逃げられなくなりました
罰として、私の一日をフィンにあげると約束した日。
私は朝から浮かれていた。
「やあ。迎えに来たよ」
今日も眩しいフィンの姿。
推しの尊さを心の中で拝みつつ、差し出された手に指を絡めた。
「フィン。お迎えありがとうございます」
「じゃあ、行こうか――」
だけど、そこへ慌てた様子でカインが走ってきた。
「フィニアス殿下、緊急事態です!」
「一体何事だ」
「実は、陛下が――」
カインの言葉を聞いたフィンは、不快そうに眉を寄せた。
「クラリス。すまない、急用が出来たんだ。一緒に来てほしい」
「……はい」
カイン様。『陛下』って言ってたわよね。
まさか……よね?
◇◇◇
そして、まさに今。
まさかの状況に巻き込まれています。
背筋をピンと伸ばして、テキパキと動くメイドさん達におもてなしを受けている。
白い素敵な陶磁器のカップに、良い香りの紅茶を淹れてもらう。
これは、特級のお茶ね。
歓迎されてないわけではなさそうだわ。
「……これは、シズオウ国産のロイヤルシズオウですね。とても美味しいです」
「まあ、よくお分かりになりましたね」
メイドさんに話しかけると、肯定してくれた。
そんな特別美味しいお茶を頂きながら、周りの様子をちらちらと確認した。
さらりとした上品なシルク生地に、金の糸で模様が入っているアイボリーのカーテン。シンプルだけど座り心地の良いソファと、艶のあるテーブル。明らかに高価そうな調度品が並んでいる。
ここは、王城の離宮。
第三王子殿下であるフィンが暮らしている離宮。
その応接間。
「そなたが、聖女とアイロスの娘か」
「は、はいっ!」
急に話しかけられて、声が上擦る。
「なるほど。二人によく似ているな」
そう言ったのは、金の髪の男性。
威厳のある佇まいと、フィンによく似た顔立ち。
「フィニアス、クラリスはハキハキとした良い娘だな」
「父上。彼女が怖がっています。あまり困らせないでください」
「そんな事はないだろう。なあ、クラリス」
「貴方のそのような言動が彼女を萎縮させるんですよ」
フィンは、彼の父である陛下を冷たい目で一瞥した。
「それより、さっさと本題に入らせて頂きたいのですが。貴方が呼びつけたんですよね」
フィンがため息をついて、陛下に水を向けた。
「おお。そうだ、王家所持の魔法アイテムの話だ」
「はい。その話、さっさと終わらせてもらいたいですね」
二人は視線を交わした。
「王家の魔法アイテムに関しては、流出元を調査している。どんな経路で外に出たのやら」
陛下はそうおっしゃるけど。
「俺も、母方の『黒の一族』に調べさせています。まあ誰なのかは、大体予想はついていますけどね」
フィンは優雅にお茶を飲んで、そう答えた。
陛下は眉を下げて申し訳なさそうな顔をした。
「アレを早くどうにかしてください。オーランド兄上にも、ご迷惑がかかります」
「アレはアレなりに可愛いのだがな」
「貴方が甘いから、シルビア王妃とその息子。第二王子が、つけ上がるんですよ」
フィンに怒られてますます小さくなる陛下。
「まあ、その件は報告を待つことにしましょう。それと、ちょうど良い機会なので、父上にも一応伝えておきます」
フィンは一度言葉を切ると、横に座っている私に目を向けた。
「俺は、今回の騒動で一つ悔やんだことがあります。やはり懐に入れておかなけれび、傍で守ることはできないのだと」
そして、私の手を取り、両手でそっと包み込んだ。
「だから、彼女を婚約者に選びます」
「……え、あ!?」
「なんと!?」
驚く陛下に狼狽える私。
「ま、待ってください!私、まだ――」
そう言うと、フィンはとても綺麗な顔で私を見つめた。
「クラリス以外、俺は考えられない。誰よりも、クラリスが良いんだ」
切なそうな表情で私を見つめる。
これ……スチルで見たらきっとヤバい。
心臓が痛すぎる!!
「フィン……」
……でも、浮かれている場合ではない。
「……フィン。私、無理です……」
「何故?理由を教えてくれるかな」
何故って、私は貴族だけど。上級貴族の礼儀作法も知らない。
「私は……貴族の礼儀作法もしっかりと身に付いていません。半分は、平民の血も入っています」
きっと、王族から反対されるに違いない。
陛下の方を見ると、下を向きぶるぶると震えている。
ほら、怒っていらっしゃるじゃない。
絶対、婚約なんて無理――。
「……素晴らしい!」
「えっ!?」
「フィニアス!でかした、聖女の娘と婚約とは!」
陛下は涙を流して喜んでいる。
あれ?反対されると思ったのに。
「聖女に振られた私の悲願を――」
「ああ。父上のそれとは全く関係ないです。俺はクラリスだから欲しいのであって、肩書はどうでもいいんです」
フィンは、キッパリと言った。
そして、苦々しい顔をした。
「それに、クラリスの母君は『元』聖女ですね。女好きの父上の趣味と一緒にしないでください」
自分の父親である陛下に女好きと言ってる。
フィンの様子から察するに……彼のお母様は、苦労なさったんでしょうね。
「俺は、クラリスさえいれば充分ですから」
そう言って、フィンは私の腰を引き寄せた。
近いっ。
耳元をくすぐる吐息。
そして、低い彼の囁き。
「フィン?」
「これで、クラリスは逃げられなくなったよ」
甘く危険な台詞が脳まで届く。
途端に頬が熱くなった。
「ということで。父上や、他の誰が邪魔しようとも、俺はクラリスを離しません」
フィンは、陛下をまっすぐ見ている。
そんなフィンに陛下は優しく微笑んだ。
「……承知した、フィニアス。そなたにも、そなたの母にも苦労をかけていたものな」
そう呟いた陛下を見ながら、フィンは私の腰に添えた反対の手をぎゅっと握りしめていた。
「気づくのが……遅いんですよ」
小さく呟いたその言葉は、陛下にも届いていたと思う。
「さて。では、クラリスの家には婚約の書状を送ろう」
「ええ。横やりが入る前に、内々にお願いします」
「わかった」
陛下はソファから立ち上がり、出ていこうとして足を止めた。
振り返り――。
「デートの邪魔をして、悪かったな。こうでもしないと、クラリスを紹介してくれなかっただろう?」
にやりと笑い、そう一言残して出ていった。
「……どんな死因がいいかな」
フィンが呟いた、物騒な一言には気づかないふりをした。




