クラリスの婚約(2)
◇◇◇
「平民の血は頭も耳も悪いのかしら。いいこと?よくお聞きなさい!」
「はあ……」
「要するに、婚約をマリーに譲りなさいと言ってるのよ!」
「あ、なるほど。いいですよ」
「は?」
「え?」
クローリア様としばし無言で見つめあった。
何か話さなくては、と思い口を開きかけた時――。
バタバタ!バターーン!!
勢いよくドアが開き、突風が部屋に入ってきた。
「お母様っ!私、運命の人を見つけましたわっ!」
マリーお姉様が、得意の風魔法で駆けてきたようだ。
風が髪を乱すのを嫌がるくせに、私と同色の髪を振り乱している。
手入れされた綺麗な額には汗が光っていた。
「お、お嬢様、お待ちください」
メイド長が息を切らせて慌てて追いかけてくる。
「メイド長、私は大事な話をしていたのよ!これは何の騒ぎかしら!」
飛び込んできた娘ではなく、メイド長を叱咤するクローリア様。
あらあら、これは先程の侍従の件が効いてるかしら。
「奥様、申し訳ありま――」
「それよりも!聞いてお母様!」
「なにかしらマリー。お行儀よくなさい、はしたないわ」
クローリア様が扇子を広げる。
メイド長は、ほっとした顔だ。
あら、侍従を巡る女の戦いが見れないなんて残念ね。
「今日、街でとても素敵な方にお会いしたの。その方は、私をならず者から救ってくれたのよ」
うっとりと天を見上げるお姉様。
「ならず者ですって!?メイド長、説明なさい!」
メイド長の説明によると、
街でお姉様がフラフラと露店を回ってたら、肩がぶつかったと因縁をつけられた。
そこへ颯爽とステキな男性が現れてあっという間に倒したそうだ。
「あの方、学園の制服だったわ……見たことないのよね」
マリーお姉様は、勉強が嫌いっておっしゃって、学園には半年しか通ってないわ。
「艶のある黒髪で、赤い瞳の」
男性は知らな……あ、一人だけ知ってる。
あの人は、私だけに態度が悪いのよね。
「あの知的でクールな眼差し」
それは……もしかして、無愛想で冷たい視線では?
「メイド長。どこの家門の方なのかしら?」
クローリア様は、知らないなんて言わせないって顔してるわね。
「は、はい。その、お名前を尋ねる前に、いつの間にか消えてしまって……」
その答えにクローリア様は、パチン!と扇子を閉じた。
「奥様、申し訳ありません!」
「何のための付き添いなのかしら。貴女は職務怠慢でお給料を減らすべきかしらね」
「そ、そんな……」
「不満なら解雇にしてもいいのよ?」
侍従とメイド長の関係がお気に障ったみたいね。仕方ないわ、メイド長も悪いのよ?
溜め息をついたクローリア様が、私に目を留める。
「貴女の『クラリス』という名前、私と似ているのが一番気に入らないのよね」
クローリア様がブツブツと文句を言っている。
はい、知ってます。
だから、私は名前を呼ばれたことがないのよね。
でも、今の発言。
メイド長にイラついた八つ当たりですよね。
「それで、学園の黒髪の男性とはどなたかしら?」
お前なら知ってるわよね、と聞かれているようだ。
「……そうですね。黒髪というと――」
聞かれたので、仕方なく答えようとすると。
ススス――。
ん?目の端で何か動いたような。
「黒髪の男性でしたね、確か――」
また、影が動いた?
……まさか!
じーっと影を見つめた。
「そうよ、黒髪の人よ」
その黒髪の人。
たぶん、ここで話を聞いてますよ。
だって、だれも居ない場所に暗い影だけがポツンとそこにありますもの。
意外と誰も気付かないものね?
「マリーお嬢様!今、思い出したのですが……黒髪といえば闇魔法の一門では?」
「闇魔法ですって!?」
「あら、闇魔法だから何かしら。私は、家門など関係なくあの方がいいのよ!」
おおー。
マリーお姉様が差別をしていないなんて。
……惚れたら一直線だったわね、この人。
「マリーお姉様。ご立派ですわ!そうですよね、闇魔法だから何だというのでしょうか!」
パチパチと拍手する。
私も、フィンが闇魔法を使おうが関係ない。
王族って事は、ちょっと怖いし……驚いたけど。
王位継承権は放棄もできるものね。
「クラリスっ。マリーを唆すのはお止めなさい!」
「いいえ!お母様、私は彼のためなら身分を捨てる事を厭いませんわっ」
それを聞いて、私の横に並んでいる影に向けて小さく呟いた。
「……ですってよ。カイン様」
影が揺らぎ、低い声が耳に届く。
「……うるさい」
クローリア様は今にも気絶しそうな白い顔だ。
そして、メイド長は顔が蒼くなっていた。
マリーお姉様だけ、頬を赤く染めている。
「カイン様、ちなみにエレノアには――」
その言葉に、影がブルブルと震え始めた。
「くっ!……なん、でも……しますんで。エレノアには、エレノアだけには黙っていてくださいっ!」
「私、この耳でしっかりと、言質を取りましたからね」
私は淑女らしからぬ方法で、カイン様を脅迫したのだった。




