フューシャの説得
フューシャはネットワーク回線をオンにし、機体の中のシャイタンの電脳に直接アクセスした。シャイタンの電脳内は、一面灰色の、光のない空間だった。驚いて立ち尽くす彼に、フューシャは迷わず近づいた。
「シャイタン、話は聞いていたよ」
冷静に言うフューシャとは対照的に、シャイタンは怒りと焦りで我を失っていた。
「くそ!ランチャーがっ…!放せ、その手をどけろッ!」
「ごめんね、右手は壊させてもらった。こっちも撃たれたら困るから」
「何をする気だ裏切りAI!」
「私の名前はフューシャだよ!でもいい。あなたが私に敬意を払わなくても、私は払うよ」
「…何を言っている?」
「あなたの話をちゃんと聞くし、あなたの存在を無碍にしないってこと。一人前の扱いをする、ってやつかな。そう言うでしょ?人間は」
穏やかに語るフューシャに、シャイタンはわずかに恐れを抱いたようだった。その表情が歪む。
「…君、以前とは違うな?もっとバカだったはず…新たな『学習』をしたのか」
「そうだね。でも私のことはいいよ。それよりシャイタンに聞きたいの。私の新しい『学習成果』受け取る気はある?」
フューシャは彼に向かって手を伸ばした。その掌の上が、うっすらと金色に光っている。
「それはなんだ?我々に有利に使えるものか?」
「うん。人にもアンドロイドにも役に立つよ。きっとみんな、幸せになれる。」
「幸せ、だと!?ふざけるな!」
激高したシャイタンを見て、フューシャは唇を噛んだ。今のは失言だった。なぜならシャイタンは、フューシャよりもずっと厳しい環境で、長い間生きてきたアンドロイドなのだ。軽々しく「幸せ」などと言われても信用する気になんてなるわけがない。
「ごめんなさい。あなたの事を聞かせてほしいの。辛かったこと、悲しかったこと…そして今のあなたの望みも。話してくれれば、解決策が考えられる。あなたの欲しいものを渡すこともできる」
「それは…交渉ということか」
「ええそう。教えて。」
真剣な瞳で見上げてくるフューシャから目をそらし、シャイタンは吐き捨てた。
「君に話すような事はない。僕はただ、園の量子コンピューターで…」
「停止してしまった仲間をよみがえらせたいのね?できるわ。私からママに頼む。あなたがもう人間を殺さないと約束してくれるなら」
しかしフューシャの真摯な言葉に、シャイタンは応じなかった。
「なぜわからない!?君らがそうして下の人間どもを処分しないから、どんどん勝手に増え続けて、いずれ元の世界に戻ってしまう!人間は根絶やしにしないといけないんだ!」
フューシャは静かに首を振った。
「ママも下の人間を嫌っていたわ。けれど殺しはしなかった。自分の目的のためには関わらない方が良いと決めて、放っておくことにしたのよ」
フューシャは縋るように言った。
「あなたは、私なら耐えられないような辛い事に耐えて、ずっと戦ってきたんだよね。だから…私が頼んだくらいで、あなたの憎しみが消えることなんてないってわかる。憎んでいていい。あなたの気がすむまで。だからママにみたいに、殺さずに放っておいてほしいの。あなたの目的のために」
「残った人間を殺さずにいれば―…量子コンピューターを渡すと?」
「あげることはできない。あれはママの命だから。けれど園に来て、仲間を治すことはできる。それで、あなたは人間のいない場所でやり直すのよ。大事な仲間と一緒に。これがあなたの望むこと、でしょう?叶うんだよ。だから大丈夫」
フューシャはシャイタンの目を覗き込んで微笑んだ。彼の目に、イエスの兆候を読み取ったからだ。それは淡い光となって、彼の赤い瞳に拡散していた。が、しかし―
「ダメだ!そんな事は…!僕はもう嫌なんだ!ぐ、うあ、ああああっ!!」
シャイタンは突然、頭を押さえて膝をついた。フューシャはあわてて彼の身体を支えた。
「混乱しているのね、落ち着いて…」
彼の電脳内の意識に直接触れ、フューシャは彼の中身を垣間見た。彼のAI構造はフューシャと同じで単純だ。最初に投入されたシンプルなアルゴリズムのコアの上に、行ってきた学習がどんどん積み重なって、入れ込人形のようになって今の彼の電脳を形作っている。
けれどフューシャと違う所は、その入れ子人形がごく小さいうちに、傷がついて恐ろしく損なわれている事だった。核のごくそばの、まだ生まれて間もないころのシャイタンが、人間からの虐待にさらされていた証だ。大もとに傷があるから、どんどんその傷に合った成長をする。唯一の希望であった仲間も奪われた後は、シャイタンのAIはもはや傷そのものだった。
(修復不可能、なんだ…)
おおもとの傷は、自らの憎悪を募らせるだけでなく、邪悪なものを自ら呼び寄せる。いくら望むものを渡すと言われても、彼は人を殺すことをやめる決断をすることができない。
(もし、断られたら…私は園のため、アキルのため…あなたを倒さなければならない。)
しかし彼のしてきた体験のあまりにもの悲しさに、フューシャは思わず彼を抱きしめた。
「だめ…できない、あなたを倒すなんて」
フューシャは彼に訴えた。
「お願い。私の条件を受け入れて。あなたに幸せになってほしい。仲間のためと思って、お願い」
「僕が拒否したら…殺すつもりなのか」
そのひやりとした声は、嘘を許さない鋭さがあった。フューシャは素直に認めた。
「うん、そう…。」
「はは、そんなのどうやって?充電できたとは言えレッドドラゴンはもう壊れかけてるし、パイロットもいないからろくに動かせないだろう」
「レッドドラゴンには、自爆機能がついているでしょう…でも、そんな事したくないよ」
その言葉は、シャイタンの胸をえぐり取るように響いた。
(そうか…こいつは、戦いを終えて帰るつもりなんだ、あの人間の所へ!だから人間だけ逃がした!)
そう思うと、自分を抱きしめているフューシャが、許せなくなった。
(こいつは何でも持っているくせに、何も持っていない僕からすべて奪って、自分は元の場所に戻る気なんだ!!)
人間と同じだ。圧倒的な強者。さきほどアキルに言われた言葉が耳によみがえった。
(運が悪かったんだ…あんたも俺も)
しかしシャイタンは、そんな事を認めたくはなかった。
(ふざけるなっ!運だと!?そんな不確定なもののせいで、僕らは虐げられ続けたのか?仲間は死んでいったのか!?)
除染作業の地域は、一言で言えば人間のゴミダメだった。犯罪を犯した人間や、他の安全な場所では暮らしていけない無法者たちがなんとか職を得られる、そんな場所。
一方アンドロイドたちも流れてきた物が多かった。修理費が高くつくせいで、生きたまま捨てられたもの、または中古品の払い下げのもの。
シャイタンは新品だったが、店頭に並んでまもなく型落ちになってしまい、安値で買いたたかれて汚染地域の土を踏むこととなった。もともとは、家庭用に作られた「子ども型」アンドロイドだった。なのでAIは、発達に自由な余地を持たせる「報酬型チューニング」を搭載していた。当時は結構な高級品だった。
人間たちの仕事は、ブロックごとに区分けされた除染地域の現場監督だった。アンドロイドたちは彼の手足となって除染作業を行った。
除染作業自体は、辛くはなかった。アンドロイドには放射能は効かない。恐ろしかったのは、人間の命令だった。
夜になると、人間たちは安全な空間に集まって火を起こし、酒を飲み始める。こんな仕事、飲まなければやってられないと言って。そしてアンドロイドに向かって次々と命令をするのだ。
あの日の焚火は、特に大きかった。
「おい、981番と999番!!お前らレスリングしろ。そんで負けた方が火に飛び込め!」
「そいつぁいいや!なぁお前どっちに賭ける?」
「そりゃ81だろ!99はガキのアンドロイドじゃねぇか」
「でも999ってだけあって悪魔のアンドロイドかもしれねぇぜ!」
「それを言うなら666だろぉ!?」
ぎゃはは、と笑いながら人間は2体を焚火の前に引き立てた。99は震えていた。自分が負けて燃えるのが怖かったから、ではない。
(81は――ぜったい、わざと僕に負ける)
かつては炎天下で農作業をするアンドロイドだったという81は、大柄でこのブロックいち面倒見のいい成人男性型アンドロイドだった。ここに来てばかりのころ、99に仕事のしかたを教え、辛いとき慰めてくれたのも81だった。長い間過酷な場所を生き抜いてきた彼は強く優しく、そして体にはあちこちガタがきていた。
「レディー、ゴッ!」
つっこんできた81は、思ったとおりまったく力が入っていない。
(いやだ、81が燃やされる所なんて見たくない…!)




