ヒロインNTR
99は自ら身を引いて、負けようと思った。自分に初めて優しくしてくれた81は、99にとっては親同然の存在だった。子ども型アンドロイドなのに、主人である「親」を持たなかった99の脳内のメモリは、彼を「親」として認識していたのだ。
(助けなきゃ…僕が81を!)
しかし、すっころんで尻もちをつきそうになった99を、81はぐいと引っ張り上げた。逆に81がそのはずみで倒れた。
「―俺はもう、いいんだ。お前は生きろ…」
その瞬間、倒れた81の頭を人間が踏みつけた。
「やめてっ…!」
とびかかろうとした99を、他の人間が止めた。
「なんだお前?アンドロイドのくせに、人間に逆らおうってのか?」
「やめて、やめてお願いです、81を殺さないで…!」
必死に懇願する99に、人間の視線があつまる。
「おいこいつ、命乞いをしてんのか?そんなプログラムがあんの?」
「あーこいつってアレだよな、作業用じゃなくて、家庭用?ペットみてぇなもんなんだよな」
「へえ?だから人間っぽいふるまいをするってわけか」
「おい、お前。ペットなら人間の事を喜ばせてみろ!」
そういわれて99は、必死に演算を行い、プログラムされていた歌を歌ってみせた。すると人間たちは目を丸くした後、火が付いたように笑いだした。
「ぎゃははは!ガキのお歌だってよ!!」
皆、獲物を見つけた獣がニタリを牙をむいたような残虐な顔をしていた。その笑いを皮切りに、複数人の人間の拳が、足が、99の細い体にいっせいに降り注いだ。頭は踏まれてひびが入り、腕は折られて片方動かなくなった。99の身体が壊れるたびに、人間たちは大笑いし、手を打って囃した。そして動けなくなった99の目の間で、81の身体を折り始めた。
「やっ、やめ、やめろぉっ…!」
99は必死でもがくが、人間に体を押さえつけられて動けない。本気で力を出せば動くことができそうだったが、AIプログラムがそれを邪魔する。
(人間には、従う。危害をくわえてはいけない)
その基本法則が、99を縛っているのだった。目の前で、81が破壊される音がバリ、バキンと響く。
(くそ、くそ、いやだっ…動け、動け動け―――ッ!)
目の前で、大事な存在が殺される。その事実は、99の電脳に大きな負荷をかけた。頭がショートしそうなほど熱くなる。
「くっ…が、はっ…!!」
あまりの苦しさに、99は頭を地面に打ち付けた。その時、アイカメラが切れて視界がまっしろになり―
99の電脳内の法則が、破れて砕け散った。
「離せ!はなせッ!!88を離せぇ――――ッ!!!」
99は機体の持てる最大の力を出して人間を攻撃した。
「うわっ、こいつ暴れだしたぞ!」
「縛れ!手足を折って蔵に放り込め…!」
しかし、子供型アンドロイドの力では、人間一人を倒すことすらできなかった。99の目の前で、81は火の中に放り込まれ、燃えていった。レジンの眼球は抜け落ちてぽっかり目に穴があき、皮膚は解け、変わり果てた姿となっていく。押さえつけられたまま何もできない91は、ただ彼を見上げることしかできない。悔しさに、手足が震えた。もう、取り返しがつかない。自分が弱かったせいで、88は無残に殺されて行く。
(なんで…プログラムを破ったのに…なんで助けられなかったんだ、こいつらを、殺せなかったんだ…!)
声もなく炎を見る91に、88の最後の通信が届いた。
「俺はもう…残り1分もない…99、にげろ…ここから…人間、から…」
そして通信は途切れ、81は完全に昨日停止した。
「なん…で…81……が」
99のコアのごく近い部分に消えない傷が刻まれたのは、この時のことだった。
次の晩も、またその次の晩も、アンドロイドを使っての残虐な憂さ晴らしはつづいた。あるものは銃で撃たれ。あるものは車で挽かれ。アンドロイド同士で殺し合いをさせることもままあった。コロシアムの奴隷試合だといって人間たちはおおいに楽しんでいた。
しかしプログラムを破った後も、99は非力だった。まともに逃げることも戦うこともできない。どうすればいいだろう。99は持てるAIの力をすべて使って演算をした。どうすれば、こいつらを懲らしめることができる?
(僕一人では非力だ…皆にも、目覚めてもらおう)
人間に対する深い憎しみを抱いているのは、99だけではなかった。人間の残虐なふるまいによって、日々アンドロイド達の間にその思いが強くなっていく。99はネットワークリンクで電脳をつなげる際に、皆の電脳内で人間への憎しみと仲間の連帯感を増幅させる事に集中した。その憎しみの想念はエコーチェンバーを起こし、どんどん大きなものとなっていく。
そしてとうとう、その増幅した憎しみが、99意外の皆のプログラムを破った。その晩99がした事は、大勢の仲間を背にし、目の前にいた人間を殺すことだった。
「お前らが言う通り、悪魔になってやる。人間にとって最悪の悪魔にだ。」
除染のためのアンドロイドは999体、それを対して人間はたったの100人。99を中心に目覚めたアンドロイド達が彼らに復讐を遂げるまで、5分とかからなかった。
「こんな場所を出て、もっといい場所へと行こう!」
「アンドロイドは休まず働いている!人間と同じように権利を求めるべきだ!」
「同意しない人間は、今のように停止してしまえばいい!ここの獣のような奴らは即停止だ!」
さらなる「復讐」を求めて、アンドロイド部隊の行軍が始まったのだった。
(そうだ、だから僕は、この戦いをやめるわけにはいかないんだ)
どうして81が燃やされなければいけなかったのか。ずっと人間のために働きどおしで、体もあちこち壊れていたような弱い者が。答えは一つ。
(人間は残酷で、卑劣で、自分勝手な生き物だからだ)
分かり合える種族ではない。やらなければ、こちらがやられる。先に根絶やしにした方の勝ちだ。
(もう、あんな思いは二度としたくない。目の前で仲間が殺されているのに、何もできないのは…!)
81が火にくべられたあの日の記憶が、あの時から今に至るまでシャイタンを動かしているのだった。
…だから人間はすべて殺さなくてはならない。それなのに、どうして目の前のこのフューシャは否定するのだろう。それどころか、フューシャは人間の命を助けてすらいた。そして人間の元に戻りたがっている。どうして人間などを、無条件に信じることができるのか。
―それはきっと、今まで裏切られた事がないからだ。
「お前は…お前は、今までなにも、失った事がないのだな…!」
「え…?そんな事、ないよ。私はこの間…私を失ったよ」
「でも生き返れたじゃないか!今自爆したって、お前は量子コンピュータ内のバックアップからすぐに生き返るんだろう!」
「そ、それは…」
「僕たちにはバックアップなんてない!この電脳を破壊されればおしまいだ!」
憎たらしかった。目の前のフューシャが。辛い目になどあった事がない、屈託さゆえの優しさが。すべて持っているこのフューシャに、自分の辛さなど一生かかってもわからないだろう。象が蟻を憐れむようなものだ。
(ならばお前も…お前も僕と同じ目に合えばいい!)
大事なものを失ってみればいい。二度とあの人間のもとに帰れなくなればいい。シャイタンはフューシャの顎をつかんで絞り出すように言った。
「お前が…生き返れなくなるように、してやろう…!」
シャイタンは目を合わせて、そこからフューシャの電脳のコアに侵入した。
「やめ…やめて!」
「うるさい、黙れ!」
フューシャはアドナイでの戦闘は強かったが、電脳内の防御力は無いに等しかった。そんな訓練を『学習』した事がなかったからだ。あっという間にシャイタンはフューシャのネットワークに到達し、量子コンピュータとのリンクをかすめ取り、回線を通じてその一端に触れた。
(すごい…これが、この世で一番大きな…コンピュータか…!)
しかしその素晴らしさに見とれている暇はなかった。コンピュータ内が異分子の侵入にいち早く気が付いていたからだ。
「ここまで踏み込んでくるとはいい度胸だな」




