番外編:私の親友は観察対象(エレノア視点)
こちら、番外編としてのエレノア視点です。
エレノア番外編
「エレノア、聞いて~!」
私の方へ早足で近づいてくるのはクラリスだ。
親友ではあるけれども、同時に観察対象なのよね。
「今日も、フィン先輩が尊くて――」
「はいはい、話を聞いてあげるわ。まずは、落ち着いて」
興奮で頬を染める彼女の手を取って言い聞かせる。
『尊い』は、よくわからないけど、クラリスがフィン先輩に恋をしているのは分かる。
「今日も図書室へ行ってきたのね?」
「ふふ。窓際の席で、髪の毛がキラキラ光ってたわ」
「ああ、それは――」
ぐっと言葉を飲み込んだ。
クラリスには、言えないわ。
それがあの人の手なのよ、なんて。
「――フィン先輩は綺麗な金髪だものね」
思わず自分の黒髪を触る。
他人の幸運を奪うことの出来る闇魔法。
闇を彷彿とさせる黒い髪色は、あまり好まれない。
「ええ、そうね」
クラリスは私を見てにこりとする。
「でも、エレノアの黒髪も私は綺麗だと思うわ。それに、見ていると落ち着くのよね」
ぎゅっと私に抱きつくクラリス。
慰めてくれてるのね。
「ありがとう、クラリス」
私の方が背が高いので、思わず彼女の頭を撫でてしまう。
くすぐったそうに目を細めるクラリス。
彼女には、いつも癒される。
◇◇◇
「クラリスは本当に可愛らしいのよ」
「はいはい、何度も聞いてるよ」
図書室のカウンターにいる、背の高い男子生徒に自慢した。
彼はカイン、私の従兄弟だ。
同じ黒髪だから、よく兄妹に間違われる。
「クラリスが王妃になった時――」
「エレノア!」
慌てたカインに、背後から口を押さえられる。
彼は、耳元に唇を寄せてきた。
声を潜めて注意される。
「……どこで、誰が、聞いているかわからない」
息が、耳に当たってくすぐったい。
彼は少し怖い顔をして周りを見渡した。
「ひゃいひょうふほ」
「……なに言ってるか分からないな」
カインは口を覆っている大きな手を離して、解放してくれた。
「手に息が当たってくすぐったかったぞ」
「貴方の息も耳たぶにかかってたけど!」
文句を言うと、カインはぷいっと後ろを向いた。
「もうっ、無視して!耳も赤いし……怒った?」
「……違うって」
再びこちらを向いたカインは、私のおでこを指でぴんっと弾いた。
「ばーかっ」
「何なの……?」
子供みたい。呆れちゃうわ。
「図書室だし、あの方の管轄だから。安全にきまっているわ」
危険因子はあの方が排除するはず。
私はそういうけど、カインは慎重だ。
「まあ例外を除いてな。変な奴はいないだろうけど……念のためだよ」
遊び人の第二王子のことよね。
たまに女性連れで来るようだけど、監視しやすいから放っておくみたい。
「エレノア。あまり入れ込み過ぎるのも良くないぞ」
クラリスの事だ。
「……分かっているわ」
ほんの少し眉間に力を込めた。
「顔に出ている。俺たちは……」
そこへ穏やかな声が割って入る。
「やあ、二人とも。相変わらず仲が良くて羨ましいよ」
カインと慌てて挨拶をする。
「「フィニアス殿下、ご挨拶申し上げます――」」
「ああ、堅苦しいのはやめてくれ。それよりクラリスの様子は?」
「あ、はい。熱が下がったので、朝食もきちんと摂っています」
「そうか。良かった」
フィン……フィニアス殿下は、ホッと息を吐いた。
こんなに穏やかな表情は初めて見て驚いたの。
よほど、クラリスが気に入ったのだわ。
「それはそうと、カイン」
「はい」
「クラリスを拉致しようとした奴らは――」
「殿下」
会話が突然聞こえなくなった。
両耳から頬にかけて、温かい物で覆われている。
肩越しに後ろに目を向けると、カインがブンブンと顔を横に振った。
きっと聞かせたくない話なのね。
「カイン。そろそろ、耳が痛いわ」
「ああ、すまない。終わった」
手を耳から離してくれる。
「エレノアにお願いがあるんだ」
「フィニアス殿下のお願いとは、何でしょうか?」
「なに、難しくないよ。クラリスの体のサイズを――」
「は?」
「……殿下」
危ない。
思わず地声が出てしまったわ。
カインは、とても残念な子を見る目付きだ。
「もっとオブラートに包むべきです。女性に嫌われますよ」
「ふむ。では、カイン。君ならどうするんだ」
「俺なら、抱き締め……見ただけで、大体分かりますから」
カインを下から睨み付ける。
「そうか、俺は精進が足りないようだ」
「殿下も、そのうち出来るようになりますよ」
「いや、俺はクラリスだけでいい」
フィニアス殿下はきっぱりと言い切った。
偉いわ殿下!
でも、そうじゃないのよ!
「殿下。私がクラリスの『服の』サイズを調べてきますから」
「ああ、頼む。街歩きの時に、着てもらいたいんだ」
この人、プレゼントとして贈るつもりだわ。
でも、それは――。
「フィニアス殿下。お気持ちは分かりますけど、いきなり洋服をプレゼントは驚いてしまいますわ」
「そうなのか?」
クラリスも貴族ではあるけれど、爵位は低く、妾の子供。
不遇な扱いを受けていた彼女は、色々と遠慮しがちだ。
そんなところも私は好きなのよね。
「……とりあえず、私から貸すという形にしておけば良いと思います」
「なるほど、そうしよう。助言をありがとう」
「……クラリスは親友なので、たくさん笑っていてほしいんです。だから――」
ここで、深呼吸をする。
「フィニアス殿下といえども、私の大好きなクラリスを泣かせたら、許しません」
フィニアス殿下は驚いた顔をした後に、目を細めて、口角をあげた。
「……君のような親友がいるとは素晴らしいね」
「エレノアっ!」
カインが私の腕を掴んだ。
「不敬だぞ!」
「私は、彼女を守るわ」
フィニアス殿下は「カイン」と、静かに低い声で名前を呼んだ。
私の背中にゾクリと冷たいものが走る。
「エレノアは弁えている。大丈夫だ」
「……しかし……申し訳、ありません」
カインはぐっと手を握りしめていた。
彼はフィニアス殿下の付き人だ。
素性の怪しい者からは遠ざけたいのでしょうね。
「クラリスは危険な子ではありませんわ」
クラリスの事については、誰が相手でも引かないわ。
私の黒髪を、褒めてくれたの。
彼女は、噂になんか惑わされなかったわ。
「じゃあ、こうしよう」
フィニアス殿下は、悪戯を思い付いたような顔をする。
「君たち、婚約してくれないか?」
「「え?」」
「婚約者の親友同士となれば、一緒にいても自然だろう?」
「どうして、そんな発想になるんですか!?」
私はフィニアス殿下を呆れた目で見てしまった。
ダメよ。エレノア、それは不敬だわ!
……でも、ねえ。
「いや、しかし、それは」
カインは口ごもり、顔が真っ赤だ。
ほら、カインも怒っているじゃないの。
カインはチラチラと私の様子を窺う。
「カイン。君はエレノアが、他の令息と婚約をしても黙って見ていられるのかな」
「そ、れは……家業の事もありますし……知らない奴には嫁がせられません」
「ふうん。そんなに、私の事を家に縛りつけたいのかしら?」
「そんなんじゃ!」
カインはすぐに家の事を持ち出す。
いくら、家の裏事情を外に漏らせないからって、私の婚約の話は別でしょう?
「ふふ。嫌なら後々破棄すればいい。今はクラリスが優先だ。……俺の決定に従ってもらうよ」
有無を言わさぬ圧を感じる。
「……分かりました」
「私も、クラリスの為なら何でもいたしますわ」
カインは渋々飲み込んで、私は堂々と受け入れた。
「カイン。この借りは大きいからな、きちんと払ってもらうつもりだよ」
フィニアス殿下は、とても良い表情をカインに向けた。
「……この人、俺を一生こき使うつもりだな」
カインの小さな呟きが耳に入る。
「主を決めたのなら、地べたを這ってでもついていくものよ」
カインに笑いかける。
「はあ……お前には敵わないよ。覚悟は決まった」
私の髪を一房手に取ったカイン。
そのまま軽く唇で触れてきた。
「な、何してるのよ!」
「婚約者としての練習」
私は、悪びれもなく言ったカインの足を力一杯踏みつけたのだ。




