ピンチ
CMYKであらわされたくっきりとした青空。ドットで作られた白い雲が、カクカクと流れていく。
「ん…ここは…?」
フューシャが身を起こすと、自分の身体もドットで作られたちっちゃな女の子になっていた。
「わ、すごい!手もかくかく!」
小さいけど、髪はちゃんと桃色で服は白い。面白がって自分の指を動かしていると、ふいに複数の声がかかった。
『君はだれだい?』
『あの大きな機械は何っ?』
フューシャははっとあたりを見回した。声は上から降ってくる。
「私はフューシャ!でっかい機械はレッドドラゴンっていって、悪い奴の戦闘機なの!」
『ええ!?なんだそれっ』
『君はつまり、それに乗ってきたAIのデータってこと?』
子どもの甲高い声と、大人の男のどこかとぼけた声。フューシャはそれには答えず聞いた。
「ねぇ、ここはどこ?あなたは誰?」
『俺はミック。ここはベースメントって名前の地下街。で、あんたがいるのは俺のPCの中だ』
「そうなんだ!地下にもパソコンがあるんだね。この場所、なんだかカワイイ。容量は多くないけど、思考もしやすいし」
『だろ?ジャンクマウンテンから部品を引っ張って、夜な夜なパーツを継ぎ足してたんだよ。俺の自信作だ!で、あんたはなんでアキルに握りしめられてたんだい?』
フューシャはその瞬間、自分たちが差し迫った事情を抱えていることを思い出した。
「そ、そうだミック、あなたは人間よね?あのね、この場所に核爆弾を落とそうとしている悪いやつがいるの!」
『ハハハ!そういうゲーム?面白いなぁっ』
幼い声が面白そうに言った。
「ゲームじゃないわ!アキルに聞いてみればわかる。ねえ、アキルはどこ?そっちにいるの?」
するとミックと少年は沈黙したのち、ゆっくり言った。
『アキルは…今連れてかれて…』
『ボスに尋問されてる。なんであんな大きい機械に、乗ってたのか、って…あんた、ほんとに浮島からきたのかっ?』
その怯えとためらいのまじった声から、彼が動揺している事がわかった。アキルの身に危険が迫っている。フューシャの電子回路は数秒でその可能性をはじき出した。
「ねぇミック、レッドドラゴンにある作業用ロボを持ってきて!ここで充電して、ロボに私を戻すの!アキルを助けなくっちゃ!」
『助けるって、どうやって…?』
「私は園で一番の戦闘パイロットなんだから!どんな状況でもちゃんと敵を倒せるんだよ!」
その言葉に、ミックはためらっているようだった。
『ねえミック、こいつの言う通りにしてみようよ。あのデカブツの中行って、俺が仲間とかっぱらってくるからっ!』
『けどナイル…今はまだ』
『俺、こんなのもう嫌なんだよっ!いつだってあいつが暴力振るうのは、モグラ部隊の俺らなんだ!イーサだってあいつが殺したようなもんだっ!』
暴力?殺す?その言葉を聞いたフューシャは、一気に思考を加速させた。電子の脳が熱くなるくらいに、警鐘が響く。アキルが危ない…!
「おねがい、ナイルのいう事を聞いてあげて!体さえあれば、私は強いの!アキルがどうにかなる前に、早く…!じゃないとこのパソコン壊しちゃうよっ!」
フューシャの言葉に、ナイルも畳みかける。
「そうだよ!俺たちずっと待ってたじゃないか!今がチャンスだっ!」
『…わかった、わかったよ』
そう言ってミックは大きな箱型パソコンから金のチップを抜き取った。
背中と肩がずきずき痛む。こうして暴力を振るわれるのは一度や二度ではない。しかし今日のラムダはしつこかった。冷たい床に伏せながら、アキルはもう抵抗することをあきらめていた。
「おいおいアキル、そりゃないぜぇ?夜はまだ始まったばっかだ」
しゅっと鞭のしなる音がした。あと何回あれを受ければ解放されるだろうか…。アキルはぼんやりした頭でそんな事を考えた。
「ぜんぶ…俺は、話した…」
ラムダの質問にはすべて答えた。しかし彼はアキルを打った。アキルがどこで何をしていたかなど、もはやラムダにはどうでもいいのだ。ただこの時間を、楽しんでいるだけ。
「園とかアンドロイドとか?お前とうとう頭イカレちまったのか」
「ぐあっ…!」
ブーツを履いたラムダの足が、ドンとアキルの背に落とされた。鈍い痛みが広がる。
(早く…早く終われ…そしたらグライダーをかっぱらって、園に…)
しかしフューシャのチップもラムダに盗られてしまった。隙を見て取り返さなければいけない。だけど、身ぐるみを剥がれた今の状態でアキルがラムダに勝てるはずもない。
(かなり厳しいな…くっそ)
アキルが抵抗しないので飽きたのか、ラムダは足をどけた。
「そんな強くしてねぇぞ?お前は根性なしだなぁ。イーサはもっと耐えたぜ」
耳をふさぎたい。こいつの口から兄の名前を聞きたくない。アキルはただただそう思った。しかしラムダは目をらんらんとさせて続けた。心でも体でも、自分の前に弱いものが横たわっていれば嬲らずにはおれない男なのだ。
「いい奴だったなあいつは。この部屋でお前の名前を出せば、なんでも喜んでやってくれたぜ。たとえば…」
火花が弾けるように、アキルの中で熱い怒りが沸き上がった。アキルは拳を握りしめた。痛む体を無視して、全身に力を入れて立ち上がる。
(負けたっていい、こいつを一発殴ってやる…!)
そんなアキルを見て、ラムダは興奮と残虐さに満ちた狂暴な笑みを浮かべた。
「おお、いいぞいいぞ、アキル来い!俺がボスとして、弟のおめぇを躾けなおしてやろう!」
ラムダが拳を構え、アキルもありったけの力を込めて拳を振りかぶった。
誰が見ても、アキルに分がない戦いだった。アキルの拳は、ラムダに届くことはなかった。
しかし、次の瞬間、叫んで床に倒れていたのはラムダの方だった。
「ぐああああっ…!?」
アキルは驚いて振り向いた。開いたドアの向こうに、ミックとナイル、そして銃を構えた作業用ロボットがいたからだ。
「てっ…めぇら、なんの、つもり…俺に、逆らえばっ…ごふっ」
肩付近を撃たれたラムダは、血を流しながらすごんだ。するするとフューシャが彼に近づき、マニュピレーターアームを彼の頭に近づけた。
「この、やろっ…何をっ…」
フューシャは流れるような動作でアームの棘を彼の頭に突き刺した。彼の身体が、電流が走ったようにビクンビクンと跳ねた。
「うぐぅっ…!!?」
「これは、アキルのぶん…ナイルのぶん…今まで傷つけてきた子たちの分…」
フューシャがつぶやくたびに、ラムダの身体が跳ねた。そして最後は白目を剥いたまま、何の反応もしなくなった。
「こ、殺したのか…?」
ミックが恐る恐る聞いた。
「殺してないよ。脳をいじって気絶させただけ。」
「じゃ、いずれ目を覚ますのかっ?」
「ううん。私が信号を解除するまでこのまま。それよりアキル、大丈夫…!?」
がくんと膝をついたアキルに、フューシャが駆け寄った。
「ひどい…ひどいよ!こんな血が出て…死んじゃう!」
動揺するフューシャを、アキルはじっと見上げた。
「よかった、戻れたのか、そっちに…」
「うん、ナイルがこの体を持ってきて、ミックが充電してくれたの。それよりアキルは…!?」
アキルは血の付いた唇をなんとか笑みの形にした。
「こんなのよくあることだ…大丈夫」
さきほどまでの勇ましさはどこへやら、おろおろしだしたフューシャを尻目に、ナイルとミックはてきぱきと動き出した。
「ミック、こいつどうする?殺すっ?」
「いや縛って閉じ込めておこう。処刑するのは村裁判のあとだ」
「フューシャ、そんときまでずっと解除しなくていいからなっ!」
「ナイル、お前はアキルを運んで手当しろ」
ラムダは縛り上げられ、鎖でパイプにつないだ上でドアに施錠をした。ついでに引き出しや金庫にある武器も没収し、4人はラムダの部屋を後にした。
「よっし、クーデターだっ!あいつがいなくなりゃ、みーんな喜ぶ!だろ、アキル!」
ナイルの背中でアキルは笑った。
「俺たちモグラ隊はそうだな…でも、困る奴もいるんじゃないか。あんな奴でもボスだ」
「俺ら大人が…奴の代わりをやっていくしかないだろうな」
ミックが肩をすくめて言った。ナイルはアキルにむかって告白するように言った。
「俺たち、イーサが死んだ時からずっとチャンスをうかがってたんだ。お前にも言いたかったんだけど、あの後あんまり辛そうだったからさっ…」
「そう…だったのか」
「そしたらあの日、アキルはジャンクマウンテンから戻ってこなかったろ。真っ先に偵察いってさ…。俺後悔したんだよ。こうなる前に、俺が勇気を出してあいつをやっとけば…って。だから戻ってきてよかったっ!」
アキルは思わず顔をゆがめた。同じモグラ隊の仲間が、自分の事をこんなに気遣ってくれていたことに、アキルはずっと気が付かなかった。あの時は毎日なんとかやり過ごす事に必死で、仲間の視線を意識する余裕がなかったのだ。兄が死んだあと、まさに自分は生ける死人のようだったのだろう。しかし今のアキルは、その事を申し訳なく思った。
「ごめん、俺…自分のことでいっぱいで、あんたらの力になれなかった。同じモグラ隊なのに」
うつむくアキルに、ミックが穏やかな声で言った。
「いいんだ。お前が謝ることじゃない。大人なのに、いつもラムダからお前らを守れなかった俺の方が…謝りたい。すまなかった」
「それにさ…フューシャがラムダをやっつけたから、これからは好きにできる!なぁフューシャ、ここの外の世界ってどうなってんだ?都会には、もっと食べ物も水もあんのかな!?浮島からなら見えるだろっ?」
ナイルの無邪気な言葉に、アキルもフューシャも言葉を詰まらせ視線を交わした。
(アキル、どうしよう?この子たちに、本当の事を言ってもいいのかな…?)
電脳回路はつながっていなくても、フューシャの気持ちはアキルにもわかった。黙ってしまったアキルを、ナイルは地下病院のゴザの上に下ろしてじっと見た。
「どうしたんだよ、2人とも黙っちまって…」
アキルは顔を上げて二人を見た。
「落ち着いて、聞いてくれ。信じられないかもしれないけど―…」




