不穏の種
「コンスタンス!」
第二王子が、コンスタンスの名を叫ぶように呼んだ。
小さくため息をついたコンスタンスは、すぐに表情を繕った。フィンが他の貴族に向けるような完璧な微笑み。
「セイル様。どうかなさいましたか?」
第二王子はコンスタンスの微笑みを見て頬を染めた。
「い、いや。お前があまりにもフィニアスに近づくから」
「あら、妬いちゃいました?ここのお店には断られちゃったので、他のお店へ行きましょう」
コンスタンスは甘えた仕草で第二王子の腕にしなだれかかる。第二王子は鼻の下を伸ばしっぱなしだ。
取り巻きの令息二人のうち、一人は羨ましそうに。
もう一人は軽く唇を噛み、コンスタンスと第二王子から目を反らした。
店を出ていく前に、コンスタンスが一度振り返り、殺気の籠った目で私を睨みつけた。
その視線を真っ向から受け止め、見つめ返していた。
そんな事をしていたら、私の前に真っ赤な苺がどんっと現れた。
「クラリス。さあ、続きだよ」
何事もなかったかのようにフィンは私の口に苺を放り込んだ。
「あれは、気にしなくていい。そのうち気にならなくなるから」
フィンは、次の苺をフォークで転がしながら「大丈夫だよ」と微笑む。
今までの事を振り返れば、フィンがそう言うなら大丈夫だと思った。
そして、この時はまだ、気にしていなかった。
どれだけ性格が悪かろうが、彼女がメインヒロインであることは確かだった。
◇◇◇
「あああ〜もうっ!」
学園寮のシンプルなベッドの上。足をバタバタとさせたエレノアが、布団に顔を埋めて叫んだ。
「エレノア、お行儀が悪いわよ」
「クラリスったら怒らないの!?あの、おんながっ!!」
そう言って、いつの間にか手にしていたぬいぐるみをぎゅーっと左右に引っ張っている。
可愛らしいぬいぐるみの形をこれでもかと変えるエレノア。
あれ⋯⋯確かカイン様からの贈り物ではなかったかしら?
「エレノア、貴女が落ち着かなければ私は誰に相談すればいいの?」
「あっ!⋯⋯え、ええ。そうよね私ったらごめんなさい」
いつもならエレノアに窘められる私だけど、今は逆だわ。
エレノアがこんなに荒ぶっているのは、今日の学園での出来事が原因なのよね。
「だって、あの男爵令嬢が⋯⋯第二王子に飽き足らず、フィニアス様にまで色目を使っていたわ」
私の中でもモヤモヤしているけど、まさかあんな⋯⋯。
◇◇◇
今日のランチは、何故か食堂の席が空いていなかった。だから、本当はいけないのだけれども、エレノアとこっそり図書館で食べようとしていた。
図書館は、相変わらずひっそりと静かに建っている⋯⋯はずだった。
図書館の扉を開けようとして、手を止めた。中から人の気配がする。
図書館に入ると左手に案内カウンターが見えて、その後ろに司書が待機している小部屋があった。
もっとも、さぼっているのかほとんど見たことはないのだけど。
そして、読書用のテーブルや椅子が並び、正面に陽射しが差し込む窓辺の席がある。
そこは、私とフィンの大事な席、だったはずなのに。
扉を開けた私は、足を進めることが出来なくなってしまった。
「うふふ。フィニアス様ったら、そんなに、お気に召しましたか?」
「ああ、とても面白いからね」
私の目に映ったのは、コンスタンスとフィンが『私たちの席』で談笑している姿だった。
その後は、よく覚えていない。
走って、走って⋯⋯気づいたら寮の自分の部屋だった。
慌てて追いかけてきたエレノアに「顔色が悪いわ」と心配されてしまった。
「ごめんね、急に走り出して⋯⋯その」
「わかってるわ!!」
エレノアにぎゅううっと抱きしめられて慰められた。
「⋯⋯うん⋯⋯午後の授業、サボってもいいかな?」
「私も一緒にいるわ!親友だもの。そうだ、サボりついでにカフェでお茶しましょう」
「⋯⋯お腹も空いてるものね」
そう言って二人で午後を過ごしたのだった。
◇◇◇
――コンコン。
扉を叩く音がした。
「あら、こんな時間に誰かしら?」
エレノアが怪訝な顔をして時計を見上げた。
寮監の見回りも終わっているし、消灯時間は過ぎているのよね。
「確かに、訪問というには遅い時間だわ」
エレノアが黙ってじっと気配を探っている。
「⋯⋯待って、窓の方よ」
二人で窓の方を見ると、窓台に何者かの両手がかかっていた。
◇◇◇
「クラリス、下がっていてね」
エレノアは私を庇うように前に出て、窓辺に近づく。
窓台にかかった手が伸び、窓ガラスを叩いた。
「誰、こんな時間に何のご用かしら?」
張り詰めた空気の中、エレノアが窓に向かい声をかける。
「⋯⋯エレノア⋯⋯俺、俺だ、カインだ」
「カイン?」
「カインだ」という声に警戒しながらもエレノアは問いただす。
「⋯⋯あ!ほかの女の子の部屋と間違えたのね?」
「違う!!誓って俺は――ぐっ!」
「カイン静かにしろ、早くそこをどけ」
カイン様を踏み越えて部屋へと入ってきたのは。
「フィン⋯⋯」
静かに成り行きを見守っていた私とフィンの目が合った。
「クラリス。ごめん、こんな夜更けに」
微笑むフィンから思わず目をそらした。




