赤子の手をひねるような
何と後ろに、先ほどの少年が居たのだ。フューシャは驚き慌てた。
「あっ、な、なんであなた、ここに」
「一緒に乗り込んだんだよ。悪いか」
少年はじっと上目遣いで睨むようにフューシャを見た。強い視線に、フューシャは思わず気圧されてあとずさった。
「ななな、なんで…?」
その時、アドナイの外から声がした。
「やっと帰ってきた。姉さん、さっさと出てきなさいよ」
「!!!!」
フューシャは凍り付いた。声が近づいてくる。
「ちょっとどうしたの…まさか、ケガでもしてないでしょうね?」
ガチャンと外からハッチに手をかける音がした。フューシャは夢中で少年の手をつかんでシートの後ろへひっぱりこんだ。
『とりあえずかくれてて!おねがい!』
それと同時に、ハッチが開いて渋面の少女が顔を出した。
「姉さん?」
「シアン!心配かけてごめんなさい」
フューシャは妹に駆け寄って、その首にかじりついた。
「わっ…ちょっともう…何なのよ」
「こわかったよぉ。今日は数が多くて、手こずっちゃった!」
フューシャがそういって見上げると、シアンのしかめっつらがこころもち緩んだ。
「そうね…私も出るのが遅れちゃって。でも地上にまで降りるなんてやりすぎよ。あんなに動転するなんて」
「うん…ごめんなさい。ねぇママは…?」
しょうがないなというように、シアンはため息をついた。
「今、会議中だから。まだ知らないわ。私は言うつもりもないし」
とたんにフューシャの顔が輝いた。
「わっ、ありがとう!シアン!」
「まったく…ちゃっかりしてるんだから。ちゃんと後始末して戻りなさいよ」
そういってシアンは去った。フューシャはほっと胸をなでおろした。
「ごめんね、出てきていいよ」
シートの後ろを覗くと、膝を抱えて座った少年がぎろりとフューシャを睨んだ。
「…あんた、あいつから俺を匿ったわけ?」
「だって怒られるもの…ね、今ならまだ間に合うから、地上に戻ろう?」
「……いやだ」
「え…だって、あなた見つかったら大変な目にあっちゃうよ。つかまっちゃうかも…」
すると少年は冷たく笑った。
「ハ。つかまる?殺すんじゃないのか?」
さらりと残酷な言葉がその口から出て、フューシャは固まった。
(殺す…?まさか、そんな。でももし、ママにばれたら…)
ママは目の前の少年をどうするだろうか。フューシャは考えたくなかった。外の存在に対して、ママはいつも冷ややかだったからだ。
「落ちた俺を助けたのって…もしかしなくてもあんたが?」
「うん…そうだけど」
「何でわざわざそんな事したんだよ。始末するのは簡単だったろ」
「だって…知らなかったんだもん」
そう、ママはいつもフューシャに言っていた。本当の人類は死に絶えた。もう園にしか人間は残っていないのだと。だから少年が黒い髪をなびかせて飛行機から落ちていくのを見て、フューシャは慌ててしまったのだ。落下する彼の顔も、表情も、フューシャ達と同じように人間だったから。それで気が付いたら、彼を助けるため降下していた。
「…地上の人たちは、みんなあなたみたいなの?その茶色い服を脱いだら、私たちと同じなの?」
「あたりめぇだろ」
フューシャはさっと青くなった。
「たいへん…他の人たちは、あのあと大丈夫だったかな…!?」
「何言ってんだ…スズメバチはお前が全部倒したろ」
少年はあっけにとられた顔をした。
「あ、そうだった…でもとにかく地上に戻ろう。ママにばれる前に…!」
しかし、フューシャがそういうと、少年の手が素早く伸びてフューシャの肩を強くつかんだ。
「ひゃっ…」
「俺は今日死ぬつもりで飛んだ。どうなろうが怖くなんかねぇ。俺が邪魔だっていうなら今あんたが殺せよ」
目を白黒させるフューシャに、彼はぐっと顔を近づけた。お互いの鼻先がくっつきそうな距離に、フューシャの顔はまたかあっと赤くなった。
「そ、そんなこと、できるわけないよ…!」
顔を真っ赤にしてためらっている目の前の少女を見て、アキルはぎゅっと眉根を寄せた。
(敵を殺すのを、ためらってる。こいつ、あんな怪物に乗ってるくせに、人を殺したことなんてないんだ。――根っからの脳みそお花畑なんだな)
しかしそれなら、アキルにでも簡単に丸めこめそうだ。このチャンスを逃す手はない。このままここに潜入して、この巨大な武器を奪う機会を狙おう。そう決めたアキルは、目の前でとまどう少女に言い放った。
「なら、このまま俺を匿え。」
「えぇぇ?!なんで…?」
アキルは一瞬考えた。言い方次第で、この少女は簡単に騙せるはずだ。
「俺は…ここで、探してるものがあるんだ。だからそれが見つかるまで、匿ってほしい。それだけでいい」
その嘘に、彼女は考え込むような顔になった。
「えぇ…で、でも」
アキルはじっと少女の目を睨めつけた。彼女の瞳は、金のようなオレンジのような不思議な色だった。その目に迷うように、ゆらゆら光が揺れている。もう一押し。
「お前に迷惑はかけないし、ここの奴らに危害は加えないと約束する。頼む」
肩にめりこむアキルの指から、彼女の熱が伝わってくる。またさっきのようにじわじわと彼女は体温が上がっているようだった。
「わ、わかったっ…わかったから、手、放してっ…!」
ぱっと手を離すと、彼女はシートに手をついてはぁはぁと深呼吸をした。
「もぉぉ…なんで?胸の中が、バクバクするよ…っ」
しかし次の瞬間、彼女ははっとしてアキルに向き直った。
「じゃ、早く私の部屋に戻んないと…!ここを出るならその服も変えなきゃ!もうすぐママの会議が終わっちゃう」
コンテナをがさごそしながら、彼女は聞いた。
「あなた、お名前はなんていうの?」
「アキル。お前は」
すると彼女は振り向いてにこっと笑った。
「私はフューシャ。よろしくね、アキル」




