13 フレデリカとクラメル
王都のタウンハウスの数日間の滞在を最大限に活用することにした俺は市場で壁の花令嬢と遭遇した後、その後の時間の潰し方を考えた。
「せっかくの王都だ。花街は夜が本番だけど……日中はあそこに行ってみるか」
最近、貴族や富裕な商人たちの間で流行っているという「シーシャ屋」つまり水タバコ専門店に行ってみることにした。
地球の記憶にある水タバコ店がこの世界でも上流階級の社交場として注目されているらしい。
花町の真髄は夜だからちょうどいい暇つぶしになる。
店は王都の中央通りから少し入った、落ち着いた石畳の路地にあった。看板には金色で霧の間と書かれている。
護衛騎士が二人ほど離れた場所からついてきてるので、俺は手招きした。
「その店に入るのですか?」
「そうだ」
扉をくぐると、甘い煙の匂いがふわりと鼻をくすぐった。
「いらっしゃいませ。初めてのお客様ですか?」
店員の美しいエルフの女性が微笑む。なんと、ここでエルフ登場とは!
これぞ異世界ファンタジーな世界だ。ブラボー!
俺は辺境伯家の紋章が入った木札を見せたので、すぐに上客と判断されたらしい。
奥の豪華な装飾のソファ席に案内され、座るなりメニューを渡される。
「本日のおすすめは、南方産の蜜桃と白檀の調べと、森のハーブに龍胆の花を添えて。でございます」
手渡されたメニューに軽く目を通して、
「じゃあ、まずは蜜桃と白檀のやつを。炭は上等な魔石炭で頼む」
店内は柔らかな魔石ランプの光に包まれ、天井の高い空間に煙がゆったりと舞っている。
壁にはフェニックス柄の厚手のタペストリーが掛けられ店内では楽師を雇ってるらしく、ハープを奏でる美女エルフがいた。極楽かよ。
客は三十代から五十代くらいの貴族紳士や、商工会の重鎮たちが多く、皆ゆったりと煙を味わいながら談笑している。運ばれてきた水タバコは立派なものだった。
本体は磨き上げられた真鍮とガラスでできており、ボディには美しい波打つ模様の彫金が施されている。
水を張ったガラス容器の中には、淡い金色の液体が揺れ、底には小さな魔石が光って水を適温に保っていた。
ホースは柔らかな革巻きで、先端のマウスピースは滑らかな象牙風の素材だ。
店員が炭に火を入れ、蜜桃のドライフルーツと白檀のチップを混ぜた専用タバコを丁寧に詰めていく。
「どうぞ、お客様」
俺はホースを手に取り、ゆっくりと吸い込んだ。
「……ほう、これはなかなか、お前たちも適当に楽しめ」
護衛騎士二人にそう言ったが、任務中ですと断られ、実直に壁際に立ってる。まぁ、いいか。
──最初に口の中に広がったのは、熟れた桃の甘い香り。
続いて喉の奥に白檀の深く甘やかな樹木の香りが滑り込み、肺まで届くと、ふわっとした心地よい重みと共に全身を包む。
吐き出すと、目の前で白く淡い煙が美しい渦を描きながら立ち上った。
煙は普通のタバコよりずっと細やかで、まるで霧のように軽やかだ。二口、三口と味わうごとに、気持ちがほぐれていく。
魔力で微かに調整された煙は、単なる煙草ではなく、軽いリラクゼーション効果のあるハーブも配合されているらしい。
肩の力が抜け、異世界に来てからの緊張が溶けていくような感覚があった。
周囲では他の客が低く笑いながら政治や商談、時には女性の噂話を交わしている。
俺は二杯目に森のハーブに龍胆の花を注文した。
今度は爽やかなミント系の清涼感と、ほのかな苦味のある青い花の香りが混ざり合い、桃の甘さを中和してくれた。
「はあ……いいな、これ」
美女エルフのハープ演奏に耳を傾けつつ、前世では味わえなかった異世界ならではの楽しみ方が出来てる。
煙を吐きながら、天井のシャンデリアをぼんやりと眺める。
辺境伯家に嫁いで王都に来なければ、こんな場所を知る機会もなかっただろう。日が傾き始めた頃、俺は店を出た。
財布には先日の山賊討伐で得た金がしっかり入っている。
「さて……本番だ」
夜の帳が降りた王都の花街は、色とりどりの魔石灯が煌々と輝き、甘い香水と酒の匂いが混じり合っていた。
身体のラインに添わせるようなセクシーなドレスを着た女性たち、妖艶な笑みを浮かべるダークエルフの踊り子、客引きの声。
俺は路地をゆっくり歩きながら、店先の看板を物色した。結局、それなりの高級店に入ることにした。高けりゃ可愛い子が多いはずだし。
「あの、本当にこの店に入られるので?」
護衛騎士が困惑してる。
「お前達も楽しんでこい、2時間後に店の入口で合流な」
「ええー」
「じ、自由過ぎますよ、いくら男性体になれるからと」
あなた人妻なんですよ!と言いたいのだろうが、
「大丈夫、本番はなしてお触りするだけにとどめるし、旦那が女嫌いで妻の俺……いや、私に手を出さないし、どこかで発散したって良いだろ」
「「うっ」」
騎士二人は痛い所をつかれて黙った。
柔らかな絹の寝台、香り高いワイン、そして美しい黒髪の人間族の女性が微笑んで俺を迎える。
「女の子は何処で選べるのかな?」
水タバコでほぐれた体と心は、夜の愉しみをより深く味わう準備ができていたと言える。
「こちらへどうぞ」
紳士達の待機室へ案内されると、硝子向こうの隣の部屋が見える作りになっていた。
娼婦達がキセルを吸ったり本を読んだり、紅を塗り直したりしつつ、それぞれ客に指名されるのを待っていた。
俺は胸が大きくてまるで貴族令嬢のように気品の有るブロンドの子に目を止めた。しかし震えてるし顔色も悪い。
「お客様、お目が高いですね、あの子は新入りで、元貴族ですよ」
30代くらいの痩せぎすの男性従業員に声をかけられた。
「元貴族がなぜこんなところに」
俺は訝しんだ。
「なんでも元は伯爵令嬢なのに婚約者の侯爵令息に婚約破棄され家門から追放されたらしいのです」
「婚約破棄された被害者がどうして追放されるんだよ」
「恋敵を殺そうとしたらしいので罪人なんです」
「恋敵とは?」
「どこぞの侯爵家の令嬢、後から来た方が家格が高いので焦ったんでしょう」
「でも彼女、伯爵令嬢の方が先に婚約してたんだろ?」
「侯爵家の方が金があって後ろ盾になりますし、侯爵令嬢の元婚約者は魔獣討伐で亡くなってしまったから急にフリーになったんです」
にわかにきな臭い。
伯爵令嬢から金持ち侯爵令嬢に乗り換えたくて侯爵令息が嘘ついたりしてないか?
「あの子がいい、元貴族の」
「元貴族の初物なので少々お値段がはりますが」
「いい」
「では、フレデリカを」
山賊狩りの金があるし。
俺は本人に話を聞いてみることにした。
彼女の元の名前は、フレデリカ・ヒールトン・ハーペレというらしかった。
「別に本番はしなくていいから、楽にして」
「え?」
高い金を払って本番なしでいいと言われて困惑してるようだ。
「でもせっかく金は払ったし身体は触るけどいい?」
「いいも悪いも……」
罪人あつかいだからそちらに選択肢はないんだな。
「じゃあそこのベッドに横になって」
彼女は薄い透け感のあるベビードールみたいな衣装を着せらせていて、ぎこちない仕草で横になった。
「は、はい、これでよろしいのですか?」
「うん、胸の谷間に顔突っ込むから、ここに来るまでの経緯を話してくれるかな」
しれっとそんな事を言ってくる俺に面食らっていた。そして彼女の豊かな胸に顔を突っ込んでるので、心音がバクバクいってるのがわかる。
柔らかくていい匂いする。
「あ、わたし、ほんとに彼女をならず者に襲わせて殺そうなんてしてないのに……」
フレデリカがすすり泣く。
「冤罪ってこと? 詳しく説明してくれ」
「……はい。侯爵令嬢をならず者を使って襲わせたなんて言われました。ならず者の知り合いもいないのに」
「あー、なんで君が送り込んだってことになったんだろね」
「もしかしたら私が先妻の子だし、後妻の義理の母が私のこと邪魔になって、元婚約者のクラメルと結託したのかもしれないのだけど、私にはなんの力もないから。──あ、元婚約者はクラメル・レ・ヴェロスラフと言います」
クラメル・レ・ヴェロスラフ。ね。
「しかしまた義母が悪いことしてるのか」
「また?」
「いや、すまない、別の家の話、んー、どうすっかな」
俺は思案した。
「どうとは?」
「とりあえずおっぱいと尻揉ませてくれる? それで君を見受けしてあげる」
「え!? そんなことだけで!?」
抱かなくていいのかと驚いてる。
「まぁ、被害者なんだろし、俺専属の癒し要員が家にいてもいいかなって。表向きマッサージ師として雇うことにしよう」
「あの、わたしにマッサージの技術は有りませんが」
「しかも揉むのは俺の方だ。気にするな」
「ふっ、おかしな人」
フレデリカはここで肩の力が抜けたのか、初めて笑った。可愛い。
「それで、俺に見受けされて揉まれまくる覚悟はある?」
最終確認。
「こ、ここから連れ出していただけるなら!」
「ついでに冤罪の証拠は探してあげるよ。復讐もするなら手伝う」
「えっ! 復讐までしてくださるの!?」
フレデリカは驚いた。
「君が娼婦に落とされたんだし、やられたらやり返さないと」
俺はフレデリカの白く柔らかな尻をやわやわと揉みながらニヤリと笑った。




