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攻略対象じゃないと思ったのに、うっかり溺愛ルートに入るようです  作者: 古東 白


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9/11

風と太陽

 ◇◇◇


 大男が店から出ていこうと扉を開けた――。


 その時、外から突風が入ってきて、勢いに圧され思わずその場の全員がよろける。


「見つけましたわっ、私の旦那様!」


 茶色い髪を靡かせて入ってきたマリーお姉様。


「誰かと思えば……マリー嬢、そこを退いて頂けますか?」


 アントニオがずり落ちた眼鏡を直しながら声をかけた。


「マリーお姉様?……なぜここに」

「黒髪の素敵な男性と、庶子が出掛けたと、使用人が言ったからよ!」


 私達が裏口から出たのを見られていたのね。


「マリー嬢、私は忙しいのでそこをお退きください」


 アントニオがイライラしながら再び声をかけた。


「嫌よ。庶民の癖に私に退けと命令するなんて。その男性は私の夫よ、下ろして頂戴」


 カイン様は、いつの間にかお姉様の夫になったらしい。

 その声を聞いて、カイン様の指がピクッと僅かに動いた。


「何を言ってるか解りかねますね。その男は私に乱暴を働いたので連行しているのです」


 アントニオは口元をひきつらせた。

 マリーお姉様は堂々とカイン様の所有者であると、主張している。


「私が命令しているのよ!早くおろ……」


 後ろに立っていた男が、お姉様の首もとに一撃いれた。

 最後まで言い終わらないうちに、マリーお姉様が意識を失い、ゆっくりと前へ倒れていくのが見えた。


「危ないっ!」


 倒れて顔に怪我をしたら、貴族女性としては結婚が望めなくなるほど致命的だ。

 咄嗟に手を出そうとしたけど、手首を捻られた。


「っ!」


 痛みが走る。


 その時、黒い影がお姉様の肩を支えた。


「女性には優しくしろ、とエレノアに言われてるからな……本当は、そんな義理もないんだが」


「カイン様……ありがとうございます」


 ホッとする。

 手首がじんじんと痛むが、そんなことはどうでもいい。

 倒れて顔に怪我をしたら、貴族女性としては結婚が望めなくなるほど致命的だ。


「カイン様、お姉様を連れて逃げてください!」


 マリーお姉様は、この場から引き離さないと危険だ。

 カイン様は眉を潜めた。


「クラリスはどうするんだ?」


 アントニオは私の手首を強く握っている。


「いいから、早く出ていって!なんとかなるからっ」


 カイン様は、眉間に皺を寄せながらお姉様を抱えて外へと飛び出した。


「はは、ははは!クラリス嬢、邪魔な者たちはいなくなりましたね。これで貴女は私の物……聖女の力も私のものだ」


「せい、じょ……なに?」


 何の話だろう。

 聖女なんて、子供の絵本のお伽噺だ。

 現実に、そんなものいるわけがない。


「さて、クラリス嬢。婚約破棄は出来なくなりましたね。貴女の恋人は逃げ出した」


 アントニオは、うっとりとした表情で私の頬を撫でる。

 ぞわりと肌が粟立つ。


「やめて、触らないでっ!」


 身をよじるけど、ギリギリと手首を締め上げられた。

 暴力を受けるかもしれないという恐怖に、足がガクガクと震える。


「さて。今日から貴女の恋人は、この私だ」


「誰が貴方なんかと!」


 力一杯睨み付ける。


「そんな事を言えるのは、今のうちですよ。すぐに、妻として従順にしてさしあげますから」


 痛みと恐怖で無意識に涙が出る。

 視界が滲んできた。


 その時、アントニオの背後に誰かが立っているのがぼんやり見えた。


「……ん?誰だ――」


 その背後の人物は、アントニオの手を捻りあげ私の手首を解放してくれた。


「何を……ぐはあっ!!!」


 ドスッ!

 バキバキバキッ――。


 突然アントニオが吹っ飛んだ。


「は……な、に?」


 アントニオは壁まで飛んでいき、テーブルがバキバキに壊れている。

 そして、その上で呻いていた。


 私は、何が起きたか解らず、足の力が抜けて床に座り込む。


 人影が、床に落ちたアントニオの眼鏡を拾い上げ、ゆっくりと私の方に近づいてきた。


 恐る恐る顔をあげる、そこには――。



「……クラリス。遅くなって悪かった……泣いてるな、どこか痛むのか?」


 低くて甘い声と、キラキラした金の糸が私の前に降ってくる。

 温かい指で、私の涙をそっと拭ってくれた。


「……フィ……フィン?」

「ああ。俺だよ、クラリス。迎えにきたんだ」


 私は、大好きなその姿を見た途端に、涙が止まらなくなった。

 無言で頷く。


 恥ずかしくて、慌ててハンカチを取り出し顔を隠す。

 フィンはそんな私を抱き上げて、頬にキスを落とした。



「だ、誰だお前……こんなことをして――」


 フィンは拾い上げた眼鏡を一瞥した。


「では、聞くが。『これ』は王家の物だ。何故お前のような者が持っている?」

「え、あ……そ、それは」


 急にしどろもどろになるアントニオ。

 あの眼鏡って、王家のものだったの?!


「フィン様!」

「遅いぞカイン。この男を捕らえ尋問しろ。『これ』の入手経緯を吐かせろ」

「はっ!」


 跪いて頭を下げるカイン様。

 気付くと、アントニオの部下らしき男たちが黒い服の人達に拘束されている。


「俺はクラリスを母君のところへ連れて行く」

「お、お母様のところですか?」


 こんな大事になって、あまり顔を合わせたくない。


「母君も心配しておられたよ。大丈夫、俺が一緒にいるから」


 そういって馬に乗せてくれた。


「クラリス、馬には慣れているか?」

「……少しだけ」

「俺に寄りかかればいい。ゆっくり走るから」


 フィンの温もりに包まれながら、お母様のところへ戻った。


 ◇◇◇


「クラリスちゃ~ん!!大変だったわね、怪我はないかしら」


 ベタベタとお母様に体を触られる。

 最後におでこ同士をコツンとされた。


「はあ、安心したわ」


 お母様はニッコリ笑った。


「お……さわがせして……すみません」

「いいのよ。クラリスちゃんが無事で。フィンくん、カインくんありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げたお母様に、カイン様は恐縮して、フィンは。


「俺の大事な人ですから」


 さらりと答えた。

 思わず頬が熱くなる。親の前って、結構居たたまれないものね。


「ふふ。これからも娘をよろしくお願いしますね」

「もちろんです。母君もご無理なさらぬようにして下さい」


 フィンは、お母様にニコニコ笑いかけた。


「あら、まだまだ若いつもりなのよ」

「分かっています。聖女様は昔と同じくらいお若いですよ」

「フィンくんは、昔からお世辞が上手よね」


「まって!!!」


「なあに?」

「クラリス?」


 ちょっと待ってほしい。

 今、さらりと爆弾発言出てましたよね!?

 聖女とか、何とか。


「……フィン、誰が聖女様です?」


「君の母君だよ」

「私よ。正確には、元聖女ね」


 いやいやいや!

 聖女?母が?あんなにぽやんとした人が!?


「クラリスちゃん、レンフィールドは作物が良く育つでしょう?あれ、私の能力よ」

「素晴らしい能力ですよね」


 フィンがお母様を褒める。


「あらあ、もっと褒めて!」


 目眩がしてきた。


「誰か、嘘だと言って……」

「あれだ、クラリス……強く生きろよ。たまには流されるのもいいものだぞ」


 カイン様に慰めの言葉をもらう。


「……カイン様に同情されるなんて、負けた気分だわ」

「お前、酷いな!?」


 私の婚約騒ぎは、こうして幕を閉じた。


「フィン。アントニオはどうなるんですか?」


 気になったので、聞いてみたの。


「王家の物を私欲で悪用していたからな――」


 フィンは少し考えるように目を伏せた。

 はあ、悩む姿も尊いわ!


「さて、どうしようか」

「っ!」


 フィンの表情を見たカイン様が、顔を青くして小さく息を飲んだ。


 顔を上げたフィンは、私に優しく笑いかけた。


「秘密」


 と言って、結局教えてくれなかった。


この後は、フィン視点が入ります。

お楽しみに!

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