初恋との再会
「ここもハズレか」
金属探知機のアラームを止めて、アキルは飛行機へ戻った。今日も昨日と変わらず熱い。
しかし、飛行機の中に戻れば空調が効いていて、快適この上ない。
(…サムに感謝しなきゃな)
この探知機付きの飛行機は、アキルの要望を聞いて、彼が作ってくれたのだった。
「フューシャのチップを探す!?砂漠に落ちたダイヤを探すようなもんだぜ!?だいたい探し当てたとしても、そいつが無事かどうかは…」
最初サムはそう言って驚いていた。だがアキルは何を言われてもあきらめなかった。
「チップは俺らの爪一枚程度の代物だ。あの爆発でも粉砕されずに残っているかもしれない。爆発は成層圏内だったから、重力が作用するだろ。だから絶対にこの地上のどこかに落ちているはずだ…」
「その可能性はあるけど…でもお前、まだ怪我も治り切ってないだろ!ダメだよ」
アキルはぐっと拳を握った。サムの心配はありがたい。けれど、なんとしても探しに行かなければならなかった。アキルはサムに頭を下げた。
「残っていようと砕かれてようと、俺は回収したいんだ。俺があいつにしてやれる事はもう…それくらいしか残ってないんだ。たのむ…」
アキルの震えるその言葉に、とうとうサムは首を縦にふった。
「わかったよ!だから…そうしょげんなって!!」
その機体が完成してから、今日でまる一年。アキルは果てしなく続く荒野をえんえんと探し続けた。燃料と最低限の食料を補給する他は、一日も休まなかった。アキルを探索に駆り立てるのは、後悔だった。
(フューシャは何度も俺を助けてくれたのに…俺は一度も、あいつを助けられなかった)
最後の時、自分が彼女を止めるべきだった。そうすればフューシャは今日も、園で笑っていたかもしれないのだ。
(お前ばっか…俺を守って、痛い目見て…俺はお前を、戦わせたくなんて、なかったのに)
灼熱の砂漠を見回して、アキルは顔をゆがめた。フューシャがこんな場所で打ち捨てられていていいはずがない。たとえデータでもだ。
「あんたに荒野は似合わない、フューシャ…」
必ず見つけ出す。広い砂漠を眼下にしながら、アキルは何度目かわからないその言葉をつぶやいた。その時、アラームが再び作動した。アキルは金属が落ちているとみられる位置に飛行機を止めた。砂と岩に埋もれるように、大きな金属片が転がっていた。様々な部品が固まっている部分のようだった。
(電気系統か?これは…期待できるかもしれない!)
アキルは工具を手に徐々に解体していった。すると部品の隙間から、ぽろっと薄い板が落ちた。
「おっと!!」
アキルは慌ててそれをキャッチした。握った拳が震える。
(フューシャ、なのか…?!)
アキルは深呼吸をし、拳を開いた。しかしそこに載っていたのは、黒光りするチップだった。
(フューシャじゃない…!形も微妙に違う。ってことは…)
これはもしかして、シャイタンのチップだろうか。アキルは困惑した。捨てるかどうか迷ったが…結局機内に保管した。
(これは園に持ち帰って、司政官たちに任せよう)
ぬかよろこびだった。しかし再び飛行機を跳びあがらせると、アキルの胸に抑えきれない期待がひろがった。
(シャイタンのがあったてことは…きっと近いうちに、フューシャのも見つかるはずだ!)
その時、再び探知機のアラームが鳴りだした。
…ずいぶん長いこと、眠っていた気がする。
私は誰だっけ。何をしていたのだっけ。ああ、こうして思考するのも久しぶりだ…
金色の粒に包まれて、彼女はゆっくりとそれを思いだそうとしていた。一番最初にデータの中から出てきたのは、金色の輪だった。
(そうだ…これは、私たちがしあわせになるために必要なもの。でも…)
どうやってそれを作ったのか、なんで作れたのかがちっとも思い出せなかった。思い出そうと頑張ってみてやっと出てきたのは、断片的な感情と、それに付随するデータだけだった。
アルファベットを教えて、感動したこと。
温かい場所で二人まどろんで、痛みが減ったこと。
声を殺した泣き声を、もどかしい思いで聞いていたこと。
(ああ、誰?誰なんだろう…私が文字を教えた人は。抱きしめてくれた人は。)
私の手紙を読んで泣いてくれた人のために、私はおそらく近似値を作ったのだ。
それはきっと、一見怖い人。でも本当は優しすぎる人。受けてきた痛みを決意に変えて、体の内に秘めている人。
彼女はたまらなくなって、もがいた。
(会いたい!今すぐ抱きしめたい!だって誰よりも優しい人なんだもの!他人の痛みを、自分の痛みみたいに感じる事ができる人――!)
なのに、思い出せない。その人の顔も、声も、なにもかも。バラバラの断片しかない彼女の電脳の中に、激情がほとばしった。
(でも、会いたいの…!!)
「…ほらアキル、そんな所につったってないで」
桃色で統一された、砂糖菓子のような部屋。その入り口の扉の影にたたずむ彼に、ルートは淡々と手招きした。
「目覚めて最初に会うのが、俺でいいのか」
「何を言ってるんですか、あなたが発見したんでしょう。フューシャのチップを」
「でも、欠けてた。それに爆発時の熱で焦げて…」
ルートはアキルの言葉を遮った。
「たしかに、万全ではありません。目覚めた彼女がどこまで記憶しているかはわからない。ですが幸い土台は残っていた。彼女は元の彼女です、間違いなく」
「そうか…」
「最低限の自己修復は終わっています。あとは新しい彼女の身体に、これを入れるだけ。今の状態ですと、フューシャはそこから学習しなおしていくしかありません。」
真新しい金色のチップを、ルートはアキルに差しだした。
「あなたが入れておやりなさい」
「ど、どこに」
「知らなかったんですか?」
とまどうアキルに、ルートは肩をすくめて説明をし、部屋を出て行った。
「おい、待ってくれっ…!」
思わず呼び止めてしまったアキルだったが、観念してベッドへと向き直った。
帳を上げたベッドの上に、新しいフューシャの身体が横たわっていた。桃色が映える金髪。うっすらと色づいた丸い頬。やさしげな眉…最初出会った時とまったく変わらない姿だ。
この場所で、彼女と一緒に絵本を読んだ時の記憶がよみがえった。たしか毒りんごを食べてしまった姫は、ガラスの棺で眠り続けたのではなかったか。彼女を目覚めさせるために、王子は…。
柄にもなく、アキルの心臓の鼓動が早まった。
(な、何考えてんだ!…フューシャの本体は、こっちだ)
アキルは手のひらのチップに目をおとして、覚悟を決めた。
(フューシャが。俺を覚えていなかったとしても、いい。目覚めてまた、生きてくれればそれで)
アキルは最初の時のように、彼女の頬に手をかけて、口の中を覗き込んだ。
そして奥歯のスロットに、チップを差し込んだ。
「フューシャ…」
金色の睫毛がゆっくりと動き、琥珀色の潤んだ目が至近距離のアキルを捉えた。真昼の星のような彼女の目が、ぱっと見開かれた。
「きゃっ…!なにするのぉっ…!」
驚いて硬直するフューシャを見て、アキルもまた固まった。
「わっ…悪ぃ」
アキルはあわてて体を離した。そしてどこか既視感を感じた。
それはフューシャも同じようだった。その目が瞬き、混乱した表情でアキルを見ていた。
「あ…あなたは、誰?」
その声はかすかに震えて、フューシャの瞳は不安に揺れていた。それを見てアキルは膝を折って、フューシャをまっすぐ見上げた。
「俺はアキル。前、あんたにたくさん助けてもらったんだ」
アキルはフューシャを安心させるように微笑んだ。するとフューシャはその唇をぽかんとあけた。
「アキル…アキル…!?」
何かを思い出すように彼女は宙を見上げた。だが次の瞬間、彼女に抱き着かれて、アキルはベッドに倒れ込んでいた。
「うわっ…」
「知ってる…覚えてる…私が文字を教えたのはあなた?ここで一緒に寝たのもあなた?」
至近距離で瞬くその瞳に、アキルは真剣にうなずいた。
「そうだ」
「そっか…そっかぁ…」
つぶやくフューシャの顔が、くしゃりと歪んだ。
「あなた、だったんだね。でも、その時の事をちゃんと思い出せないの。大事な事なのに…」
アキルはそんな彼女の頬を撫でた。
「いいんだ。思い出せなくても。フューシャは今、目が覚めたんだから」
その声に、フューシャはゆっくりと目を閉じた。体のすべての力が抜け、安心を感じる声だ。
(でも…すごくドキドキする声)
心臓の代わりに、電脳内の金の輪が、彼を求めて明滅している。フューシャは意を決して、目を閉じたままアキルに顔を近づけた。
「ちょっとあなたたち!?」
「っわ、シアン」
突然がばりとアキルが起き上がった。フューシャの唇はむなしく空気にキスしていた。が、次の瞬間シアンに抱きしめられていた。
「姉さん!私よ…シアンよ」
その情熱的な抱擁に、フューシャは戸惑ったがどこか懐かしい感覚がした。
「ごめんなさい、覚えていないの…でも、私の姉さんなの?」
その言葉に、シアンはじっとフューシャを覗き込んだ。
「姉さん、彼のことは?覚えてた?」
「ううん…」
フューシャがそういうと、シアンはほっとした顔になった。
「ああよかった。あっちは覚えてて、私が忘れられてたら悲しすぎるもの…」
そしてちらりとアキルを見た。少し得意そうな笑みが浮かんでいる。
「ふふん。あなたも残念だったわね」
しかしアキルは肩をすくめた。
「別に。…俺は仕事に戻るから」
「そ?いいの?もうすぐ出発なんでしょ」
「挨拶はまた改めてするよ。じゃあな」
そんな、待って!とフューシャは呼び止めようとしたが、シアンががっちりその手をつかんだ。
「ああ、本当にうれしい。今日は姉さんの新しい誕生日よ。お祝いしなくちゃね」
「あ、ありがとう…ねぇ、出発って、アキルはどこにいくの?」
シアンはなんでもないように言った。
「調査に出るらしいわ。この地球の。数年間は戻ってこないって」
「えぇ!?」
素っ頓狂な声を出したフューシャに、シアンは唇をとがらせた。
「あなたが目覚めるのを見るために、出発を延期していたのよ。だから目覚めの瞬間を譲ってあげたっていうのに…ほんと、素直じゃないんだから」
その言葉に、フューシャはいてもたってもいられなくなった。シアンは苦笑した。
「…仕方ないわねぇ。ほら、追いかけなさい、アキルを」
「ご、ごめんなさい!お祝いはまたこんど…!」
言い終わらぬうちに部屋から走って去ったフューシャを、シアンはため息で見送った。
「覚えてなくても、変わらないわね」
それは笑みの混じったため息だった。




