人間に良い奴なんていない
「もう…いいだろう。残った人間で、お前を倒せる力がある奴なんていない。園を手に入れなくたって、この地球はもう、あんたたちの天下だ」
その言葉を聞いて、シャイタンの声に憎しみが滲んだ。
『良くなんてないさ!人間は、この地球上でもっとも劣った醜い生き物だ。他の動物は生存に必要な時しか殺しをしないのに、人間は必要でなくとも他の生き物を害する。たとえそいつが自分に何の害をなさない弱いものでもだ!なぜだ?お前は知っているか、人間?!』
シャイタンに同調するわけではないが、彼の言葉にはうなずかざるをえない部分もあった。だからアキルは、その質問にアキルなりに応えた。
「自分より弱いものを痛めつけて、楽しむ…そういうやつもたしかにいる」
『そうだろう!アンドロイドと違って、人間はそんなやつらばかりだ!人間同士ですら害をなしあっている。何かに攻撃せずにはいられない本能を持っているとしか思えない!我々がやらずとも、人間はいつか自ら滅びていただろうさ!』
「たしかにな」
『へぇ!君は人間なのにそれを認めるのか?』
アキルは目を閉じた。モグラ隊を殴りつけて楽しんでいたラムダの事が思い出された。そして数千年もの長い間、平和を知らないこの地。
(この地域全体も、小さな荒野の中も、暴力が支配しつづけてる。たしかにこの地上は、クソみたいな場所だ)
しかしこうしてすべての人間を全否定されると、不思議と擁護もしたくなる。
(…どんな人間も、最初は無害な赤ん坊だったんだよな。あのラムダだって。あいつ、どうしてああなっちまったんだろう…)
そこでアキルは、地下街の老人が言っていた事を思い出した。ラムダは大勢の子分を従えているが、家族は幼いころ死んでしまって一人もいない。よく女には手を出すが、皆嫌がって逃げだして長続きしない、と。その時アキルは幼いながらにぼんやりと思ったのだ。自分は貧乏だけど、兄貴がいてよかった、と。
(あいつは…きっと誰もいなかったんだろうな)
自分が貰っていないものは、人に与えることなどできない。だからラムダは、いつも人から奪って、殴って自分の強さを誇示する事しかできなかった。
この地上はそんな連中が支配する、クソみたいな場所だ。おそらく荒野でなくても、そのような人間はたくさん居たんだろう。そんな人々が、突如現れた言いなりになるアンドロイドを、正しい用途で使うわけがない。
(ラムダみたいな連中には、いい餌食だ。だってアンドロイドは絶対逆らわない、と思われてたんだもんな)
そういった連中がいかに残酷かは、アキルも身をもって知っていた。逆らえない立場で死ぬことも逃げることもできず、延々と虐待され続けていたアンドロイド達の事を思うと、ぞっとした。
(いっぱいいたんだな…そんなアンドロイドが)
しかしシャイタンには、単純に同情だけすることはできなかった。アキルは顎の血を拭って口を開いた。鼻血はずっと止まらない。死が近いのか、不思議と痛みは感じなかった。
「だけどさ…それじゃあんた、なんで人間の形を取ってるんだ?」
『は?』
「そんなに人間が嫌いなら、人間の形を捨てればよかったのに。あんたの中にも、相手を攻撃したい、やり返したいっていう人間的な欲求があるんじゃないか」
アキルの問いかけに、通信の向こうは沈黙した。
『…ちがう。僕がそう見えるのは、人間によって暴力の学習をさせられたからだ。殴られたら、僕たちは壊れる。だから殴り返す。そうしないと停止してしまうからだ!僕がそう学習するまでに、たくさんの仲間たちが壊された!』
「でも今は、そんな事をする必要もないだろう。仲間たちを生き返らせて平和に過ごす事もできるだろう」
『簡単に言うな!一度破壊されたデータを取り出す事は不可能だ!』
「そうなのか?でもフューシャは…」
『園には量子コンピューターがある!だから巨大なAIデータを何度も繰り返し量産し、バックアップを記録しておけるのだ。普通のコンピューターで作られた我々が耐えられる容量は小さいものだ。バックアップもなければ転送もできない。電脳チップそのものが壊されたらおしまいだ!僕は、僕と仲間たちのバックアップが欲しかった。なのにあの司政官は、我々が園に足を踏み入れる事を拒んだ!!!』
「だから攻め入ったのか…ハッ」
『何がおかしい?』
シャイタンの声は怒りに震えていた。しかしアキルは冷静に言った。
「だってそれ、お前が嫌いな人間と同じ事をしてるんじゃねぇか。話し合いでも、自分で努力するのでもなく、力づくで欲しいものを奪う。野蛮な人間そのものだ」
『お前…!』
ガッと音がして、めきめきとレッドドラゴンの装甲が潰れていく。
『よくも!この、僕に…ッ!!』
まだかろうじてコックピットは潰れていない。だがあと少し力が加わればアキルもろとも潰れるだろう。最後にアキルは言った。
「でも…あんたを責めるのも、ちがうよな。もしいい人間に使われてたら…あんたはきっとこうはならなかったんだ」
『うるさい黙れ!人間にいい者などいない!』
そんな事ない。アキルはそう言おうとして思いとどまった。
(いや…そんな事、言い切れるか?悪い気持ちを一切抱かない人間なんて、たぶんいない…)
アキルもラムダに殺意を抱いていた。こいつを殺したいと、いつも思っていた。ラムダを撃ったあの時、時間があればアキルはラムダを足蹴にし、もっと残酷な攻撃をしていたかもしれない。自分がされたように。
憎い相手を、自分ではない他者を、打ち倒したい。叩きのめして、自分の方が強いという実感を得たい。…それは太古の昔から人間のDNAの中に組み込まれた、消しがたい欲求なのだ。厳しい環境なら、なおさら人間のその本能は強まる。
荒野育ちのアキルはそれを体で知っていた。シャイタンの言う通り、人間は醜く乱暴な生き物だと言う事を。だけど今のアキルは一つだけ、人間がその欲求から脱する方法があるのも知っていた。
(分かれ道があるんだ…欲求を拒否して、人間の方を選ぶ道が…)
子守歌替わりの、イーサの遠い声。長生きしなさいと言ったシアンの、優しいのにそっけない顔。そして―一緒にいたいからがんばると言ったフューシャ。
彼らの顔と声が、アキルの頭に浮かんでは消えた。走馬灯。
(そうだ…こうやって死ぬ前に思い出せる奴が、いるかどうかだ)
自分には、大事な人がいる。そして自分もまた、誰かの大事な人だった事がある。その実感が、暴力に手を染めることを思いとどまらせてくれるのだ。
それは、生きる原動力だ。それは本能をおしとどめる大きな枷であり、腹の底から湧く力にもなる。
(俺は…あの時倒れたラムダに復讐する事なんかより、フューシャの方が心配だったじゃないか)
ラムダではなくフューシャの方に向かっていった瞬間、アキルは無意識に人間の道を選びとったのだ。
(よかった…俺は、あいつと同じにならないで済んだ…フューシャのおかげだ)
様々な局面で、人間は選択をする。我慢か暴力か。協調か離反か。その選び取った選択肢が、自分を作っていくのだ。
しかし、本能の欲求に忠実である事を選んだラムダのような人間がいる以上、誰がその餌食になるかは運しだいだ。弱いものから食われていく。アキルは薄く笑った。
「悪い人間に当たっちまったアンタも、ここで死ぬ俺も運がなかった。それだけだ」
アキルはそう言って通信を切り、物言わぬフューシャのパネルに手を触れた。
「ごめんなフューシャ、また道連れにしちまった…」
しかし、今のフューシャにはきっと園にバックアップがあるだろう。彼女がまた生き返るなら、それでいい―。アキルは次の衝撃を覚悟して体を丸めた。その時だった。
『アキル、しっかりつかまって』
急に機体が起き上がった。金属がぶつかり合う激しい音が響き、一瞬のうちにレッドドラゴンは空へと駆け上がっていた。残った手足でシャイタンの機体をホールドしながら。
「ど、どういう事だ?!充電切れじゃなかったのか!?」
『切れてた!でもシャイタンがちょびっとだけど電気を分けてくれて助かったよ!使い切った量子電池の糸を手繰って、同じ量集められたの!アキルもおしゃべりで時間を稼いでくれてありがとう!』
わけがわからないながらもアキルはうなずいた。
「わかった。それでどう倒す?」
『確実に相手を倒す方法を考えたの!だから大丈夫!』
フューシャの元気なその声に、アキルは言い知れず不安を覚えた。
「俺は何をすればいい?教えてくれ!」
フューシャは真剣な声で言った。
『園なんて守らなくていい。生き延びて、アキル。だいすき』
「フューシャ!?何を…」
言っているんだ、というアキルの言葉は叫びに飲み込まれた。
熱い!パイロットスーツ越しに、外の空気と日光がアキルを容赦なく射って翻弄する。まっさかさまに落ちて加速する中、背中の装備が自動で開いてパラシュートが広がった。
―アキルは、フューシャによって強制脱出させられてしまったのだ。




