王太子の庭園③
フィンが私に『心配だから』とお守りをくれたけど、大袈裟でないかしら?
「あら、クラリスはフィニアス殿下に大事にされているわね」
アレクサンドラ様にくすくすと笑われた。
「そう、見えていますか?」
ゲーム世界への転生。
時々、全てが偽りじゃないかと疑ってしまうのよ⋯⋯。
もちろん、フィンの言葉も態度もね。
「王太子殿下もアレクサンドラ様を大事にしていらっしゃいますよね」
「そうね。彼は私を大事にしてくれるの。でも⋯⋯何でもないわ」
少し寂しげな表情に、言い淀んだアレクサンドラ様。
それを少し気にしながら王太子の様子を窺った。
王太子は、アレクサンドラ様を優しく見つめて微笑んでいる。
本当に絵に描いたような美男美女だ。
二人のように唯一の相手というものに、憧れを抱いている自分がいる。
「クラリス。貴女は聖女レイリア様のご息女なのよね?聖女の力も受け継いだのかしら」
「私には、母のような力はないのです。魔力も低くて」
私は席を立ち、一歩離れて魔法を使ってみせる。
相変わらず、じょうろに入る程度の水しか出ない。
「クラリス、それは魔力だろう?神聖力とは別の力だ」
王太子殿下が予想外の事を言った。
「それなら、神聖力が使えるかどうか試してみよう」
「あの、どうやってですか?」
「こうするのさ」
そう言うと、一切躊躇せずに自分の腕をナイフで傷つけた。
「オーリー!」
「殿下!?」
私とアレクサンドラ様の驚きも気にせず、赤い線から流れる血をそのままこちらへ差し出した。
「さあ、クラリス。神聖力を使ってごらん」
にっこりしながら傷をこちらへ向ける王太子殿下。
「殿下って、サイ――」
危ない⋯⋯サイコパスと言いそうになって、口を噤む。
やだ、怖いこの人!
あれ、もしかして王太子殿下も攻略対象じゃない?
三人のヒロインごとに、一応王道ルートが用意されていたはず。
ヒロインのうちの一人は――。
ああっ!ヤンデレ公女と称された、アレクサンドラ様だ。
恐る恐る、アレクサンドラ様の様子を見ると。
口元は笑ってるけど、目は笑っていない。
「アレクサンドラさ、ま?」
「なあに、クラリス。オーリーは、貴女に神聖力を試してみろと言っているわ」
ニコニコと笑っているけど、目の奥が怖い!
「ああ、でも⋯⋯貴女のために、オーリーの体に傷がつくのは良くないことだわね」
彼女は王太子殿下を愛しすぎて、他の女性を近づけさせない。
なんなら、王太子殿下が興味を持った女性を排除する⋯⋯。
「クラリス?どうかしたかな」
「⋯⋯クラリス。オーリーは貴い方よ。いつまでも血を流しておくわけにはいかないわ」
薄い笑みをゆっくり深めながら、アレクサンドラ様は私の手に少しずつ爪を食い込ませていく。
あああっ!⋯⋯この二人、お互いを愛しすぎて病んでるんだったわ⋯⋯。
◇◇◇
ヤンデレカップルに迫られた私は、背中に冷たいものが走った。
これ、神聖力が成功してもしなくても⋯⋯もしかして私の命は危険じゃない?!
試してみろ、と言われてもすぐに出来るわけないわよね。
「クラリス。そう緊張しなくてもいい、手を翳して――」
躊躇していると、王太子が安心させるように優しく私の手を取った。
すると、アレクサンドラ様の方から、冷たく張り詰めた空気が流れ出した。
「やっぱり⋯⋯オーリーが、私以外の女性を触るのは許せないわ」
「待て!サラ!」
「アレクサンドラ様!?」
アレクサンドラ様の足下を中心に地面が凍り始めた。
「許せない、許せないの。せっかく貴女をオーリーから遠ざけようとしたのに」
私を遠ざけようって、王太子とは全く面識も無かったのに!
「私は、私以外の事に興味を持つオーリーは嫌なの!」
ビキッ――!
とうとうガゼボの柱まで凍りついてきた。
寒い、周りの気温があっという間に下がってくる。
「サラ、落ち着くんだ!」
王太子の流れていた血も、いつの間にか凍って固まっている。
私は寒すぎて、自分の体を抱きしめながらうずくまった。
息が白くなり、歯がカチカチと音をたてる。
「許さないわ!オーリーは、私のものなのにっ!」
「サラ。ああ、俺は君のものだ。分かっているよ、だから気持ちを鎮めてくれないか?」
アレクサンドラ様に近づこうとした王太子は、腕が凍りつきながらも必死に彼女を求める。
でも、アレクサンドラ様は顔を両手で覆っている。
「オーリー⋯⋯私、私は⋯⋯」
「サラ、こちらへおいで。落ち着かないと――」
王太子が、アレクサンドラ様の肩に触れ、そっと抱き寄せた。
「落ち着いて――私も、クラリスも凍えてしまうよ」
その瞬間、アレクサンドラ様の肩がビクッと揺れた。
「なっ、馬鹿馬鹿ー!!!それ言っちゃ駄目なやつ!」
王太子の言葉を聞いたアレクサンドラ様は、絶望したように目を見開いて涙をハラハラと零した。
「やっぱり、許せないわ!」
嘘!
さらに気温が下がる。ヤバい、眠くなってきて動けなくなる。
こんなところで凍死なんて、私の魂浮かばれないわ!
アレクサンドラ様に近づいた王太子は、彼女を抱きしめたまま寒さで気を失ったようだ。
その後、地面に崩れ落ちた。
もうっ、王太子の役立たずー!!
「ううっ、これ⋯⋯私、本当に死ぬのでは……」
地面を覆う薄氷が剥がれ始めた。凍てつく息吹の中、氷の花弁が煌めく。
やがて、凍りつくような表情のアレクサンドラ様の頭上に大きな氷の薔薇が華麗に咲いた。
次の話は明日の夜に投稿したいと思います。
よろしくお願いしますm(_ _)m




