風と太陽
◇◇◇
大男が店から出ていこうと扉を開けた――。
その時、外から突風が入ってきて、勢いに圧され思わずその場の全員がよろける。
「見つけましたわっ、私の旦那様!」
茶色い髪を靡かせて入ってきたマリーお姉様。
「誰かと思えば……マリー嬢、そこを退いて頂けますか?」
アントニオがずり落ちた眼鏡を直しながら声をかけた。
「マリーお姉様?……なぜここに」
「黒髪の素敵な男性と、庶子が出掛けたと、使用人が言ったからよ!」
私達が裏口から出たのを見られていたのね。
「マリー嬢、私は忙しいのでそこをお退きください」
アントニオがイライラしながら再び声をかけた。
「嫌よ。庶民の癖に私に退けと命令するなんて。その男性は私の夫よ、下ろして頂戴」
カイン様は、いつの間にかお姉様の夫になったらしい。
その声を聞いて、カイン様の指がピクッと僅かに動いた。
「何を言ってるか解りかねますね。その男は私に乱暴を働いたので連行しているのです」
アントニオは口元をひきつらせた。
マリーお姉様は堂々とカイン様の所有者であると、主張している。
「私が命令しているのよ!早くおろ……」
後ろに立っていた男が、お姉様の首もとに一撃いれた。
最後まで言い終わらないうちに、マリーお姉様が意識を失い、ゆっくりと前へ倒れていくのが見えた。
「危ないっ!」
倒れて顔に怪我をしたら、貴族女性としては結婚が望めなくなるほど致命的だ。
咄嗟に手を出そうとしたけど、手首を捻られた。
「っ!」
痛みが走る。
その時、黒い影がお姉様の肩を支えた。
「女性には優しくしろ、とエレノアに言われてるからな……本当は、そんな義理もないんだが」
「カイン様……ありがとうございます」
ホッとする。
手首がじんじんと痛むが、そんなことはどうでもいい。
倒れて顔に怪我をしたら、貴族女性としては結婚が望めなくなるほど致命的だ。
「カイン様、お姉様を連れて逃げてください!」
マリーお姉様は、この場から引き離さないと危険だ。
カイン様は眉を潜めた。
「クラリスはどうするんだ?」
アントニオは私の手首を強く握っている。
「いいから、早く出ていって!なんとかなるからっ」
カイン様は、眉間に皺を寄せながらお姉様を抱えて外へと飛び出した。
「はは、ははは!クラリス嬢、邪魔な者たちはいなくなりましたね。これで貴女は私の物……聖女の力も私のものだ」
「せい、じょ……なに?」
何の話だろう。
聖女なんて、子供の絵本のお伽噺だ。
現実に、そんなものいるわけがない。
「さて、クラリス嬢。婚約破棄は出来なくなりましたね。貴女の恋人は逃げ出した」
アントニオは、うっとりとした表情で私の頬を撫でる。
ぞわりと肌が粟立つ。
「やめて、触らないでっ!」
身をよじるけど、ギリギリと手首を締め上げられた。
暴力を受けるかもしれないという恐怖に、足がガクガクと震える。
「さて。今日から貴女の恋人は、この私だ」
「誰が貴方なんかと!」
力一杯睨み付ける。
「そんな事を言えるのは、今のうちですよ。すぐに、妻として従順にしてさしあげますから」
痛みと恐怖で無意識に涙が出る。
視界が滲んできた。
その時、アントニオの背後に誰かが立っているのがぼんやり見えた。
「……ん?誰だ――」
その背後の人物は、アントニオの手を捻りあげ私の手首を解放してくれた。
「何を……ぐはあっ!!!」
ドスッ!
バキバキバキッ――。
突然アントニオが吹っ飛んだ。
「は……な、に?」
アントニオは壁まで飛んでいき、テーブルがバキバキに壊れている。
そして、その上で呻いていた。
私は、何が起きたか解らず、足の力が抜けて床に座り込む。
人影が、床に落ちたアントニオの眼鏡を拾い上げ、ゆっくりと私の方に近づいてきた。
恐る恐る顔をあげる、そこには――。
「……クラリス。遅くなって悪かった……泣いてるな、どこか痛むのか?」
低くて甘い声と、キラキラした金の糸が私の前に降ってくる。
温かい指で、私の涙をそっと拭ってくれた。
「……フィ……フィン?」
「ああ。俺だよ、クラリス。迎えにきたんだ」
私は、大好きなその姿を見た途端に、涙が止まらなくなった。
無言で頷く。
恥ずかしくて、慌ててハンカチを取り出し顔を隠す。
フィンはそんな私を抱き上げて、頬にキスを落とした。
「だ、誰だお前……こんなことをして――」
フィンは拾い上げた眼鏡を一瞥した。
「では、聞くが。『これ』は王家の物だ。何故お前のような者が持っている?」
「え、あ……そ、それは」
急にしどろもどろになるアントニオ。
あの眼鏡って、王家のものだったの?!
「フィン様!」
「遅いぞカイン。この男を捕らえ尋問しろ。『これ』の入手経緯を吐かせろ」
「はっ!」
跪いて頭を下げるカイン様。
気付くと、アントニオの部下らしき男たちが黒い服の人達に拘束されている。
「俺はクラリスを母君のところへ連れて行く」
「お、お母様のところですか?」
こんな大事になって、あまり顔を合わせたくない。
「母君も心配しておられたよ。大丈夫、俺が一緒にいるから」
そういって馬に乗せてくれた。
「クラリス、馬には慣れているか?」
「……少しだけ」
「俺に寄りかかればいい。ゆっくり走るから」
フィンの温もりに包まれながら、お母様のところへ戻った。
◇◇◇
「クラリスちゃ~ん!!大変だったわね、怪我はないかしら」
ベタベタとお母様に体を触られる。
最後におでこ同士をコツンとされた。
「はあ、安心したわ」
お母様はニッコリ笑った。
「お……さわがせして……すみません」
「いいのよ。クラリスちゃんが無事で。フィンくん、カインくんありがとうございました」
ぺこりと頭を下げたお母様に、カイン様は恐縮して、フィンは。
「俺の大事な人ですから」
さらりと答えた。
思わず頬が熱くなる。親の前って、結構居たたまれないものね。
「ふふ。これからも娘をよろしくお願いしますね」
「もちろんです。母君もご無理なさらぬようにして下さい」
フィンは、お母様にニコニコ笑いかけた。
「あら、まだまだ若いつもりなのよ」
「分かっています。聖女様は昔と同じくらいお若いですよ」
「フィンくんは、昔からお世辞が上手よね」
「まって!!!」
「なあに?」
「クラリス?」
ちょっと待ってほしい。
今、さらりと爆弾発言出てましたよね!?
聖女とか、何とか。
「……フィン、誰が聖女様です?」
「君の母君だよ」
「私よ。正確には、元聖女ね」
いやいやいや!
聖女?母が?あんなにぽやんとした人が!?
「クラリスちゃん、レンフィールドは作物が良く育つでしょう?あれ、私の能力よ」
「素晴らしい能力ですよね」
フィンがお母様を褒める。
「あらあ、もっと褒めて!」
目眩がしてきた。
「誰か、嘘だと言って……」
「あれだ、クラリス……強く生きろよ。たまには流されるのもいいものだぞ」
カイン様に慰めの言葉をもらう。
「……カイン様に同情されるなんて、負けた気分だわ」
「お前、酷いな!?」
私の婚約騒ぎは、こうして幕を閉じた。
「フィン。アントニオはどうなるんですか?」
気になったので、聞いてみたの。
「王家の物を私欲で悪用していたからな――」
フィンは少し考えるように目を伏せた。
はあ、悩む姿も尊いわ!
「さて、どうしようか」
「っ!」
フィンの表情を見たカイン様が、顔を青くして小さく息を飲んだ。
顔を上げたフィンは、私に優しく笑いかけた。
「秘密」
と言って、結局教えてくれなかった。
この後は、フィン視点が入ります。
お楽しみに!




