12 アリストと壁の花令嬢
ガルナバーシュ辺境伯家のタウンハウスに辺境伯と共に来た。それから夫人の部屋にて女性体に戻り、ドレスに着替えなおした。
サロンに向かうと大理石のテーブルの上に皿に盛られたさくらんぼがあった。
そしてサロンのソファでは先に辺境伯が座っていた。
メイドが急いで茶の用意に向かい、俺は辺境伯と反対側のソファーに座った。
流石にオズヴァルト……辺境伯も食べる可能性があるものに毒はないだろとさくらんぼを口に入れた。美味しい。
久しぶりにさくらんぼの茎を舌先で結んでみた。
まだやれる。前世でたまにやってた。
「そなたは一体何をしているんだ?」
茎ごと口に入れてモゴモゴしてる俺を見て不審がる夫。
「さくらんぼの茎を舌先で結んだ」
ぺろっと舌先に乗せたその姿を見せた。
「な、なんの為にそのようなことを?」
貴族の夫人としてははしたないかなと思いつつ茎を紙に包んで捨てた。
「宴会芸で役に立つかもしれなくて」
「そんな宴会芸があるか」
「これが出来る人はキスが上手いって噂があって」
「はっ!?」
俺の言葉に動揺するオズヴァルト。
「オズヴァルト様も……試してみたいかな?」
可憐なアリスト夫人の姿でわざわざ名前を言ってみたが。
「馬鹿なことを!」
そういや女嫌いだっけか。
今も前髪は長く、髭もモッサーで顔がよく見えないけど、耳は赤い。照れてるみたいだ。
「そんな前髪長くして目が悪くなると思うしミルク飲んだら髭周りがおもろいことになると思う」
「……」
メイドがお茶を持ってきたけど、辺境伯は席を立って自室へ運べと言って去った。まぁ、いいか。
あとは風呂入って寝るだけにして、花街遊びは明日にしよう。
そして女性体に戻って温かい風呂に入りながらパーティーでの出来事を思い出した。
あの壁の花令嬢……確か名前はセシルだったか?
彼女の手荒れを治療したのはいいが、家に帰ってまたアウレーリアとかいう名前は綺麗だけど性格に難ありの妹達にこき使われたら根本的な解決にはならないな……などと考えた。
あの子が……セシルがまた実家で虐められてないといいが……。
◆◆◆
朝を迎えた。
今朝は王都のタウンハウスで毒味係の雑巾はいないし、俺を怒らすとろくな事にならないという噂は広がったらしいから、タウンハウスでは普通に食事をする事にした。
庭に出ると美しいバラが咲いていた。
今はアリストという美少女の中にいるから似合うと思うが、カメラがないのは残念だ。
せっかくの映えスポットなのに。
花街へは流石に朝から行っても仕方がないと思って差し当たり市場に行くことにした。
夫の辺境伯に男性体になってから王都の散策をしてくると一応伝えに行くと、
「仕事があるから付き合えないが問題は起こすなよ」
と、返された。
一応外出は許された訳だ。俺はニヤリとほくそ笑んだ。
俺はまた男性体になった。
こっちの方が女一人で街歩きするより安全だ。
服装は一般人騎士レベルまでドレスダウンした。
このたくましい身体なら騎士に見えなくもない。
かくして俺は昼日中から花街へは行けないから、ひとまず市場へ向かった。
王都の市場は流石にけっこうな賑わいを見せていた。
春の陽光と街路樹の木立に触れた光がモザイクの影を商人達の店にも落とす。
ずらりと並ぶテントの屋根、屋根もなく敷物だけの簡易なものもある。
客寄せの声や威勢のいい声が響く。
異世界の知らない果物も並んで彩りをそえている。新鮮な作物が目に楽しい。
「いらっしゃい、そこの素敵な銀髪のお兄さん、新鮮な果物いかが?」
「ん? 俺か」
周囲をキョロキョロ見渡しても銀髪は他に居なかったからそうらしい。
「これは……丸い果物だな」
メロンに似てるようだが。
「これは小さなメロンだよ、優しい甘さがあるよ、追熟すればもっと甘くなる」
メロンで合ってた。
あー、そーいや前世での食べられるグリーンカーテンとして人気な自宅で育てられるタイプのメロンがこんな見た目だったかも。
試食をくれた。
まだ少し果肉が硬いが、味は確かにメロンだ。
「二つ貰おうか」
あんまり買っても荷物になるから、少しだけ買った。
「毎度あり」
ミニメロンを買ったところで昨夜の壁の花令嬢がいた。
先日よりさらに地味なメイドのような服で市場にいた。
「あれ? 君は……もしや買い出しさせられてる?」
「え? 貴方は昨夜の辺境伯家の方!?」
「ああ、そうだよ」
どうやらパーティーが終わった途端早速使い走りさせられてる。
「先日はどうもありがとうございました」
「セシル嬢、君、同じ働くなら別の環境がよくないか?」
「え?」
「辺境伯家の侍女とかどうかな? アリストの名前で君を雇おう」
「え?」
「まだ辺境伯夫人に侍女の一人もついてないんだよ、おかしいだろ?」
「あ、辺境伯の夫人に侍女がまだおられないと」
「あの家から逃げ出したければ、王都にいる間に辺境伯家に飛び込んでおいで、話は通しておく」
「な、なんでそんなに親切にしてくれるんですか?」
「困ってる女の子を見たら人は助けるもんじゃないかな?」
別にこの子からは俺への敵意はまったく感じないからな。
「私を……助けてくださるの?」
彼女は涙目で俺を見上げてた。俺は頷いた。
「あの家は地獄なんだろ? 俺達がタウンハウスに滞在してる二日以内に逃げておいで」
俺は腰のバッグから小さな手帳を取り出してメモを書いた。セシルをアリストの侍女として迎えて欲しいと書いて式神に持たせてタウンハウスのオズヴァルトの元へ飛ばした。
「紙の人の形をしたものが……紙を抱えて飛んでいく……あれは?」
「俺の式神、使い魔的なものだ。君が来たら受け入れて欲しいと辺境伯に書いたメモを持たせた」
「……!」
「これから俺はちょっと野暮用あるけど、決心ついたらおいで。あ、これさっき買ったメロンだけど一つあげるよ。まだ少し硬いから追熟推奨」
「え? あ、ありがとうございます」
強引にメロンを渡されて驚く令嬢を置いて俺は市場散策を続けた。悩む時間がいりそうだったから。今が地獄だったとて環境が変わるのは怖いだろうからな、行った先が更なる地獄だったらどうしようかと。




