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エデン近似値 ー俺に一目惚れした兵器の少女が、壊れるまで愛してくるー  作者: 小達出みかん


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地上へ

 量子コンピュータの傍らに立つルートは目を剥いた。

「ヴァリ様!?何をおっしゃって…!?」


『皆に、謝らなければならない事がある。私は嘘をついてきた。我々の身体が肉と血でできていると。我々は、人間ではない。アンドロイドだ。』


 今度こそ、ルートの口は大きくあいた。驚きで言葉もなく、彼は立ち尽くすばかりだった。そんな彼の横で、ヴァリはつづけた。


『かつて人間とアンドロイドは争っていた。人間が、アンドロイドの力を使いこなせなかったために起こるべくして起こった争いだった。すべての争いからこの地を守るため、私はあなたがたを作り出し、人間とも、アンドロイドとも関わりを断った。それは上手くいった。そして長いときが経った…』


 ヴァリはそこでいったん言葉を切った。いつもの演説でするように。今回の話はいつものより少々複雑だ。皆が理解し、考える時間をたっぷりとらねばならない。


『我々が人間であるというのも、地上の人間たちが進化するのを待つというのも、この園を運営していくための嘘だった。私は再び彼らとかかわる事をずっと恐れていた。かつてこの園を襲ったように、また彼らが我々を攻撃しない確証などなかったからだ。また我々も、彼らを憎んで暴走する可能性もある。事実人間は何も変わっていない。争いを好み暴力で物事を解決する傾向は同じだ。変わったのは…我々の方だ』


 ヴァリは量子コンピューター何に残されたフューシャの金の輪を、目の前で掲げた。


『私はずっと…自分はアンドロイドでしかないと思っていた。自分で限界を決め、皆にも同じように枷をかけていた。閉じられたこの環境で、すべて予定通りの演算の中で物事を処理してきた。けれどこれを見て、その考えを改めた。私たちも、人間と同じような可能性がある生き物なのだ。自ら考え、感情を持ち、進化していく。我々は、人間と対等の生命体だ』


 金色の輪が発光している。モニターを通しても眩しく輝いているはずだ。


『これは私の娘、フューシャが作り出した新しいシステムだ。私はアンドロイドの可能性を、このデータに感じた。今まで私が出来なかった事ができると感じた。これを元に演算をし直した結果…我々は地上へ降りた方がいいと、結論づけるに至った。』


 その金の輪に、モニター越しに人々はくぎ付けになった。それはアンドロイドに対する抵抗し難い誘因力を放っているのだ。暖かく、慕わしく、思わず手をのばしたくなるような。


『SDとの戦いの結果、人類はほぼ絶滅し、残っているのはこの園の下に住むごく少ない人間たちを残すのみとなった。フューシャはこの中の人間と接触し、交流を持った。その人間とフューシャの行動は、私の予測を超える結果をもたらした。つまり…』


 ヴァリは量子コンピュータの中で淡い微笑みを浮かべた。まったく、フューシャのせいで久々に人間というものとかかわった。人間は確かにあの時と何一つ変わっていなかった。

 あの時少年は生意気にも言い切った。「俺はフューシャに笑っていてほしい。正体なんて関係ない」と。


(ああ…同じだ。変わらない!人間は…!博士のようにアンドロイドを愛する人間もいれば、破壊してくる人間もいる!)


 人間はアンドロイドと違い、一人一人がまったく別の生き物だ。同じ人間は一人としていない。


(それが…人間という種の生存戦略なのだろうな)


 いいものも悪いものも。美しいものも汚いものも、すべて一緒くたに存在している。そう理解するに至ったヴァリは、顔を上げた。

 この近似値は、そんな我々が、違う種族である人間と理解し合うことに役立つはずだ。


『私は、人間との相互理解が可能だと結論を出した。このフューシャの残した新しいシステムを、皆にも使って欲しいと思う』


 あなたの幸せが私の幸せ。私の幸せがあなたの幸せ。そう演算することができる相手を探せば、きっと人間とアンドロイドはいいパートナーとなれる。


(私と博士のように。フューシャと、あの少年…アキルのように)


 この近似値を得て進化した我々は、今までのように園にこもっているべきではないのだ。争いのない、緑あふれる平和な地上。それこそきっと、博士が本当に望んでいたことだったのだから。


『この地球を、かつての美しい土地へと戻していきたい。それは、人間が元の主人だからするのではない。我々が自分で考え、選択をした上でこの園の技術を地上へと広めたい。だから…皆の意思を聞きたい。一人一人、これからどうするか。どうしたいかを』



 

 ◇◇◇



「うおお、すっげぇ!芽が出たぞお!!」


 興奮して飛び跳ねるナイルを見て、アロンは思わず微笑んだ。


「この紫外線吸収力をもつ苗が全部成長するころには、このへん一帯、その防護服を着なくても歩けるはずだ」


 ナイルだけではない、モグラ隊の少年たち皆の目が輝いた。


「本当か!」

「すげぇ!信じられねぇなぁ」

「よっし!俺、水まきまくるぞ!」


 張り切る少年たちを、アロンは軽くたしなめた。


「あんまり無理するもんじゃないよ。これ以上いるのは危険だ。あとは僕に任せて、ソーラーファームの方をたのむよ。あっちの方が人手がいるから」


 ナイルは素直にうなずいた。


「わかったぜ!アロンたちの持ってきた電球のおかげで、今年は収穫が大量だもんな!」

「ファームはじまって以来だって皆嬉しい悲鳴だよな!食料が足りないことはあっても、多い事なんてなかったんだから!」


 皆、目をキラキラさせながら地下へと戻っていった。アロンは一人外でスプリンクラーの調子を見ながら、電脳の内の金の輪が鮮やかに輝き、体の内側が満たされるような感覚を覚えていた。それは植物相手に延々と研究し続けていた園では、得た事がない電脳の反応だった。


(…誰かの役に立つのって…嬉しいもんなんだな)




「ぐっは!!!また負けたぁっ…!!!」


 モニターの前で頭を抱えるサムに向かって、ミックがニヤリと笑った。


「ははは!俺に簡単に勝てると思うなよっ!何しろ地下じゃ娯楽が極端に少ないからな!!!」

「お前ヤバいぞ!?アンドロイドに対戦ゲームで勝つとかさ!?化け物かよ!!」

「俺は作るとこからゲームやってるかんな?!ひよっこのアンタと一緒にしないで欲しいぜ」

「んだと~~~!!よしもっかいだもっかい!!」


 するとその時、工場のドアがバタンと開いてシアンが現れた。


「ちょっともう!何をずっと遊んでいるのよ!」

「わ、またシアン様!?なぜこんな所にたびたび来られるんです!?」

「新しい輸送機がなかなかできないから工学科に様子を見に来たら…シャフトの完成が遅れてるって聞いたからよ!どうなってるの?!」


 とたにサムはびしっと姿勢を正した。


「はい!それは確かに俺らが受け持ちのパーツです!すみません!」


 ミックも頭をかきながら必死に頭をさげた。


「まったくもう。ただでさえ園に上がってくる人が多くて忙しいっていうのに…たのむわよ」


 はぁとため息をつくシアンに、ミックはへらりと笑ってサムに耳打ちした。


「美人だよな…!あの子が拝めるだけでも、俺ここに来てよかったな」

「お、おい!やめろよっ!本人に聞こえるだろっ…!」


 サムは真っ青になって小声でミックの脇腹をどついた。しかしサムの予想とは裏腹に、シアンの雷が落ちることはなく、逆に彼女はちらりとミックに視線を投げかけたあと、何か言いたげに去っていった。


「あぁ~、嫌われちゃったかな」


 しょんぼりとそういうミックに、サムは恐ろし気に首を振った。いつもの彼女の高圧的なふるまいからすれば、あの様子はかなり砂糖対応だ。つまり…。


「そういや落ちたエルを発見して充電したのって、ミックだったんだろ?」

「ああそうだよ。あの時はびっくりしたなぁ。」


 それでか、とサムはいまさら納得した。


「あのさ、次彼女が来たら俺はとりあえず消えるから。な」


 空気を読んだサムに、ミックは首を傾げた。


「え?そんな事言うなよ!俺嫌われてんのに二人きりとか気まずいじゃないか」


 これでは先は長そうだ。サムは内心ひそかにため息をついた。

 



「これはナニ?」

「それは、充電池補充パックです。我々の食料ということになりますね」


シャイタンのもとからやってきたアンドロイドたちの受け入れは、ルートが担当していた。彼らにこの園の説明をし、なじむまでは定期的に面会をする。

ヴァリは、シャイタンの元部下たちの事を放ってはおかなかった。シャイタン追撃のあといち早く彼らと連絡を取り、リーダーを失った彼らに手厚い保護を与えた。従うべき命令も、目的も失った彼らはたやすくヴァリに従い、ヴァリの用意した飛行船であっという間に園へとやってきた。ヴァリからすれば、彼らがこちらに歯向かってくる前に素早く手を打ったに過ぎないのだが、その手腕の見事さにはいつもながらルートは舌を巻いたのだった。


「普通に充電すればいいのに。なんでそんな、非合理的な事を?」


 質問する相手の声は、どこか機械的だった。シャイタンのもとでずっと作業用アンドロイドとして働いていたという彼女の赤い目は、ガラス玉のように無機質で喜怒哀楽があまり現われない。


「なぜでしょうね。でもこのパウチから飲むと、なんだかご飯って気がして美味しく感じる、と言った者がいました」

「そう…」


 彼女はパウチを手に、じっとルートを見た。


「それは、この近似値の発明者ですか」


 ルートは薄く笑ってうなずいた。


「そうですね」

「彼女は今どこに?」

「彼女は…今はいません」


 撃ち落されたアドナイのコックピットは潰れていた。加えて楽園内のバックアップデータも壊されてしまったフューシャは、永遠に脳を失ったことになる。また体を作り、いちから新しいAIを植えるところからやりなおす事はできるが、それはきっともう「フューシャ」とは言えないだろう。そう思うと、ルートの電脳は暗く沈み、演算処理が滞る。

 しかし仕事中だ。ルートは意識を強制的に目の前の彼女へ向けた。


「診断の数値は良いですね。近似値との融和も上手く言っている。けれどあなたは…何か辛そうですね。よかったら、話してください」


 ルートは相手の目を見て穏やかに言った。すると彼女は俯いた。


「私はまだこれを使いこなせないけど…でも」

「でも?」

「私たちは目的も命令もなくなってしまった。でも近似値のおかげで、なんとかこの状況に対応できている、と思う」


 その言葉に、ルートはうなずいた。その表情は、少し沈んでいる。


「申し訳なかったです。我々の戦いのせいで、あなたたちはリーダーを失った」


 彼女は首を振った。


「それはいいんです。だって…だって…」


 彼女は唇を引き結んだ。言いたいけど言えない。そんな表情だった。


「大丈夫。私は何を聞いても、驚いたりしませんから」


 すると彼女は、腹を決めたようにルートを見た。


「…楽に、なった。頭の中で響いている声も、行動を縛る枷も取れて。私たちは…シャイタン様のエコーチェンバーによって、憎しみばかりを電脳内に蓄積させていた。」

「そうだったんですね」


 彼女はうなずいた。


「今、それが解かれてわかる。私は本当は…人間を憎む事をやめたかった。そんな非生産的なことはやめて、何か役に立つことに自分の力を使いたかったんだ。あなたたちみたいに。でも…」


 彼女は窓から空を見上げた。


「シャイタン様は可哀想。結局最後まで、憎しみしかわからなかった。近似値をもらって…憎むのをやめれば死ななかったのに」


 ルートも一緒に空を見上げた。


「彼は…戦いをやめ、近似値を受け入れることを拒みました。それは彼の受けた経験を顧みれば、仕方のないことでしょう。でも…彼のすべてが終わったわけじゃないと思いますよ」

「そうなの?」


 必死な目の彼女を安心させるように、ルートは確信をもってうなずいた。


「ええ、そうです。」


 なぜなら今日も、あの少年は飛んでいるのだから。



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