アキル、搭乗
園は、揺れていた。地下の隔離房に閉じ込められていてさえ、それがわかった。
(な…何が、起こってんだ!?)
何日も閉じ込められているアキルには何も知るすべがない。しかし、最悪の予想はついていた。
(まさか…もう、シャイタンが来たのか)
レッドドラゴンはフューシャがロックをかけて、使えなくしたはずだ。撃墜したシャイタン自体はバックアップからすぐに蘇るかもしれないが、あれと同等の機体を作って出直すまではそこそこの時間がかかるはず…と、アキルは思っていた。
(俺が甘かったってことか)
再び轟音と共に隔離房が揺れた。アキルは床の上を転がって壁に背中を打った。
「…クソ、どっかつかまっとくか」
アキルは房にはめられている鉄格子を握った。すると、そこから誰かの足が近づいてくるのが見えた。
「…生きてますか」
その慇懃な声は、聞き覚えがあるものだった。
「あんたは…えっと、ルート!」
すると彼は答えず、ガチャンと鉄格子を開けて、アキルにタンクを投げてよこした。
「来なさい。あなたにも戦ってもらいます」
アキルは慌ててそれを受け取った。見た目に反して軽かった。
「うわっ、なんだこれ。どういうことだよ!?」
アキルは問いただした。久々に見た彼の顔は、焦燥の色が濃かった。
「シャイタンが来やがったのか?フューシャたちは、司政官は…?皆無事か?!」
一部の隙もない身なりだったルートの服も、今はすすけて乱れている。緊急事態が起きているという事をアキルは察した。ルートは歩きながら説明しだした。
「司政官は演算能力を高めるため、楽園…量子コンピュータと一体化しました。しかしアドナイもエルも…演算予測によると、あと数分で限界です」
「…負けそうって、ことか…?」
「その通りです」
格納庫にたどり着いたルートは、そこにつながれたレッドドラゴンを指し示した。
「乗りなさい」
そう命じる彼の表情はひきつり、指は震えていた。本当はこんな事を言いたくないという事がありありとわかった。しかしアキルはあえて聞いた。
「何で、俺なんだ。あんたらアンドロイドに比べたらポンコツだ」
そしてアキルはぐっとルートを見上げて言った。
「しかも俺は、死んだらそこで終わりだ!前のフューシャを簡単に消したあんたらのために、どうして命をかけなきゃいけねぇんだ?」
ルートはぐっと唇を噛んだあと、押し殺したように言った。
「わかっています。ええ、わかっていますとも。これがどれだけ理不尽な事かは!私は反対しました。他にパイロットの出来るアンドロイドが居ないわけでもない。でも」
矢継ぎ早にまくしたてる彼の言葉に、アキルは割って入った。
「司政官がそうしろって言ったのか」
するとルートは、豆鉄砲を喰らったような顔で数秒停止した。
「なぜわかるのですか」
「なんとなく、カン。前に乗った時フューシャと一緒でうまくいったしな。でももうフューシャのチップは…」
唇を噛んだアキルに、やや冷静を取り戻したルートが告げた。
「フューシャは回復しました。ボディはなくAIのみですが。だから、あなたなのです。司政官の演算は、他のパイロットよりあなたとフューシャが組んで乗ったほうが勝つ確率が高いと結果を出しました。他の組み合わせは、お話にならないほど低い数値だったのです…」
アキルは目を見開いた。
「た…助かったのか!?あの状態から…!?司政官も、激怒してたってのに…!」
「司政官はすぐにフューシャを復元に回しました。一部はデータが回収できるかもと期待してのことです。しかし短時間に、フューシャはほぼ完ぺきに再生し、自らの思考を最適化までした…」
難しい事はわからなかったが、とにかくフューシャが無事だったいう事がわかって、アキルはさっとレッドドラゴンに足を向けた。
「わかった。乗る」
ルートはうなずいた。しかしその顔は苦し気だった。
「あなたはパイロットとしてもともと筋が良い。その力を一番引き出せるのはフューシャのサポートで、一方フューシャも、あなたの補佐に限り、一番良いパフォーマンス力が発揮できる。司政官はそう言っていました。その量子タンクは…せめてもの兵力にと」
「もういいよ。別に最初から乗るつもりだったしな」
ルートは顔をしかめた。
「ならばなぜ…」
「どのみち、ここがやられれば俺たちもおしまいだ。頼まれりゃ、最初から乗らない選択肢なんてねぇよ。でも…あんたや司政官には、ちょっと一言言ってやりたかっただけだ」
「くっ…!」
悔しさとやるせなさがないまぜになったルートに、アキルは言った。
「わりぃ。冗談だよ。司政官と違って、あんたは結構いいやつだもんな」
アキルは破顔一笑し、レッドドラゴンに乗り込んだ。
しかし、コックピッドで待っていたのは泣きそうなフューシャだった。
「アキル!!ここに来ちゃダメ!!!やめてって、私言ったのに…!」
ホログラムパネルに表示されたフューシャは、以前よりも髪が長く、少し大人びていた。画面越しでも光り輝くような姿だった。
「フューシャ、よかった」
「私はね!データだから回復できたよ。でもアキルはレッドドラゴンに乗っちゃだめ!飛行科の別の生徒をよこしてって、私強く言ったのに…」
「いいんだよ、俺は」
笑ってシートに座ったアキルに、フューシャは叫んだ。
「ダメ!出てって!だってアキル…死んじゃうかもしれないんだよ!?」
「でも、フューシャのサポートと一番合うのが、俺だったんだろ」
「そんなの…ママの計算違いか何かだよ!」
触れられないとはわかっていたが、彼はフューシャのパネルにそっと触れた。
「そんな悲しいこと言うなよ。それに言ったろ…俺、お前と離れたくないんだ。俺がどうなっても」
「アキルの気持ちは、嬉しいよ…!だけど…!」
その時、爆発の轟音が格納庫に響き渡った。
「行こう!もう時間がない。どのみち園が負ければ俺らもおしまいだ。こいつの起動を頼む!」
フューシャは一時唇をかみしめたが、爆発音が続いた事でようやっと口を開いた。
「…わかった。でも絶対にアキルを生きて返すよ。―レッドドラゴン、起動!」
そのフューシャの決意こそ、ヴァリの演算で最も高得点をはじき出した要素だった。
「一緒に帰ってこよう。フューシャ。あいつを倒してからな!」
「うん…っ!」
大事な人を守るためなら、どんな事だって可能になる―。
エンジンが唸り、格納庫の天井が開く。禍々しい紅い機体が、空へと発進した。
勇むフューシャとアキルを、まずはスズメバチーーSD機兵が出迎えた。
「くそ、あいつはどこだっ」
「わかんない……!今探知するね!」
「了解」
答えて、ヒュンと目の前を横切る黒い羽虫を、アキルはブレードで切って捨てた。帯のような白煙を吹きながら、羽虫は地上へ落ちていく。
「アキル、気を付けて。後ろからも来てる!いっぱいいる!」
「ああ、わかってる……ッ!」
目の前に踊り出したのハチを両断し、そのままブレードを横に振りかぶって2機蹴散らす。その隙に背後から襲ってきた1機は、開いている片手で握りつぶす。まとわりつくSD機が、まるで虫の死骸のように次々と地上に落ちていく。兄貴を殺したスズメバチがこの中にいる可能性は、低いだろう。けれどレッドドラゴンに乗る今ならば、この相手を簡単に撃ち落とす事ができる。
(今視界に入っている分だけでも、ぜんぶ――!)
モーターグライダーとは比べ物にならないほどの猛烈な攻撃力、巨大なエンジン、手の動きに合わせて自在に翔ける駆動力。それらを十全に使い、アキルはすべてのSD機をものの5分もせずに全て沈めた。渇いた大地に、腹を見せて転がるスズメバチの、死屍累々。その手際のよさにフューシャは賞賛のため息をついたが、はっと気が付いて告げた。
「アキル……!後ろからシャイタンがくるっ!」
アキルは素早く身を翻し、構えた。




