー、新婦の実家の様子は?」
「様子と申しますと?」
「怒っていたとか、慌てていたとかそういうことだよ」
「伯爵家の……あちらの父親は怒って……ました」
「怒っていたのは新婦に逃げられた不甲斐ないお前にか? それとも新婦に?」
「アリスト!」
オズヴァルトが言葉が過ぎるぞ!という、非難がましい視線を向けてくる。
「……いえ、あのバカ娘が! みたいに」
「ふーん、じゃあ捜索してくる」
心配するより先にそんな風だと実家に問題ありそうだな。
「奥様自らそのようなこと……私から逃げたいのならもう、そうさせてやった方が……」
騎士団長は既に諦めの境地のようだった。
「お前彼女に惚れてたんじゃないのか!?」
「惚れてるからこそ! 彼女が自由を求めていたり、他に好いた男でもいたのだったら、俺は!」
騎士団長は固く目を閉じ、爪がくい込みそうな程、こぶしを固く握りしめていた。
「まだ詳しく調べてもいないのに!」
「そもそも……話が美味すぎたと思ったんです。あんな綺麗な伯爵家の令嬢が俺などに……と」
「騎士団長、そのように己を卑下するな」
オズヴァルトが騎士団長をなぐさめている間に、
俺はまた男性体で捜索することにした。
彼女を逃がした内通者がいる気がするな、いくら宴席だったとて、貴族令嬢が夜中にひとりで逃亡するか?
いるとしたらメイドの中か横恋慕している騎士あたりか。あるいは御者。
やみくもに探してもなぁ、と俺はまずメイドに聞き込みしてみた。
「彼女に不審なところはなかったか?」
「……確かに変わったところはございました」
メイド長が口を開いた。
「どのように?」
「着替えもお風呂もおひとりで出来るからと我々は手伝わせていただけませんでした」
「……誰も彼女の体を見ていない?」
「はい」
「んん? まさか新婦は実は女装した男だったなんてことはないですよね?」
うちの護衛騎士リックが俺を見ながらそんな事を言ったが、
「いや、あの骨格は女だった、腰つきとか」
と俺はすぐさま否定した。
「非処女だったのでバレると殺されると思って逃げた?」
また護衛騎士リックがそんなたわけた事を言ったが、
「……たかが非処女だった程度で伯爵令嬢って殺されるのか?」
「いえ、騎士団長はそのような方ではありません」
「メイドの1人が奥さまと同じタイミングで居なくなりました」
「やはり逃亡を手引きした者がいたか」
俺は出かけた。
馬車を使った形跡がないなら女の足ではそう遠くまでは行ってないとふんだ。
騎士団長の屋敷の庭園から紙の式神を飛ばした。
人気のないところと、人のいるところに飛ばす。
人のいるところは、宿屋や歓楽街だ。
知り合いのいない土地で、女でもこっそり紛れることが出来そうな場所。
宿屋と林や森の中。しばらく式神と視覚共有をしていたら、林の上空を飛ぶ式神が湖の近くで、それらしき女を見つけた! 月下の湖畔で思い詰めたような顔をしていた。
「騎士団長のとこの馬を借りるぞ! 湖近くの林の中まで行ってくる!」
「えっ!? アリスト様、お待ちを!」
護衛騎士が二人、慌てて追いかけてくる。そして湖側に俺達は到着した。
「みーつけたっ」
「きゃっ!!」
新婦の背後から近づき、俺は肩を掴んだ。
「こんな夜更けにお散歩ですか?」
「……!」
俺が問いかけると彼女は青ざめた。近くにメイドもいた。
「申し開きがあるならしてみてください、初夜から逃げるほど騎士団長がお嫌いですか?」
「ちがいます!」
「では何故逃げたのですか? そこのメイドにそそのかさされて?」
メイドがビクリと肩を震わせた。新婦も震えていた。寒さからではない。初夏なので。
「……メイドは私に同情してくれただけです。私が……逃げたのは……嫌われると……思ったからです」
「それはなぜ?」
彼女は俺に見つかったからには、もう話すしかないと思ったようだ。
「わ、私が、傷モノ…だからです! それを隠していました!」
新婦は泣き出した。
「……失礼とは思いますが、既に処女ではないという意味ですか? それとも物理的に傷が体にあるということですか?」
「……後者です」
「ぱっと見、顔にはありませんね」
俺は彼女の顔を見てそう言った。髪型はワンレンで、おでこも出てる。
「服を着ていると見えない場所に…」
「その傷はどうしてどうして出来たのですか?」
「家庭教師が……ムチで」
「その家庭教師おかしいですよ。男ですか?、女ですか?」
家庭教師の分際で嫁入り前の娘になんてことをしてるんだ! しかも貴族令嬢に!
「ガヴァネスは女……ですけど」
「傷は足ですか?」
「ひざ裏と……背中に」
「実はわたし、女なので傷を見せて貰っていいですか?」
「え?」
「アリストです」
男性体をやめて女性体に戻ったので、服がガバガバになった。
「……!!」
「護衛騎士の2人は後ろを向け!!」
俺はさっきまで空気だった護衛騎士にそう命じた。
「「はっ!!」」
そして膝裏、太腿、背中に傷を確認した後ですぐさま服を着て貰った。
「たしかにひざ裏と太もも裏と背中に傷はあったが、これはあなたのせいではなく、家庭教師が悪いのでは?」
「……でも、こんな傷があるのに黙っていたなんて、嫌われてしまうでしょう!」
「初夜から黙って逃げるより、素直に傷がありますって言えば、あの男は許しますよ」
「え!?」
「ふつーの貴族のボンボンじゃなくて、あいつは騎士団長ですよ! 己の体にも無数の傷があります」
「騎士と令嬢ではちがうではないですか!」
「それはまぁ、しかし、相手は傷ごときであなたを冷遇などしないと思いますし、離婚もしたいとは思わないでしょう」
「どうしてあなたにそんなことが分かるんです!?」
その時、馬のいななきが聞こえた。ヒヒーンてな。
「いいえ、この件に関しては、アリスト様が正しいです、俺は傷など気にしません!」
「騎士団長!!」
騎士団長が馬から降りてそう語る。
「アリスト様が馬を走らせる前に行き先を伝えてくださったので、俺もここに来れました」
「こ、こんな…っ、傷物の私を許してくださるの!?」
新婦は泣きながら言った。
「あなたに対して何も怒ってません、しかし、その傷をつけた相手には怒ってます」
騎士団長は新婦を優しく抱きしめた……。
俺は令嬢の背後に立って、静かに手をかざす。
『癒しの力よ……』
「え?」
「あー試しに癒しの魔法かけてみたんで、帰って初夜のやり直ししてみてください、治ってなかったらごめん」
やるだけはやってみた。最近覚醒したばかりの治癒の力だからイマイチ自信はない。
「あ、アリスト様、ひ、ひざ裏だけ、今確認していただいても?」
「いいよ」
「申し訳ありません」
コソッと一瞬スカートをめくって見た。
「……あ、治ってるね! おめでとう!」
「あ、ありがとうございます! アリスト様!」
「……あの、そんなに酷い傷だったなら、俺が夫の俺が確認すべきだったのでは!? 家庭教師を締め上げるのに証拠が!」
「好きな人にはキレイな姿のみ見てて欲しい女心ってのがあるかもしれんだろ」
「そ、そうです!」
「家庭教師は希望あるならこっちでシバいとくよ、同じ場所に傷いれとくから」
「アリスト様が!?」
騎士団長が驚いた。なんで? 俺の性格知ってるだろ?
「伯爵家であの家庭教師を問題にしてないなら、あの家にも問題あるんだろ?」
新婦は翳りのある顔で頷いた。




