俺の目の前で
浮島には高度な技術を持ったアンドロイド達が人間のように暮らしている事。この地上の人間は、遥か昔に反乱を起こしたアンドロイド達によってすでに滅ぼされてしまった事―…アキルはすべてを包み隠さず話した。
「っ…てことは、地球に残ってる人間って、荒野の俺たちだけってことっ!?」
「う、嘘だろう…?俺たちがここに隠れて暮らしている間に…外の世界はそんな事になっていたのか…?」
「つうか、フューシャってアンドロイドか!すげぇ!俺初めて見た…!」
ナイルは元々大きな目をさらに大きく見開き、ミックの顔はあまりのことに固まっていた。
「嘘じゃないの。ここだけは、園の下だから…やつらの攻撃にさらされずに済んでいたの」
そう話すフューシャに、ミックが難しい顔で聞いた。
「フューシャ、君もアンドロイドなのだろう?なぜ…反乱AI側につかないで浮島にいるんだ?」
「それがママの決めたことだから。ママは園を、人間の人たちが居た時と同じままにしておきたいんだって。私は戦うための娘だから…難しいことは知らないんだけど」
「そうか…だからシャイタンは、園が許せないのか。司政官が人間の肩を持ってるって、思ってんだな」
しかし、ヴァリは人間の味方ではないはずだ。司政官の行動の目的は、一体どこにあるのだろうとアキルは思った。
「そう。だからずっと攻撃してきた。けど、私たちは負けなかったの、アドナイがあったから。早く園に伝えないと。レッドドラゴンは奪ったけど、シャイタンはまた復活する。」
アキルはうなずいた。
「ミック、ナイル、グライダーを貸してくれ。レッドドラゴンは燃料切れだから、あれで行くしかない」
「おう。わかったっ!ちょい待ってて」
「あのデカブツもこのロボと同じ要領で充電できないか、試してみるわ」
「そだ、これレーション。お前なんも食ってないだろうからやるよ。特別なっ!」
二人は準備のため足早に病室を出て行った。フューシャは丸いレンズの目でチラリと茶色い塊を見たあと、あたりを見回した。
「薄暗い…それに、この部屋は地下をくりぬいただけの穴だね…いつ崩れてもおかしくない。こんな所で寝るのは危ないよ、アキル」
「昔、石油を運ぶためにこのへんは掘られたって聞いたな。でもベースメントの中じゃ、ここはまだましな方だ。俺が寝起きしてたとこはもっと奥で…暗くて、空気も薄かった。崩れて誰かが生き埋めになるなんて、しょっちゅうだったよ」
「そんな…それにこの食べ物…泥が混入してるよ。食べないほうがいいよ」
「これでも上等だよ。地上で農耕できねぇから…俺たちは地下の水耕栽培でどうにか食いつないでるんだ。もともとこの村の重機屋だったミックの祖先が、太陽電池の跡地でそのシステムを作り上げて…だけどそれをラムダがのっとって、荒野の物流を支配しだした。悪い事もあったけど、奴が鉄くずを集めてモグラ隊を編成したおかげで、他の地下街と確実に行き来できるようになって、生活も少しましになった。だからベースメントじゃ誰も奴に逆らえなかったんだ」
なんでもないような口調でそう説明するアキルに、フューシャは今まで体験したことのない気持ちになった。何も知らなかった自分が恥ずかしくて、申し訳ない気持ち。
「ごめんなさい…シャイタンが、地上に人を住めなくしたせいで…何も悪くないアキルたちが、こんな目にあってるなんて」
「フューシャが謝ることじゃない。俺たち、浮島が上にあるおかげでSDに殺されなかったってことだし」
「でも…でも、アキルが地下でこんなひどい目にあってたなんて。あのラムダって人にいっぱい殴られて、こんな危ないところで寝て。私、私…!」
フューシャの機械音声は、震えていた。きっと前の人の形をしていた時だったら、涙を流していたのだろう。味気ない機械のレンズの目に、アキルは光る涙が見えたような気がした。
「フューシャだって戦って命をかけてたじゃんか。俺と同じだ」
「でも…でも、私は殴られて戦っていたわけじゃないもの。周りの人に甘やかされて、贅沢に暮らしてた。それに…死んでも生きかえる。1こしか命がないアキルとは、重みがちがうよ」
「生き返ったっていうのか?新しくなったフューシャを見たとき、俺は…」
あの時、人込みの中で立っていられないほど、目の前が真っ暗になった。それを思いだしたアキルは彼女から目をそらした。
「今のフューシャがまた…生き返ってよかった。本当に。」
実感のこもった低い声だった。
「アキル…」
アキルはフューシャのレンズの目を見て微笑んだ。
「…俺に手紙をくれたの、フューシャが初めてだ。嬉しかった。でも…お前が死んだって思ってそれ以上に悲しかった。もうあんな思いはしたくない。」
だけど、シャイタンはフューシャを、浮島を狙っている。アキルは拳を握った。
「早くレッドドラゴンの事を園に伝えにいこう」
「アキル、無理だよ。怪我してるもん…!ナイルかミックに運転してもらうから」
そんな風に心配されるのは、アキルをくすぐったいような気持ちにさせた。
「平気だ。かすっただけだから。行こうフューシャ、グライダーはナイルが準備してくれているはずだ」
「でも…」
なおも言いつのるフューシャに、アキルは観念して言った。
「もう…離れたくないんだ、あんたと」
そういってアキルはうつむいた。
「俺じゃ大した力になんて、なれないけど…一緒に、いさせてくれ」
その言葉に、フューシャの小さな電脳領域は嬉しい気持ちでいっぱいになった。
「アキル…!わかっ…」
だがフューシャはその言葉を、最後まで言う事ができなかった。バンという発砲音がし、フューシャの機体の上部から煙が上がった。
「グハハハ!俺様を出し抜こうなんて、100年早ぇんだよ!!クソガキどもがぁ!!」
自ら拘束を解いたのか。血まみれのラムダが凶悪な笑みを浮かべて近づいてきていた。拳銃が貫いた場所を見て、アキルの頭は真っ白になった。ちょうどチップを差し込むスロットのあたりが、見事に破壊されていた。装甲が剥がれて、ひしゃげた金のチップが外からでも見えた。
さきほどフューシャは、自分は生き返ると言った。しかし、アキルにとってはフューシャを2度殺されたのと同じだった。
―なぜなら、指輪になってまでアキルについてきたこのフューシャのバックアップなんて、存在しないからだ。
(俺の、目の、まえで)
なぜ、この世界はこんなにも最悪のクソなのか。アキルがどうしても手に留めておきたいと思ったものはすべて誰かに奪われ、破壊される。
イーサ。指輪。フューシャの笑顔……
怒りが、アキルの体中を翔けめぐっていた。握った拳がこまかに震える。もはや何も考えられない。
「おいおいどうした?だんまりか?さっきの続きをしようぜぇ」
ラムダが一歩一歩と近づいてくる。頭が怒りで真っ白なアキルは、脊髄反射で動いた。流れるように、先ほどラムダから回収した拳銃を取り出し、目の前に向かって発砲していた。
「っ…!!!」
頭を撃ち抜かれたラムダは、声もなく倒れた。ドサリと重い音がする。アキルはラムダには目もくれず拳銃を放り出し、フューシャのチップを取り出し確認した。
―なんとか取り出せたそれは、砕けて真っ二つに折れていた。
「大丈夫か?アキル。一人で…」
「やっぱあぶねぇよ!俺もグライダー出すっ!」
灼熱の太陽の下に出て行こうとするアキルを、ミックとナイル、そしてモグラ隊の少年たちが止めようとしていた。
「平気だ。本当は昨日の夜すぐ出るべきだったんだ」
「夜グライダーを飛ばすのは無理だ!外は氷点下になるんだから!知ってるだろっ」
「急がないといけねぇんだよ。お前らも、しばらく地上に出ないで隠れてた方がいい。出入口の穴も隠せ。シャイタンに見つかったら、きっと皆殺しにされる」
シャイタンがあのレッドドラゴンの代わりを引っ提げていつ来るかわからないのだ。アキルはミックに念を押した。
「たのむ。もう荒野にしか…人間は残っていないんだから」
ミックはうなずいた。
「わかった。ただ…ソーラーファームとアンダーウェイストのやつらに通達はするぞ。それだけは怠る事はできない」
ナイルがうなずいた。
「俺が行って報せてくるっ。食えなくなっちまったらおしまいだからな!」
地上へ続く坂を上るアキルの後に、ナイルも続いた。防護服越しに、ナイルはアキルの肩を叩いた。二人は握った拳を打ち合わせ、それぞれのグライダーへと乗り込んだ。




