クラリスの婚約(1)
しばらく連載でいきたいと思います。
よろしくお願いいたします!
「クラリス、貴女がいない間に手紙が届いてるわよ」
エレノアが渡してくれた手紙の送り主を見てため息をついた。
「あら、ため息つくなんて。もしかして、家からかしら?」
「……正解よ」
そう答えて手紙を読む。
予想通り、次の休みに家に帰ってきなさい。と、母の他に父のサイン入りだ。
「エレノア、次の休みに実家に行ってくるわ。……嫌な予感しかしないけど」
「クラリス……フィン先輩には言わなくていいのかしら」
「私の家の事だもの。フィンに相談するのは、少し違う気がするのよ」
エレノアが私の両手を心配そうにぎゅっと握ってきた。
「でも、大丈夫なの?まさか、そのまま会えないなんてないわよね?」
「貴女は、心配性ね。きっと大丈夫よ」
エレノアの手を優しく握り返して、努めて明るく笑った。
「いくらなんでも学園に通う私に酷いことはしないわよ。本妻の奥様も、兄姉だって体裁を気にするはずだわ」
◇◇◇
「愛妾の子のくせに。よくも、図々しく本邸に顔を出せたものね」
子爵邸の前に停めた馬車から下りると、第一声がそれだった。
「……申し訳ありません、マリーお姉様。すぐに離れに行きますので――」
「話は、まだ終わってないわよ!お母様がお呼びだわ。裏口から入りなさいよ、みっともない」
ふん!と鼻を鳴らして馬車に乗って出掛けていった。
裏口とは、使用人が使う入り口の事だ。
私がこの家の娘ではないと、遠回しの嫌味でしょうね。
「マリー様のおっしゃる通りでございます」
お姉様の後ろに控えていたメイド長が、眼鏡の奥から蔑むような目で私を見ていた。
この人にお嬢様扱いされたことなんてないわ。
「お久しぶりです、メイド長様」
「マリーお嬢様を送りにきただけです。さっさとお行きなさい」
正妻のクローリア様が主人だもの。主人とその娘が気に入らない私を嫌うのは当然ね。仕方ないわ。
「分かりました。失礼いたします」
頭を下げながら悪い考えがよぎる。
クローリア様のお気に入りの若い侍従、まだいるのかしら?
メイド長が懇意にしているとバラしたら楽しそうよね。
◇◇◇
「それにしても、マリーお姉様は相変わらずね」
私の扱いは変わらないようだ。
彼女の様子から察するに、クローリア様や留学中の兄もきっと同じ態度だろう。
裏口から入ると、新しい絨毯に目が留まる。
建物は古いのに、絨毯は最新のトレンド色で完全に浮いている。
「……ここの家族って、趣味が悪いわよね」
ボソリと呟く。
そこへ、元気の良い声がした。
「クラリス様、なぜ裏口にいらっしゃるのですか?」
裏口近くの厨房からひょっこりと顔を出したのは馴染みの料理番だ。
彼女はこの家での私の扱いを知っている
他の者に使用人扱いされても、この家の娘として尊重してくれる数少ない味方だ。
「あのね。裏口に回れって、マリーお姉様に言われたのよ」
「また嫌がらせでございますか?」
「仕方ないわ」
こんな扱いは前からだ。正直もう諦めてる。
「クローリア様にお会いしてくるわね」
そういうと、彼女は心配そうな表情をした。
エレノアを思い出す。
「奥様は、おやつを持って行ったのですけど。その、ご機嫌が悪くて……」
そこで周りを見渡して声を小さくした。
「お気に入りの侍従がいるので大丈夫だとは思いますが」
「分かったわ。ありがとう」
そういって、彼女と別れて新しい絨毯の感触を確かめるように歩く。
「新しい割に薄いし、模様が雑な織り目だわ。きっと粗悪品を売りつけられたのね」
本妻や姉は貴族なのに目利きに疎い。
そこは母の方が上だ。お花畑な人だけど、不思議と一級品を見る目は確かなのよね。
「男性の趣味は悪いと思うけど」
そう考えながら、父の本妻であるクローリア様の部屋の前にたどり着いた。
◇◇◇
――コンコン――。
扉を叩く。
……返事がない。
もう一度叩いてみる。
普通はメイドが部屋の中にいるはずだ。
「ああ、そのメイド。私だったわね」
学園に行く前は私がクローリア様つきメイドって肩書きで、こき使われていた。
返事がないと理解して声をかけた。
「クローリア様、失礼してもよろしいでしょうか?」
ガタン――ガタガタ!!
「……奥様?」
しばらく待つと、扉が開いた。
「……や、やっと来たのね。待ちくたびれて日が暮れるかと思ったわ。さっさと入りなさい」
開口一番嫌味が放たれる。
「お待たせいたしまして、大変申し訳ございません」
頭を下げて入室した。
正妻であるクローリア様が、私をゴミのような目で見るのは相変わらずね。
扉を押さえている侍従をチラリと見る。
「侍従様……唇の横に赤い物がついて……もしかして、口紅――」
侍従はすごい速さでばっと口元を拭った。
「あなた、も、もう下がっていいわ!」
「は、はい!奥様、失礼いたします」
あらあら。
また、父のいない間に若い侍従といちゃついていたのね。
私の母を、『泥棒猫』だなんて罵っていらっしゃるのに、ご自分は若い男に色目を使われて喜んでいるわけですよねー。
あの男、お姉様やメイドにも声をかけているのよ。
私にも、ね。
『可愛い』『綺麗』が口癖だもの。
「なぜ動かないのかしら。本当に役立たずだわ」
ヒステリックな声にハッと気付く。
「……思わず考え事をしていたわ」
「何をブツブツ言っているのかしら?」
「侍従との関係を、いつバラそうかなんて考えてません」
「はああ?何ですって!?」
あ、うっかり口に出しちゃった。
「侍従とメイド長が……これ以上は、言えません」
面倒だから、ここまで言えば勝手に誤解するかしら?
メイド長は私への嫌がらせの筆頭でもあるしね。
「あの二人が……まさか、でも」
あら、見事に誤解しているわ。
でも、今は話が進まないから戻しておきましょう。
「クローリア様。それで、私に話とは何でしょうか?」
「ああ、忘れるところだったわ。クラリス、聞いてるかもしれないけど、貴女の婚約のことよ」
「はい、手紙を受け取って帰省しました……お相手は、平民の商人とか」
平民は平民同士、お金を稼ぐ者に嫁ぐなんて賎しいわね!
とか、言われちゃうのかしら?
「――すぐに婚約を破棄しなさい」
「はい……は、え?」




