決められた婚約者と、彼の思惑
クラリス視点戻りました!
◇◇◇
カイン様と二人で看板を見上げる。
「ここが『リルルの花』ですよね」
「そう、みたいだな」
「カイン様、ちゃんと『らしく』振る舞って下さいね」
「……善処する」
ドアを開けると、男性店員が寄ってきた。
可愛い名前なのに、店員や客層に少し違和感がある。
待ち合わせだというと、窓辺のテーブル席へ案内してもらえた。
待っていたのは、想像より穏やかな雰囲気の人だった。
「カイン様の出番はないかもしれませんね?」
「いいや。ああ見えて、中身は結構悪どいかもしれないぞ」
カイン様は、どこか遠くを見るような顔をしている。
「失礼ですが、アントニオ様でいらっしゃいますか?」
「はい、そうですが。貴女は?」
私は、軽く膝を折り貴族の挨拶をした。
「申し遅れました。私は、クラリス=レンフィールドです」
「これはこれは、ご令嬢を立たせたままでしたね。すみません……そちらの方は、侍従ですか?」
さあ、カイン様の出番が来たわね。
「こちら、私が学園で親しくしている方です。ゆくゆくは、父に紹介をしようと思っています」
嘘ではない。そのうち、友人として父に紹介……するはずよね。
「……カイ、ルだ。クラリスとは……懇意にしている」
カイン様は顔を真っ赤にながら、しどろもどろで台詞を言う。
……演技がへたくそね、名前も一文字しか変わっていないし。
そんなカイン様を値踏みするように見るアントニオ。
「なるほど。今回のお話は、婚約をなかったことにしたい、というわけですね」
あら。
意外に話が分かる方なのかしら。
「話が早くて助かります」
「――しかし、私も商売人ですので。契約破棄に伴う代償は頂きます」
「代償?……どのようなものをご所望でしょうか」
アントニオの心のうちを探るようにじっと見つめる。
「中々良い目つきです。破棄とは残念ですが……そうですね、レンフィールドで収穫出来る作物を、三年間半値で卸して頂けますか」
レンフィールドで実る作物は、大きさも、質も他の領地より出来が良い。
我が領の命綱だ。
「何故、三年間ですか」
「その頃には、クラリス嬢も学園を卒業するころでしょう。心変わりもあるかもしれないでしょう?」
このっ!
その答えにかっと頭に血が上る。
「それは、婚約破棄とは言わないのではないか?そもそも、破棄するつもりはないのだろうか」
カイン様が私の前に出て、代弁してくれた。
「そんなことありませんよ。破棄に対する慰謝料の話ですよね。まあ、三年後にレンフィールドがどのような状況になっていても、私は構いませんが」
作物を、三年も半値で卸したら、レンフィールドの領民の生活は苦しくなるだろう。
「……アントニオ様。私に、それほどの価値はありませんし。領地の決定権はありません。他の案はないのでしょうか」
「貴女に価値がないと?私にとっては大いにあるのですよ」
怒鳴りつけたいが、ぐっと我慢した。
アントニオは、掛けていた眼鏡を外すと、スッと私に渡した。
「これは、私の大事な商売道具です。とても便利でして……その人の能力が少しだけ見えるのですよ」
私は、眼鏡をじっと見つめる。
それをアントニオに向けた。
『アントニオ 商売適性(A)、交渉(A)――』
名前と、ゲームのような能力値が見える。
「まさか……これって魔道具?」
能力を見分けられるアイテムだ。
噂には聞いていたが、初めて目にする。
なんでこんなところだけ、ゲームっぽいのよ!
「驚きましたか?これひとつで、小さな城くらいなら簡単に買い取れるんですよ」
アントニオが私から眼鏡を取り上げ、レンズ越しに私を見た。
カイン様が不思議そうに、アントニオの後ろから眼鏡を覗いている。
「……クラリス!?お前……何だその能力は」
カイン様が驚きに目を見張った。
「おや……気付かれてしまいましたね。さて、お二方には我が家に来ていただきましょうか」
「私は、行きません」
アントニオを睨みつけた。
「クラリス嬢は、花嫁修行のために我が家にお招きすることなっているのでご安心下さいね」
目を細めて笑うアントニオ。
まるで、獲物を狙う狐のようだ。
「おい、さっきから勝手な事……ぐっ!」
バタン!
「カイン様!?」
カイン様が、急に床に倒れる。
彼の側に立っていた案内の店員が、細く光る針を持っているのが見えた。
慌てて駆け寄ろうと立ち上がると、アントニオに手首を捕まれた。
「大型の動物でも眠ってしまう便利な薬があるのですよ。彼には、少し静かにしてもらいましょう。運べ」
店の奥から屈強な大男が出てきて、カイン様を担ぎ上げる。
人形のようにダラリとしたカイン様を見て不安になる。
「カイン様っ」
思わず声をあげた。だが、大男は止まることなく、のしのしと大股で歩いていく。




